官民協働による留学促進プログラムである「トビタテ!留学JAPAN」をご存じだろうか。文科省内に本部がありながら、広く民間企業からの資金とマンパワーの提供を受けて進められている返済不要の奨学金制度だ。

 

特に特徴的なのは、学業成績・英語力不問で審査が行われる点。そのかわり、ただの語学留学ではダメで、インターンシップやボランティア活動など実践活動を含む留学プランを自ら作成してプレゼンテーションしなければいけない。審査対象は、「情熱」「好奇心」「独自性」。

 

そのプロジェクトの推進役となったのが、船橋力さん。総合商社を退職して教育ベンチャーを起業。2009年、世界経済フォーラムが選出するヤング・グローバル・リーダーズに選出される。世界中の若きリーダーたちが集うダボス会議の場で、自分の力不足を痛感し、また、日本社会や日本の教育に危機感を覚え、留学促進にコミットすることとなる。

 

その船橋さんが著したのが『トビタテ!世界へ』(リテル社)である。プロジェクトの理念やそれを軌道に乗せるまでのさまざまな葛藤を中心に描いており、「ガイアの夜明け」的な趣が強い。ヤング・グローバル・リーダーに選出されるようなひとたちの行動力にも驚かされる。だが、実のところこれは、船橋さん自身の自己変革の物語である。

 

船橋さんは言う。「コンフォートゾーンにとどまり続ける限り成長は見込めません。そこから一歩、枠の外に踏み出し、苦労や葛藤を経験することで成長は促されます」。これを「越境体験」と呼ぶ。そして自らの半生における越境体験を開示する……。

 

あとからステマだといわれるのもいやなので告白しておく。私にとって船橋さんは大学の部活の3つ上の先輩。1年生のときの4年生。しかも副将。しかもポジションリーダー。つまり直属の上司のような存在。いや、私からすれば雲の上の存在である。荒くれ者が多い部活の中で、やっぱり当時からちょっと違った。

 

本書で紹介される留学のスタイルはかなりとんがっていて面白い一方で、もしかしたら「ここまでやらなきゃいけないの?」「留学する前からこんなに明確な目的をもたなきゃいけないの?」という感想をもつひともいるかもしれない。しかしそうではない。要するに、優等生タイプ以外の若者にも自らを変えるチャンスを拡大しようという理念に根ざしている。

 

日本の若者は内向きだとか自信がないだとかいわれることが多いが、プロジェクトを推進するなかで船橋さんたちは、「日本にはこんなに頼もしい若者が大勢いるのか」という感想をもつ。誠にその通りだと思う。

 

そこでちょっと意地悪な解釈もできる。若者が留学して、しかもインターンシップやボランティア活動などの行動を実践したというと、その躍動感は誰の目にもわかりやすく、評価しやすい。大人はそういう若者をもてはやしやすい。しかし恋愛でも読書でも越境体験は起こりえる。たとえば不登校になってみるというのも強烈な越境体験である。またとない成長の機会である。それなのに、留学は100%良いことで不登校は残念な状態だと思われがちだ。大人たちの感性こそ、単純で貧弱なのである。そんな社会で子どもたちが萎縮するのも無理はない。

 

それがどんな越境体験であれ、近くで見守り応援してくれる大人がいれば、子どもは自らをたくましく成長させることができる。留学のようなわかりやすい越境体験だけでなく、子どもそれぞれの内面に生じている越境体験に気付き、応援できる大人が増えれば、子どもたちの未来はそのぶん明るくなるはずだ。