(後編)
10日目(8月18日 木曜日)ベルギーからスコットランドへ移動
午前中は、折り紙教室。講師は娘。
デニーさんに “鶴”や新ネタの“孔雀(くじゃく)を紹介。
午後はデニーさんの手作りのお弁当をリュックに入れてスコットランドへ移動。
午後12:31ブリュージュ発→ブルッセルmidi(南駅)13:23着
午後13:33発ブルッセルmidi(南駅)→ブルッセルナショナル空港14:00着
午後16:40発ブルッセルナショナル空港 →エジンバラ空港17:20着
ブルッセルmidi(南駅)のモニター前でブルッセルナショナル空港行きの電車のチェックをしていると駅員さんが“どこへ?”と声を掛けてくれました。
そして重い荷物を提げて階段を登ってくれました。
ありがたいことです。感謝です。
おかげで予定より1本早い電車に乗れました。
お礼に “鶴”を差し上げたら “オ・リ・ガ・ミ”とおっしゃいました。
折り紙は、てんぷらやカラオケのように単語として世界に広がっているのですね。
ブルッセルナショナル空港は、とても広くて大きい!
カウンターは80ヶぐらいあるのでは?
大きな電光表示板にエジンバラ行きのみ フライトNO.が出ていない。
ちょっとどきどき。
前後の飛行機は時刻もフライトNO.も出ているのにまだだ。
やっとナンバーが出た。
よしよし。カウンターに行きチケット交換、荷物の預け入れなど搭乗手続きを5分ほどで完了。
大きな空港だけれど、トラブルもなくスムーズに処理できた。よしよし。
ただセキュリティチェックでひっかかり、ボディチェックも含めて2度もやり直し。娘のひんしゅくをかいました。
まぁ、これはご愛嬌でしょうか。
エジンバラ行きの飛行機は“セスナ機”というのでしょうか?小型機でした。
BDブリティッシュ・ミッドライン(英国の飛行機会社)です。
飛行機の入り口まで徒歩で移動。
機内は窓際横2席と窓際1席で合計3席のみ。
小型機ながら待遇はとてもよく、飲み物サービス・パンのサービス・・・と2時間半の飛行中、食べることに忙しかった。
予定どおり午後5時20分に到着。ベルギーとの時差は1時間。
エジンバラは小雨。
イギリスのインフォーメションはとても親切で定評がある。
さっそく、エジンバラ空港のインフォーメーションへ。
エジンバラは夏のフェスティバル(3週間)中のためエジンバラ市内の宿泊先はホテル、B&B(ベットアンドブレックファースト=朝食付き民宿)など満室。
今回、エジンバラ市内からバスで15分程離れた郊外にやっと宿を確保。
日本の旅行会社に依頼したけれどあまりの宿泊料金の高さにちゅうちょ。
結局、出発の10日前にインターネットのuk-hotel-bookingというサイトから
B&Bを申し込む。
便利な世の中になったものです。
インフォーメーションのお姉さんは、B&Bの住所から地図をコピーし、バス下車後の道順も赤線をしてくれた。ありがたいことです。
B&Bへは、エジンバラの空港から出ているエアリンクバスを利用。
(大人3£、子供2£)
下車時にバスの運転手さんは、B&Bの場所の方向を地図と現況を見比べて教えてくれました。
バスを降り、三叉路で立ち止まると、通りすがりの御婦人が“どこへ”と聞いてくれた。メモを見せると“こっちの道よ”と。
みんなホントにやさしい!イギリスのお国柄でしょうか?
