新刊『世界7大教育法から学ぶ才能あふれる子の育て方 最高の教科書』は、正解のない世の中をたくましく生きる力を育てるための7つの教育法の理念と実践を網羅した1冊だ。7つの教育法とは、モンテッソーリ、シュタイナー、レッジョ・エミリア、ドルトン、サドベリー、フレネ、イエナプランである。

 

本の中では、各教育法の創始者が、どのような人物であったのかについてもそれなりの分量を割いて触れている。今回の本に限らず、私は学校をレポートするとき、極力その創立者の人生から描くことにしている。創立者の生きざまと学校の発展は相似形をなすからだ。7つの教育法の創始者もそれぞれに個性的だ。

 

ここでもう一人、いま注目の教育者の名を挙げたい。イモニイこと井本陽久さんだ。どのような人物なのかは、拙著『いま、ここで輝く。~超進学校を飛び出したカリスマ教師「イモニイ」と奇跡の教室』に詳しい。この2冊の拙著を読み比べると、共通するメッセージが驚くほど随所にあることがわかるはずだ。

 

ここでは、世界的教育者たちの考えとイモニイのことばとの共通点を洗い出してみたい。

 

大人の目からみれば取るに足らないこと、むだなこと、むしろ余計なことをしているようにみえる子どもの言動のなかにこそ、のちにどんなに大きな実を結ぶかわからない可能性が秘められている。(モンテッソーリ教育)

 

「そもそも子どもが「ふざけ」「いたずら」「ずる」「脱線」をしているときは、いちばん自分の頭で考えているときなんです。それをむやみにストップしてしまうのはもったいない。むしろそれを活かさないと。一般的には悪いとされることのなかにも、子どもの良いところを認めるようにすると、子どもはどんどん自分で考える子になっていきます」(イモニイ)

 

子どもの困った行動や悪い癖は厳しく叱っても優しく諭しても根本的には直せないとモンテッソーリは気づきました。むしろ指導や命令から解放して、子どもに「自由」を与えることで、改善に向かうことをみいだしました。(モンテッソーリ教育)

 

「この教室で起きているほとんどのことは、学校では注意されてしまうようなことでしょう。でもそこで、注意してしまったり、問題が起こらないようにコントロールしてしまったりしたら、おかしなことになると思いますよ」(イモニイ)

 

自由への教育。外側の権威や価値に寄りかからず、自分で考え、自分で感じ、自分の意志を行動と結びつけることを目指す。(シュタイナー教育)

 

「いもいも」の教室だって、見方によっては「うるせーだけじゃん」ってなる。でもそう思っていたひとの視点が変わった瞬間に、子どもたちの輝きに気付けるようになる。この瞬間が「奇跡」だし、ひとはまたひとつ「自由」になれるってことですよね。(中略)その意味では、僕は自由になるために教育に携わっているのだと思うし、子どもたちにも自由になってほしい。子どもはもともと自由なんだけれど、成長に伴って社会化していくなかで、たくさんの思い込みを身に付け、不自由になっていく。それは仕方がない。だからこそ、自由になる方法を身に付けてほしい。自分で奇跡を起こせるひとになってほしい」(イモニイ)

 

彼が体系化した「人智学」は、科学万能主義、知識至上主義の考え方を批判します。世の中のことは物質の側面からすべて説明できるとする唯物論的な世界観にも批判的です。我々が通常の感覚で認識できる物質世界を「感覚的世界」と呼び、それに対して「超感覚的(より高次の)世界」が存在すると訴えるのです。(シュタイナー教育)

 

「僕は、かなり幼いころから、お金持ちに生まれたからこそ手に入れることができるものとか、恵まれた出会いがあったからこそ得られたものとか、何かによって得られる・得られないが左右されるものには価値がないと思っていました。努力して手に入れることができるものも同じです。努力ができる状況のある・なしに左右されるから。これは自分の根本にある感覚でした」(イモニイ)

 

マラグッツィが独自の幼児教育学校を発展させた手法として忘れてはならないのが「ドキュメンテーション」です。ごく簡単にいうと、教育の日常におけるさまざまなことを文字や写真や映像で記録していくことです。(レッジョ・エミリア教育)

 

