どんな習い事をしたらいいのかと相談されることがある。子供の可能性を見過ごさないために、あれもやらせてやりたい、これもやらせてみたいと前のめりになる親御さんもいるが、「子供が夢中になれるものならなんでもいい」ということにしている。たくさんやらせる必要もない。

 

 夢中になれて、達成感を味わえて、さらに、挫折を乗り越える経験ができる。これが習い事をすることの意味だと私は思う。

 

 習い事で得られるものには大きく分けて3つある。

 

 たとえば水泳の場合。1つめは、クロールができるようになる、平泳ぎができるようになるという技術的なもの。2つめは、体力が付く、肺活量が付くといった、ほかの種目にも流用可能な基礎的な能力。3つめは、つらい練習でもやり抜く力、勝ちたいと思うハングリー精神などのいわゆる非認知能力。チーム種目でコミュニケーション能力や協調性などが磨かれることは3つめに含まれる。

 

 基礎的な能力と非認知能力は、人生のあらゆる局面で助けとなる。時代が変わっても通用する力だ。ただし、それがその習い事によって培われたことが自覚されることは少ない。ちなみにこの非認知能力は、おそらくどんなことでも一生懸命やることで磨かれる。何種類も習い事などしなくても、たとえば学校の勉強を頑張る、家のお手伝いを頑張るなどということでも、鍛えられる。

 

 定義が曖昧な非認知能力ではあるが、最近は「GRIT」という力が注目されている。「GRIT」とはもともと、「へこたれない根性」のようなスラング。ペンシルバニア大学の心理学教授アンジェラ・ダックワース博士の著書で有名になった。日本では「やり抜く力」と訳されることが多い。才能よりも「GRIT」が、人生の「成功」を決めると博士は主張する。

 

 人生の成功とは何かという大きな疑問はあるが、それを社会的な成功や名声を得ることと考えれば、大筋で異論はない。要するに、どんなことをするにもつきまとう自分との戦いに勝つ能力のことだと私はとらえている。

 

 習い事の成果として、日本一になる、プロになるといったわかりやすい結果を目指したい人は目指せばいいが、その成果自体は人生の成功や幸せと、本質的にはあまり関係がない。何が言いたいかと言うと、人との比較や数字によって表される成果それ自体は実はもろいということだ。それ自体が「生きる力」にはなり得ない。成果を求めるという条件設定が、非認知能力を高める舞台となり、「生きる力」につながるのだ。

 

 習い事は早期職業訓練ではない。習い事よってどんなスキルを身に付けるかよりも、子供の内面をどれだけ強くすることができるか、拡張することができるか、豊かにすることができるか、それこそが重要だ。

 

 水泳をいくら練習してもなかなかタイムが縮まないからといって、その選手に進歩がないわけではない。葛藤を抱えながらそれでもまたプールに飛び込むときに、彼の内面では確実に非認知能力は高まり、「GRIT」が伸びているはずなのだ。親はそういう内面的な成長にこそ目を向けて、そこをめちゃめちゃ褒めてあげるべき。それができれば、種目は何でもいい。

 

※2018年11月8日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。