エジンバラでは“Craigelachin B&B”に2泊する。
清潔でとてもきれいな部屋。建物全体が”海”と”白色”のイメージでまとめてある。
宿泊費は夏料金で高かった(ツインで1泊£90)。冬であれば たぶん半額でしょう。
11日目(8月19日 金曜日)エジンバラ城
エジンバラ市内への交通手段として“バスのone day チケット(1日乗り放題)を購入。
バスの切符は“紙テープを15センチほど引っ張って自分でカット”する。
ところ変わればですね。
エジンバラの夏のフェスティバル(3週間)で見逃すことが出来ないイベントにミリタリィタトゥがある。
ミリタリィタトゥとは、この3週間のみ、毎夜、エジンバラ城の前で行われる
“300名ぐらいのバグパイプの演奏会”。
チケットは例年、前年の12月に発売され、即日完売状態のもの。
当日券を手にいれるべく、少し(かなり)出遅れたが9:45分からミリタリィタトゥチケット売り場に並ぶ。
午前10時オープン。10時5分に当日券も完売。購入できた。うれしい!
日本国内で海外チケット販売専門のカーテンコール経由で購入すると、とてつもなく高い。6千円の席が1万7千円という具合。
また、翌日のエジンバラ→インヴァネス行きの電車の座席予約をする。
4時間あまりの移動を立ちっぱなしはつらいですものね。座席指定料金は無料。
観光はもういやだ!という娘を説き伏せて、ハリーポッターのホグワーツの魔法学校のモデルになったという “エジンバラ城内(日本語のオーディオあり:子供は£1。大人£3)”を見学。
エジンバラ城では、昼間の部のバグパイプの演奏や踊り(約30人名ぐらいの)も聞くことができました。
↑演奏者と
その後は大道芸をみたり、お土産屋さんめぐりをし、あっという間に夜に。
ミリタリタトゥ会場入り口では、テロの関係かボディチェックがありました。
今年の7月7日にロンドンでテロがあり、7月21日に2回目の爆弾テロがありました。
さて、今回のスコットランド旅行の中での一番の目玉のミリタリタトゥは、娘がとても喜んでくれました。
2時間のプログラムの中には、子供たちによる難度の高いバイクショーやコミカルな演出があったりと老若男女の観客が飽きることのないよう組まれていました。
一番最後のソロのパグパイプ演奏者による“あの物悲しい響き”はとても感無量。
12日目(8月20日 土曜日)エジンバラ→インヴァネス
エジンバラ駅11時40分発→インヴァネス駅15:16着。
インヴァネスのB&Bは、7月初めに日本から電話で予約。
連れ合いは、電話でのやりとりは疲れるだけだからやめておいたら!とアドバイスをくれた。しかし手紙を出しても、手紙で返事をもらう日程の余裕がないのでやむを得ず電話をする。
連れ合いの言うとおり電話で予約するというのは、とてもテンションが上がった。
相手の顔、特に目が見えないため、とても緊張する。
電話を終えた後は、背中にびっしょり汗をかいた私がいた。
実は、6年前に泊まったB&B(パメラさん)を再度、お願いすべく電話をしたら“廃業しました”とのことでお友達のB&Bの電話番号を教えてくれた。
パメラさんのお友達のB&Bに電話。先方の住所も確認。これが一苦労。
電話って声が割れて聞き取りにくいのですね。
MがNに聞こえるし、BはDに聞こえるという具合。
ここで2泊する。(1泊:大人£18、子供£10)エジンバラの1/3の料金。
さて予定どおりインヴァネス駅15:16着。
ところが、わたしの思考回路が止まることが起きた。
お迎えのB&Bの人が見当たらない?
5分経っても、10分経っても姿がない。
な~ぜ?
実は、電話だけでは不安なため日本からは手紙も出しておいた。
15:16着にピックアップをよろしくお願いします。と。なのに何故?