「いもいも」では、イモニイ以外に常時数人のスタッフが授業に参加しており、彼らが写真や動画を頻繁に撮る。それをSNS上で共有し、「このとき○○がこんな表情をしていた。もしかしたら何か違和感があったのかもしれない」とか「カプラのときに、○○くんが△△くんのことを気遣って、こんな言葉をかけていた」などと記録に残す。これを毎回の授業で、かなり細かい話まで記録に残す。そこから授業の改善点を見いだしたり、新しい教材のアイディアが生まれたりする。(イモニイ)

 

実は日本でも大正時代に「ドルトンプラン・ブーム」がありました。日本の欧米教育視察団が1922年にパーカーストの学校を訪れ、それを日本に紹介したのです。視察団のなかには、当時「成城小学校」(現在の成城学園初等学校)を創設したばかりの澤柳政太郞もおり、成城小学校においてもドルトンプラン教育は積極的にとりいれられました。(ドルトンプラン教育)

 

私は不思議に思って、家系について尋ねてみた。すると、母方の祖父は、成城学園の英語教師だったことが判明した。おおらかな母親も、小学校から短大まで成城学園で育った。それでいろいろなことに合点がいく。

成城学園は「大正新教育」と呼ばれた自由教育運動の中心地だった。いまの時代から見ても非常に先進的な教育が行われていた。そこからのちに、玉川学園、明星学園、和光学園、自由の森学園など、産業主義的でない新しい教育を標榜する学校が派生した。

イモニイの母親はそういう教育を受けてきたし、そのスタンスでイモニイを育てたし、そして何より、血は争えないというわけだ。(イモニイ)

 

「わたしたちがそんな彼・彼女らに贈った最大のプレゼントといえば、『自分自身のままでいられること』です。わたしたちは、彼・彼女自身のものを、決して奪いませんでした。そのことによって、『教育的』な人々が与える以上のものを贈ることができたのです」(サドベリー教育)

 

「僕はただ、目の前の子どもたちだけを見て、ありのままの彼らを承認しているだけなんです。その子たちがつくる社会が楽しみでしょうがないんです。これからの社会をこうしたいから子どもたちにこんなことを教えようとか、こんな力を引き出してあげようとか、そんな発想はいっさいありません」(イモニイ)

 

セレスタン・フレネは「これがベストの教育」「このような教師がベスト」というような「正解」を示しませんでした。逆に、「このやり方がベスト」といってしまうような教育法を痛烈に批判しました。(フレネ教育)

 

僕はそれを幾何という観点から僕なりの方法で提案するけれど、そのほかの教科だって、僕とはまったく違うキャラの先生たちだって、それぞれの教科の観点からそれぞれのキャラを活かした方法で同じことができるはず。僕のやり方をまねする必要なんて全然ない。(イモニイ)

 

「将来どんな政治的、経済的な状況が生じるか、私たちはだれも知らない。未来は、人々の不満、利益追求、闘争、そしていまの私たちには想像のできない新たな経済的、政治的、社会的状況によって決まるだろう。けれども、たった1つ確信をもっていえることがある。すべての厳しく険しい問題は、問題にとりくんでいこうとする人々がいて、彼らにその問題をのりこえるだけの能力と覚悟があれば、解決されるだろう、ということを。この人たちは、親切で、友好的で、おたがいに尊重する心をもち、人を助ける心構えができており、自分に与えられた課題を一生懸命やろうとする意思をもち、人の犠牲になる覚悟があり、真摯で、噓がなく、自己中心的でない人々でなければならない。そして、その人々のなかに、不平を述べることはなく、ほかの人よりもより一層働く覚悟のある者がいなくてはならないだろう」(イエナプラン教育)

 

たくさんのひとがいれば、意見が食い違うことはある。感情がぶつかり合うこともある。それは悪いことじゃない。お互いの立場を尊重すれば、自分には見えていなかったものが見えてくることがある。1対1では平行線になりがちな議論も、誰かが間をつなぐ役を買って出ればまとまることを、「いもいも」の子どもたちは経験的に知っている。

その安心感があるからこそ、みんながありのままの自分を表現できる。ありのままのお互いを認め合える。自分で判断できる。他人の判断を尊重する。キャンプ中に限らず、「いもいも」の教室にはそういう文化が育っている。(イモニイ)

 

イモニイの名が、モンテッソーリやシュタイナーと並び称される日が意外とすぐにやってくるかもしれない。半分冗談、半分本気。

 

多分すぐに理解できる人がいないくらい、科目とか成績を超えたすごい教育者。まさに次代の教育です。(花まる学習会代表 高濱正伸)