選挙で投票できる票の数を子どもの数だけ親に付与するという民主主義の根幹にかかわる案を公約にしようとしている党があるようです。何が問題なのか、2016年7月4日にラジオ番組「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容の原稿が残っていたので、ブログに貼り付けます。

 

 

高齢化社会の中で、人口の多い高齢者の価値観で選挙結果が大きく左右されてしまう現状があります。人口の少ない若い世代の意見が政治に反映されにくいということです。そのような状態は俗に「シルバー民主主義」などともいわれます。

 

それを見越して、米国の人口統計学者、ポール・ドメイン氏が1986年に提唱したのが「ドメイン投票」です。選挙において、本来であれば選挙権をもたない子どもにも1票を与え、それを親が代理で投じるというもの。両親がいれば0.5票ずつにするということです。

 

一見合理的なようですし、現実にドイツやハンガリーでは法案化が検討されましたが、結局成立はしませんでした。

 

日本では18歳からの選挙権が認められたばかりですが、たとえば義務教育を終えて職業に就いている17歳の子どもの選挙権を親が行使することを想像してみましょう。

 

もしかしたら親子の意見は正反対かもしれません。それなのに親が親の考えで代理票を入れたら、子どもも納得がいかないでしょう。かといって、子どもの意見を聞いて投票するとしたら、それは17歳にも選挙権を与えることになってしまいます。

 

一見合理的でも、いろんな矛盾が生じてしまうことがわかるでしょう。

 

でも、私が思うドメイン投票制度のいちばんの欠点は、「国民は自己の利益の最大化のために1票を投じるものである」という考え方を暗に前提にしてしまっていることです。民主主義の大前提が狂います。

 

「未来を良くするためにはどうしたらいいと思う?」という課題に対して、政治家や政党がそれぞれに案を提示して、国民がどれか1つを選ぶ。それが選挙の構造であるはずです。

 

そう考えると、若者の人口よりも高齢者の人口が多い状態自体は、本来は民主主義の精神になんら反しません。

 

高齢者がその豊かな人生経験をもとに「誰に、どの政党に、1票を投じたら、未来の社会がより良くなるのか」を考えて投票するのであれば、その1票は、社会を知らない未熟な若者の1票よりも未来に資するものになるはずです。

 

シルバー民主主義が社会を悪くしてしまうのは、高齢者の人口が多いからではありません。「自己の利益の最大化のため」に、「より良い未来のため」の1票を使ってしまう人が多いからです。

 

ドメイン投票制度が導入されれば、さらに功利的な動機で投票先を決める人が増えるでしょう。その制度の根底にある「国民は自己の利益の最大化のために1票を投じるものである」という考え方が、国民に無自覚のうちに浸透してしまうからです。余命投票制度も同じです。

 

それは民主主義の劣化を意味します。みんなが自分のことばかりを考える世の中になってしまいます。

 

シルバー民主主義の弊害をできるだけ少なくするためにできることは、高齢者の発言権を相対的に薄めることだけではないはずです。

 

「投票は自己の利益の最大化のためにするものではない、国民(市民)として、未来の社会への責任を果たすためにするものである」という考え方を、特に人生経験豊かな高齢者の方々にもう一度思い出してもらうことではないかと思います。これなら今すぐ、できますよね。

 

子をもつ親世代からの切なるお願いです。