アタフタと駅の窓口に相談。
するとB&Bの場所は駅から車で20分程度かかることが判明。結構距離がある。
再び、娘の迷子用の携帯電話の登場。
B&Bに電話をかけると手紙は、受け取っているという。
なんと、今朝、エジンバラから女性の声で夕方7時到着になるので よろしくという電話が入ったという。
だから迎えには行っていないのだ。と。
後でわかったけれど、スペインの2人ずれの女性の旅行者も偶然、エジンバラからB&Bへの宿泊コースをとっていた。その彼女からの電話と混沌したらしい。
電話から30分後、無事ピックアップしてもらい宿泊先へ。
B&Bのご夫妻は、明日は“NORTH(北の方面)”へ私たち2人を案内してくれるという。ありがたいことです。
パメラさんに会えますかとたずねたら、即、電話をかけ何か話してらした。
しばらくすると難しい顔で“受話器”を私に渡す。
冗談でしょう。電話で話すのは勘弁して欲しい。
受話器を渡されちゃったので全神経の思考回路をフル稼働。
パメラさんの予定が明日しか空いてない。北の方面に行くのは止めましょう。と。
ところで、明後日(22日の夜)と明々後日(23日の夜)の宿泊は予約なしで現地入りしている。
インヴァネスのインフォーメーションに依頼する、あるいはインヴァネスのセントラル(中心地)の“VACANCY(空室)”の札のかかっているB&Bのドアをノックすればいいや。と思っていたので。
ところが どっこいインヴァネスはとても観光客でにぎやかだった。
あたふたしても始まらないけれど、とりあえず、アタフタする。
あいにく、ここのB&Bまでもが明後日(22日の夜)は満室とのこと。
再び、娘の迷子用携帯電話の登場。
日本を出発する2日前にインターネットで見つけた日本人の経営するB&Bにダメもとで電話を入れる。22日の夜のみOKとのこと。
よかった。よかった。
13日目(8月21日 日曜日)インヴァネス
6年前に宿泊した元B&B(民宿)のパメラさんのもとで楽しい1日を過ごす。
パメラ宅は、相変わらず“ふれあい動物園”状態で、孔雀やらチャボやらが庭を走っておりました。
ゴールデンリトリーバの犬が4匹。
相変わらず、犬さんたちはとても賢い。
挨拶も、そこそこで鶏を追いかけまわす娘がそこにいた。
午前中はカロディーンの古戦場跡へ(イギリス国軍とスコットランド軍の戦跡ですね)日本のオーディオがあるのでお勧め。
カロディーンの駐車場で、いきなり、娘はパメラさんに英語を教わる?
パメラさんの言った言葉を復唱できるまで
“you say”の嵐。
少々、腰が引けている娘がいた。
パメラさんは貴重な存在かも。
お昼は御主人の手料理(パメラさんは、“主人は料理が上手だから結婚したのよ!と昼食時に言ってました)。
たくさんの種類の料理。とても しあわせです。
午後はネッシー騒ぎで有名になった“インバネス湖”へ。
ネス湖へは、4匹の犬たちも“水遊び”をかねて車に同乗。
そして天気は小雨へ。
ネス湖では犬さんたちは“水遊び”。
バシャバシャと水音をたてネス湖に投げた棒をこちらに持ってくる。
賢いなぁ~。
しばらくするとパメラさんが“楽しいことがある”と手招き。
ネス湖沿いの自然の残った小道を歩くことに。
道幅50cmほど。丈の短い草が生えている。
そこを歩けば足袋が濡れる。着物の裾が濡れる。
と思っている間もなくパメラさんがビニール袋をくれた。
何かを摘むのかしら?
