「単純な中学受験の指南書というより、人がよく生きるためにはどうしたらいいかについて書かれた本」(ベストセラー中学受験小説『翼の翼』の著者・朝比奈あすかさんの推薦コメント)

 

11月17日から全国の書店に並ぶ新刊『なぜ中学受験するのか?』(光文社新書)は、まるごと1冊ストレートな中学受験論だ。ただし、本書の目的は、中学受験の有益性を強調することではない。特別に「はじめに」をここに転載する。

 

 

はじめに

 

 中学受験のメリットとデメリットは何かと聞かれることは多い。申し訳ないが、私の答えはいつも、にべもない。「中学受験の何をメリットと感じるか、何をデメリットと感じるかにそのひとの教育観、幸福観、人生観などの価値観が表れる」である。結婚のメリットとデメリットを尋ねられても一般論としては答えようがないのと同じだ。

 本書が示すのは、あくまでも私の中学受験観である。「私の」とは言っても、これまで中学受験の世界をさまざまな角度から覗いてきた経験から形成されたもので、中学受験を、親子にとっての人間的な成長をもたらす機会ととらえている。一部の〝勝ち組〟だけでなく、誰にとっても得られるものがある。いまどきの言葉を使えば、「中学受験を通して非認知能力を伸ばす」という言い回しも可能だ。それを本書では四つの章で順番に説明していく。

 前半二章は、私立中高一貫校に通う意味について。言い換えれば、中学入試本番後に得られるものの価値である。それをさらに中高一貫教育の意味と、私学に通う意味とに分けて、第一章と第二章の各章で論じる。結論を言ってしまえば、中高一貫校に通う意味は、失敗と葛藤に満ちた豊かな思春期を謳歌できることである。

 後半二章は、中学受験勉強の最中に得られるものについて。つまり、中学入試本番前に得られるものの価値だ。それをさらに、子ども自身の成長と親子関係の成長に分けて、第三章と第四章の各章で論じる。ひと言で言ってしまえば、中学受験勉強の日々は親子にとって、ハプニング連続のスリリングな大冒険である。

 すでに中学受験勉強の日々が始まっており、「なんでこんなに苦しい日々を送らなければいけないの!」と感じているひとは、第三章から読み始めてもらっても構わない。

 子どもたちは、もって生まれたその子らしさを核としながら、そこに、中学受験勉強の約三年間で家庭の文化を染み込ませ、さらに、家庭では到底授けられない壮大な文化を、私立中高一貫校での六年間で染み込ませる。家庭と学校の文化を携えて、子どもは巣立つ。目先のテストの点数に一喜一憂すべきではないといくら言われても、この全体像が見えていないと、親はどうしても短絡的になる

 中学受験に関する相談を受けていると、「なぜ中学受験するのか?」に立ち戻ることで解決の方針が見えてくる場合は少なくない。逆に言えば、なぜ中学受験することにしたのかを忘れてしまうから、あるいはそもそもその問いを突き詰めて考えていなかったからこそ、中学受験という世界に口を広げる魔界に吸い込まれてしまうのだ。

 本書の目的は、中学受験の有益性を強調することではない。「なぜ中学受験するのか?」という問いを通して、(一)昨今の教育事情を俯瞰し、(二)教育という営みに関する理解を深め、(三)読者自身の教育観、幸福観、人生観などの価値観を明らかにすることである。

 残念ながら、本書を読んでも偏差値を上げる方法やお得な進路がわかるわけではない。でも、できるだけ高い視点から中学受験の意義をとらえ胸に刻み込んでおけば、不安に苛まれたときにも慌てずに、自分たち親子にとっての本質的な優先順位を思い出し、巷の中学受験本をいくら読んでも見つけられない、自分たちだけの解決策を見出すことができるようになるはずだ。結果として、子どもの最高のパフォーマンスが引き出される可能性はある。

 教育に関する選択に、正解はない。つまり、不正解もない。大切なのは、自分の選択の意味を正しく理解することだ。

 

 

 

 

 

※光文社新書サイト『なぜ中学受験するのか?』