「個体発生は系統発生をくり返す」という、生物学の有名な仮説が「ヘッケルの法則」です。胎児が生命の進化の足跡をたどっているという考え方です。

 

おぎゃーと生まれ出てからも、やはり個体発生は系統発生をくり返しているのではないかと、さまざまな教育現場を観察しているうちに私は気づきました。子どもは人類の進化の足跡をたどっているのです。

 

幼児期までは原始人です。

 

言葉が十分でないかわりに、歌って踊ります。やたらと枝を拾うのは、道具を使い始める段階です。ドングリが好きなのは、それが自分にとって暮らしやすい環境であることのサインだからだと思います。泥遊びは土器をこねているようなものですね。火を扱えるようになったことは人間にとっては大きな進歩でしたから、火遊びも大好きです。

 

小学校に入るくらいの児童期になると、いろいろなことに疑問を感じます。なぜ海は、近くで見ると透明なのに遠くから見ると青いのか。なぜ月は、毎日形を変えるのか。子どもはどうやって生まれるのか。……などなど。でもまだ目に見えることしか理解できません。

 

これ、まだ科学的思考ができるまえの、古代人の段階です。

 

だから、赤ちゃんはコウノトリが運んでくる、みたいなファンタジーがたくさん生まれます。想像力がたくましくなるという意味で、これはこれでとても大切です。いろんな風景や出来事に出会って、いろんな疑問や興味や関心をため込む体験が大事です。

 

中高時代は中世から近代にかけてに相当します。

 

当時の科学者や哲学者は、古代人時代にたくさんため込んだ「なぜ?」を、科学や論理の力で次々に解明しました。さらには、社会秩序を保つため、国家、人権、民主主義などの概念を発明しました。

 

だからこの時期には、教科書で学ぶだけではなくて、実際に実験してみたりレポートを書いたりして、当時の科学者や哲学者の思考を追体験することが重要です。

 

そこまでしてようやく現代人のスタートラインに立てます。それが大学や専門学校の段階です。だから大学生になると、一応大人扱いなのです。

 

学問を究め、人類の知のフロンティアを広げてもいいでしょうし、現代人として、糧を得て同胞を守り育てる術を身につけてもいいでしょう。でもまだ経験不足で未熟なところも多い。大人に交じって失敗しながら成熟していく時期を青年期と呼びます。

 

どんな時代になろうとも、幼児期にすべきことは決まっています。泥遊びして、火遊びして、木に登ってください。小学生のうちから方程式や化学式なんて覚える必要はないんです。中高時代にはたくさんの理科実験や哲学的議論をするといいでしょう。ただし、スイッチを押せばパッと結果を計算してくれるような最新機器を使ってしまったら、中世の科学者の追体験になりません。

 

子育て中の親御さんは、わが子が、原始人、古代人、中世・近代人の各時代を満喫しているかどうかを考えればいいわけです。原始人基礎力がなければ、一人前の古代人にはなれません。古代人基礎力がなければ、ろくな中世・近代人にはなれません。中世・近代人基礎力がなければ、中身のない現代人になってしまいます。

 

稼ぎ方という意味では、たしかに大きな変化が起きていますが、いまの子どもたちが働き盛りの三〇代や四〇代になったころ、どんな稼ぎ方になっているのかなんてわかりません。だから備えようもありません。

 

卒業式シーズン。来月には、幼稚園や保育園から小学校へ、小学校から中学校へと、新しい学校に進学するお子さんも多いでしょう。

 

原始人基礎力、古代人基礎力、中世・近代人基礎力さえしっかり身につけておけば、どんな時代が来ても応用ができると信じて見守ることが大切です。

 

※2024年3月6日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。