歩き始めて数分後、いきなりパメラさんが前方で前のめりになり両手を草むらに押し付けた。
1cmくらいの小さな蛙。
戦利品にウインクするパメラさんを尻目に“へっ”と尻込みする私。
自宅に持ち帰り、パメラ宅の右側の広大な庭(林)に放すという。
そうか、孔雀や鳥さんたちのたんぱく質になるのね。
さて、小雨に濡れた足元は、ぐしょぐしょした感触のまま車上の人になる。
濡れた毛で獣のにおいの充満する車の中、窓を開ければ小雨が降り込む。
振り向けば はぁはぁしている犬の口がある。
車中は犬毛のじゅうたんというべきか。
着物姿の私には再び最悪な状況下ともいえる。
日本では、絶対ないないと思えるシーンの続出。
濃い思い出の一場面です。
夕方4時。パメラさんご夫妻は孫の1歳の誕生日パーティ出席のためお出かけ。
ご夫妻の不在の家で、午後7時ごろのお迎えまで遊んでいきなさい!という。
パメラさんが太っ腹なのか、留守番の4匹の犬を信頼しているのか・・・・
天気は、小雨が降ったり止んだりに。
テラス側(パメラ宅の左側)のとても広い庭には孔雀や鶏やひよこや名前を知らない鳥が、のどかな風景の絵画となっている。
望遠鏡で庭を観察していた娘が私を呼ぶ。
“お母さん、面白いこと見つけたよ。もうじき雨がまた降るよ!”と。
そう?
彼女が言うには“庭に一羽の鳥もいなくなると、しばらくすると雨が降ってくる”と。
確かに。そのとおりであった。
“あっ。庭に一羽残らずいなくなった”と思ったら、暫らくすると雨が降ってきた。
“あっ。あっちでも、こっちでも地面の草をつつき始めた。”と思ったら雨は止んでいる。
予測を立てて鳥さんたちの動きを見るというのは、以外と面白い!
ご好意に甘えて準備してくださった夕食もいただき、娘は4匹の犬(マーフィ、ブランボー(木いちご)、メーガン(億万長者)、モーリー(熱帯魚)と存分に遊ぶ。
生き物好きの彼女には、パメラ家は、GOODな場所のようでした。
私にとっても、う~ん。親戚のおばさんの家に遊びに行きましたという感じ。
食事込みで無料。帰国後、どんなお礼をすればよいのかしら。
パメラさんはすごいバイタリティの持ち主。エネルギッシュです。
5年前にB&Bを廃業したあと、勉強し“chiropod clinic(足治療クリニック)”を自宅で開業。白衣の天使に。
当年70歳とのこと。素晴らしい!
14日目(8月22日 月曜日)インヴァネス
午前中は、インヴァネス城、インヴァネス美術館、午後はインヴァネスの町をブラブラ散歩。
日本人B&Bの夕食は、とてもおいしかった。
あじさいB&Bのアヤコさんの手料理は美味。
これを食べるだけに、インヴァネスに行ってもいいかも。
日本にいる時、“パンがいい!”と日本食の我が家で叫んでいた娘は、
“ご飯が食べたい!”とご飯を指定。
1泊:大人£30。子供£20。夕食は大人£18。子供£15。
15日目(8月23日 月曜日)インバネス
朝食がまた、おいしかった。塩鮭もほどよい焼き上がりに塩加減。
卵焼きもプルプルで味噌もお漬物も自家製。
今日はインヴァネスの町をブラブラ散歩。
娘はネス川で水鳥に“パン”を。
かなりおもしろいらしい。近くのスーパーに2度目パンの買出し。
空中キャッチするつわものもいる。
パンを1枚、そのまま投げるとピラニア軍団もどき状態。
ものすごい数の水鳥が川に飛び込み、パンに飛びつく。
圧巻である。
が、寒いのなんの。
インヴァネスはイギリスの北に位置する。ロンドンが北海道と同じ緯度。
そこから日本国土一つ分ぐらいまだ北のところにある。
手袋、スカーフ、防寒具で身を固めているとはいえ 私は寒い。
川辺のふきっさらしにいるので、さらに寒さが体にこたえる。
夕方6時にカロディーンのB&Bの人がインヴァネス駅に向かえに来てくれる。
ありがたいことです。
娘はインヴァネス駅では、待ち時間に“3本のフラグ”(旗)フリ“にご執心。
長さ50cmの旗。1本はベルギーの旗。
そして残り2本は、スコットランドの旗とスコットランドのマークの旗。
青いクロスのスコットランドの旗は“セント・アドリュース”、黄色い旗のマークは“ゴールデンライオン”と日本人B&Bのアヤコさんが教えてくれました。
