4/18発売『子どもの体験 学びと格差 負の連鎖を断ち切るために』(文春新書)
「体験格差」という言葉を聞いたことがありますか?
ある団体が行った調査によれば、所得の低い家庭の子どもたちは習い事や旅行などの体験の機会が少ないことがわかりました。以前から「子どもの貧困」と呼ばれていた問題の一部ではあります。このように、主に家庭の経済状況によって子どもができる体験に「多い・少ない」の差が生じることを、最近では「体験格差」と呼ぶようになりました。
楽しい体験ができないというだけではなくて、やり抜く力や自制心や集中力など、お勉強のテストでは測定できないけれど将来仕事で役に立つと言われている、いわゆる「非認知能力」が体験を通して育まれるとも盛んに訴えられており、体験の「多い・少ない」が将来にも影響を与えることが心配されているのです。
このように「体験格差」という言葉は本来、体験の機会に恵まれない子どもたちを社会全体でバックアップしようという大切なメッセージを含んだ言葉ですが、両刃の剣でもあります。
子どものころの習い事や旅行などの体験が少ないことが、子どもの将来にマイナスの影響を与えるのだと聞いたら、少しでもお金に余裕のあるご家庭では、ますます子どもの体験にお金をかけるようになりますよね。
実際、ソニー生命保険が2024年3月に発表した調査結果によると、学校外教育費は過去最高を記録したとのことです。学校外教育費とは習い事や学習教室など、学校以外の教育の場に家庭が支払うお金です。特に未就学児は2015年と比べて約2倍、小学校低学年でも1.8倍まで増えていました。
もちろんお勉強ができることは大前提なので、中学受験や小学校受験や、あるいはインターナショナルスクール入学を見据えて、塾や学習教室にも通いつつ、「水泳、サッカー、武道、ピアノ、絵画・造形、英語、プログラミング……、異文化体験や職業体験に……あっ、そうそう、自然体験もね!」と、まるで体験の詰め込み教育になっているのです。
一方、あるNPOの調査では、小学生に「放課後に何をして過ごしたいか」と聞いています。1位と2位は何だと思いますか? 習い事じゃありません。もちろん塾でもありません。
1位はきょうだいや家族と遊ぶ。2位は友達と遊ぶでした。子どもたちは家族や友達と遊びたい。もっとのんびりしたいんですね。でも、放課後に友達と遊ぶのが週1回以下だと答えた小学生の割合はなんと7割を超えていました。体験をたくさんしたほうがいいと煽られた結果、お金のある子どもたちはたくさんの習い事をさせられ、お金がない子どもたちは遊ぶ相手すらいない状態で地域に残されるという分断の構造が見えてきませんか?
実際、年収300万円未満の家庭の子どもは週1回も友達と遊んでいないという衝撃のデータもつい最近発表されました。経済的に苦しくて習い事に通えないというのはわかりますが、なぜ友達と遊ぶことすらできないのか。にわかには理由が見つかりません。何か恐ろしい分断が起きているような気がしてなりません。
やりたいことに挑戦できない子どもには社会としてなんらかの支援が必要だと思う一方で、「体験格差」という言葉が一人歩きすると、ますます分断が広がるかもしれないジレンマがあるわけです。
このジレンマを解くカギを見つけるために、100年以上の伝統をもつキャンプから、プレーパーク、駄菓子屋さんまで、体験を通した子どもの学びの場を訪ね歩いて新刊『子どもの体験 学びと格差』(文春新書)としてまとめました。4月18日発売です。
「格差」と聞くと多くのひとが「是正しなければ!」と反応してしまうわけですけれど、その反応自体が格差を生むマインドセット(心構えや態度みたいなもの)によるものである可能性が、現場の声を集めることで、見えてきました。
「体験格差」という言葉にモヤモヤしていたひとはぜひご一読いただければ、もしかしたらちょっぴりスッキリするかもしれません。