因みにイングランドの赤クロスは“セントジョージ”、そしてイギリスの旗は“ユニオンジャック”。
ベルギーの旗はブルッセルの国際空港で見つけた。1本6€。(1€=146.25円)
スコットランドの旗はインヴァネスのお土産屋さんで見つけた。
2本で£1。(£1=200円)
それぞれ同じような作りに見えるが驚くべき値段の違い。
空港は高い!高くても売れる場所なんだ、とつくづく感心。
旗は、ハタハタと宙に舞い、娘は機嫌よく舞う。
実は、今年の6月、中学2年生の娘は学校行事で“キャンプ”があった。
手の皮がむけ生身が出るまで練習したキャンプファイヤーの “火の舞”の一コマを私に再演してみせる。
16日目(8月24日 水曜日)日本へ帰る
今日は移動日。1日のうちに3本の飛行機を乗り継いで家に帰る。
インヴァネス空港→ロンドン(ヒースロー空港)→日本(成田空港)→名古屋中部国際空港。
ロンドンのヒースロー空港では6時間待ち。それはそのままお買いものtimeの予定。ゆっくり、たっぷり楽しめる。楽しい1日になる。
はずであった。
最終日、初日を上回るフィナーレとなった。
花火で言えば、これでもか、これでもかと大スターマインが花開きました。
午前中は、再び“ネス川で水鳥と遊ぶ”。再び、2度目のパンの買出し。
<インヴァネス空港にて>
インヴァネスの中心からインヴァネス空港までバスで20分。
大人£2.45.子供£1.23.
インヴァネス空港13:40発→ロンドン(ヒースロー空港)15:15着。
インヴァネス空港には余裕で11時20分着。
インヴァネス空港は小さかった。カウンターは3つ。
のんびり昼食をとり搭乗手続きのため12:30に長蛇の列の最後尾に並ぶ。
とても進みが遅く、待つこと約50分。私たちの番になった。
“隣のカウンターへ並び直してください”と言われ、一瞬、目が点に。
もう出発までの時間がない・・・。
実は、並んでいる途中で“アレ、航空会社名が違うぞ?”と気づいた。
ところが“オールフライト”と並列で表示されていた。
小さな飛行場だから、まとめて面倒みるのかな?とそのまま列に並んでいた私がいけなかった。
私は、小さな空港をあなどっていた。
飛行機出発までにあと20分。
そそくさと“BD693ブリティッシュ・ミッドライン(英国の飛行機会社)”のカウンターの最後尾に並び直す。進みがこちらも遅い。
飛行機出発まで、あと5分。
やっと私たちの番に。
娘いわく。“お母さん。顔が蒼白だよ”と。
そうでしょう。
出発時刻の5分前に搭乗手続きしてくれるかどうかもわからないから。
このロンドン行きに乗れないと同日発のロンドン→東京行に乗り遅れることになる。
次のインヴァネス→ロンドン行きは午後5時。
この飛行機に乗らないと困るのです。
やっと私たちの番に。
ところが、飛行機の座席チケットはくれたが荷物は預かれないという。
何やら英語で説明してくれているが、すでにパニックになり始めている私は冷静に聞き取れない。
係りの女性は、カウンターの向こうからこちらへ降りて来て、荷物と一緒に私たちを別の場所へ誘導。ここの係員の指示がでるまで ここでしばらく待てという。
飛行機出発まであと2分。
まだ、セキュリティチェックが待っている。
荷物預かりの係り員のOKの声とともに飛ぶようにダシュッしてセキュリティチェック場所へ走る。
7日前のベルギーのブリュセルナショナル空港では、セキュリティチェックでひっかかった。
どうしようなんて思う間もなく通常にパス。
ところが、あの“3本のフラグ(旗)”がセキュリティボックスの角にひっかかったらしい。
折れないようにと手荷物品として飛行機に持ち込もうとした あの3本の旗。
飛行機出発まで、あと1分。
手荷物検査のコンベアがいったりきたりしている。
早くして、早くしてと思う私の気持ちは通じず、笑いごとのような現象が目の前で起きている。コンベアはまだ、いったりきたり。
なんとか旗が出てきた。
凄い形相で飛行機の待合室に飛び込む。
と、私は目を疑った。
実にのどかな光景が目に飛び込んできたから。
待合室が違うの?
いや、インバネス空港はここ一室しかない。
目の前のたくさんの人たちは笑顔でくつろいでいる。
売店で飲み物を買っている人もいる。
風船で遊んでいる子もいる。
どう見ても出発直前の雰囲気ではない。
見渡すと窓越しに見える飛行場にあるはずべきはずの飛行機の姿がない。
えっ?まさか。
もう、飛行機は出ちゃったの?
この人たちは、次の飛行機の待ち人さんたちなの?
ザーと血の気が引くのがわかる。
“お母さん、顔がさらに白くなってるよ”"目が飛び出してるよ“と。娘が言う。
私たちの預けた荷物は?荷物だけ飛行機に乗っていっちゃったの?
どうしよう。どうしよう。
とりあえず、状況を把握せねばと待合室にいた東洋人に声をかける。
日本人であった。
理由はわからないが、まだ、飛行機は出ていないという。
そうか。そうか。よかった。
ところが20分たっても30分たっても飛行機の姿がない。
1時間経過したころ飛行機(セスナ機かな?)が登場。
無事、ロンドンへ向けて出発。
飛行機に乗り込むと、私には、珍らしいことだが“眠りこけた”。
テンションがピークを超えキレた為と思われる。
インヴァネス空港に2時間前に着いていたあの余裕は何だったのでしょう。
<ロンドンのヒースロー空港にて>
ロンドンのヒースロー空港には予定より1時間遅れて16:15着。
飛行機を降りてから忘れ物に気づく。
一度、飛行機から出ると再入場は難しいらしく ここで待ての指示。
係りの人が“無線”でやりのあとOKの指示で機体の入り口まで戻る。
が機内には入れてくれない。
”A4の4枚のコピー“を座席のシートに忘れた旨、再度、添乗員に説明する。
3~4名の女性の添乗員が“もう、めんどうくさいわね”といわんばかりの顔つきで座席のあたりをゴソゴソ。
機長が興味深そうに“何を忘れたの?”と聞くので、
小さな声で “home work”と一言。
すると、うれしそうに大きな声で添乗員さんたちに “home work、home workの連呼。
すると一瞬でお姉様方の顔つきが変わり、お楽しみを探すような雰囲気に!
当の本人(娘)は“home work(宿題)”の意味を理解していたかどうか?
一機に空気がかわったのにキョトン。
因みにA4の4枚のコピーは、娘の夏休みの英語の宿題の暗記のコピーであった。
最終日の今日、移動日の今日、時間のある今日、暗記をすべく彼女に持たせた。
ここで30分経過。
私には気になることがあった。
預けた荷物の受取り場所である。
日本の旅行会社の説明では、インヴァネス空港で預けた荷物はいったん、ヒースロー空港でピックアップして下さい。そこで再度、搭乗手続きの時に預けてくださいと。
ところがインヴァネス空港で預けた荷物のタッグには、HSR→NARI→NAGOの表示がしてある。
そう、荷物は名古屋国際空港での受け取りでよいのかどうかを確認したい。
そのためには、とにかく日本語の通じる“JAL(日本航空)”カウンターへ行くしかない。
“JAL”のある“ターミナル3”を目指して大またの早足で私はガンガン歩く。
娘はのんきに“例の旗”を振りながら後ろからついてくる。
旅行中は私が右へ進むと娘は左へ歩き、私を慌てさせた。
私と一緒に行動しなくても平気なの?
“外国が怖くないのか?”の行動を毎度とってくれていたので、とりあえず、ついてくるのでいいか!とガンガン歩く。
ヒースロー空港はとても大きい!広い!
通路を歩いて、歩いて、やっと荷物受取所が見えた。
そこを横目で見て“ターミナル3”を目指して歩く。歩く。
途中、パスポートや飛行機のチケットチェックがあった。ガンガン歩く。
早く処理しないと“荷物が・・・”と思うから。
ところが “ターミナル3”の表示がなんと建物の端で終わってしまった。
“なぜ?” “ターミナル3はどこ?” “JALのカウンターはどこ?”
ガラス戸の向こう側はバスが走っている道路である。
私は今どこにいるの?ここはどこ?
建物の端に次々と人が集まり始めてきた。
日本人の団体客と ひとめでわかる御一行さんも登場。
その添乗員さんが教えてくれました。
“ここからバスでターミナル3に移動します。バスは無料です”と。
バスに乗ること5分。
ますます、荷物から離れていく。う~ん。
バスの窓の外には、とてつもなく大きな建物や飛行場、たくさんの飛行機が見える。
さすがヒースロー空港である。
下車後、再び“JALのカウンター”目指して歩く。歩く。
そして“JALのカウンター”に着いた。が
私の知っている搭乗手続きのカウンターとは違う。
ヒースロー空港と言えば、天下の国際空港である。
私の目の前にあるカウンターは、他の会社を含めても6列ぐらいしかない。
ハテ?
さらに “JALのカウンター”のお姉さんは見るからに外国人。
ハテ?
さらにはカウンターには“JL404 成田行きご利用のお客様へ”の張り紙が・・・・。
何コレ?
“整備遅れで出発が2時間遅れる”と。日本語で書いてあったので、すぐ読めた。
“JALのカウンター”のお姉さんは“日本語はわかりません”という。
日本語のわかる方は?の問いにも首を横に振る。
JALは生粋の日本の会社でしょう。
もう、なんてこった。
自分の体が“砂”になった気分。ザァーと床に崩れていく音が聞こえる。
再び、ザァーとフィルムの逆回しで人間の体に戻るしかない。
“おかあさん、顔が蒼白だよ”と再び娘の声。
とにかく荷物をなんとかせねば。時間が随分経過している。
さらに飛行機が2時間遅れると次の乗り継ぎの成田→名古屋便に支障が出てくる。それも対応しなくては。
結論。
ここは国内線(英国内)からの乗り継ぎのJALカウンターということがわかった。
だからカウンターの数自体が少なかったのだ。
飛行機は、当初予定の21:00発JAL404便を一本前の19:45発JAL402便に変更した。荷物は変更機種の名古屋の受取りでOK。
どこかに無線で少し長い間やりとりをしたあと ゆっくり説明してくれた。
帰国後、連れ合いに飛行機の便を変更した旨、話すと“僕だったら10時間のフライトの変更なんかはしない!と言われてしまった。
でも変更しなかったら次の「成田→名古屋の飛行機」はどうするのかしら?
搭乗手続きを終え、やっと、買い物だぁ。免税店でショッピングだぁ。と喜ぶ私。
なんだかんだと楽しいショッピング時間は当初予定の6時間から大幅減で1時間に。
6時間の待ち時間があったはずのヒースロー空港。
ロンドン到着時間が1時間遅れ、成田行きの出発が1時間15分早まり、
“home work(宿題)”事件で30分費やした。
さらにヒースロー空港内の移動で40分。
搭乗手続きで30分費やした。
出発時間の45分前には待合室へ行く必要がある。
待合室は、ここから20分ほど歩くという。
やっぱり1時間しかないか。いや、まだ1時間ある。
さて、お腹すいたねと軽く食事をすべく空港内のレストランに入り、
椅子に腰掛けた途端、
“JAL404便ご利用のウエダミユキ様 JAKカウンターへおこし下さい”と。
港内放送が日本語のアナウンスだったので、すぐ聞き取れた。
私ではなく娘の名前が呼ばれたのは“なぜ、”だけど・・・。
とりあえずJALカウンターへ行く。
一人£10の食事チケットをいただけました。
(飛行機の整備遅れによる迷惑料かな?)
レストランがまた、込んでいた。
結局、お買い物timeは実質なくなった。
ここで“10時間のフライト”を放棄する勇気は私にはなく空港(免税店)の買い物は諦めました。
スムーズに変更機種の19:45発JL402便に乗船。
17日ぶりに“毎日新聞”を読む。
えっ?
台風25号が日本に上陸とな。
おだやかな飛行機の旅はあっという間に終わり、日付は8月25日(木)に。
着陸まじかに“シートベルト着用”のアナウンスが入る。
続いて“JL053便名古屋行きのお客様は飛行機を降りたら地上添乗員の指示に従ってください”と流れる。
<成田空港にて>
成田→名古屋”便の飛行機は、台風25号のため、キャンセルに。
飛行機代が、その場で払い戻し。こんな通路で領収書にサイン。
JALの地上添乗員に、とにかく“東京駅”までの交通手段を確認する。
あー日本語でよくわかる。妙に感動しながら荷物受取所へ。
さらに名古屋国際空港で借りた“迷子用の携帯電話”を成田で返却手続きを済ます。
あー日本語でよくわかる。必要な確認事項があらゆる角度から確認できる。
異国の地で、あの次から次へと起きる状況時には、ケロッとしていた娘が、帰国した途端、“今日は野宿かも!”の一言で心細い表情を見せたのは不思議。
成田エクスプレス16:46発に乗車。
東京駅には17:45着
新幹線はまだ、動いています。東京駅での野宿はなさそう。
おにぎり、日本茶など食料を購入し、東京18:36発の新幹線に乗車。
新横浜で停車後は豊橋までノンストップです。
発車して2分後、新幹線が止まりました。
車内放送が流れて“台風の影響により静岡で新幹線が停車。信号待ちです。
なお、次の新横浜で旅行を見合わせていただけますようお願いします”と。
新横浜駅で野宿するより、今日は新幹線の中で野営だね!
と決め、2人でトランプ遊びをしながら快適に過ごす。やっぱりダウトゲーム。
新幹線は、かれこれ1時間ぐらい止まっていたでしょうか?
新横浜駅では、降りる人もいれば乗ってくる人もいた。
その後は止まり止りながらも23時に豊橋駅に下車。
最後のスターマインは“連れ合いが担当”してくれた。
新幹線内から“しかじか、こうこう”と電話を入れると、何時になっても迎えにいくから、枕元に携帯電話を置いておくから、電車が着いたら電話するように。と、
なんてありがたいお言葉でしょう!感謝です。
やっと豊橋駅まで戻ってきた。
さすがに精神的にも肉体的にも疲れた。
豊橋駅からさっそく連れ合いに電話をする。
ところが“ただ今、繋がらない状態になっております”と携帯電話と話をする。
う~ん。連れ合いとは、相変わらず呼吸があわない!
豊橋23:07発に乗車し、国府駅23:17着。
再び携帯電話と話をする。
う~ん。連れ合いとは、呼吸があわない!
タクシーかなぁ?
ダメもとで自宅に電話をする。
あら、息子が受話器を取ってくれた。“お迎えをよろしく!”
その日のうちに無事に帰宅。
こうして、楽しい旅行は終わりました。
さらに3.5kg体重が増加したうれしい夏となりました。
最後に、最後まで楽しく旅行をさせてもらった娘に感謝します。 以上