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2018日11月27日から12月4日の日程で、モスクワに行く機会を得た。

 

在ロシア日本大使館→博報堂→ディスカヴァー・トゥエンティーワン(出版社)→私という形で、依頼があった。「ロシアにおける日本年」事業の一環として、モスクワにおけるビッグサイトのようなところで行われる図書展に参加してほしいとの依頼内容だった。

 

なぜ、私か?

 

『忙しいビジネスマンのための3分間育児』(ディスカヴァー携書)という著書が、ロシア語に翻訳さており、2018年1月にロシアで発売され、売上好調とのこと。ロシア語でのタイトルは『最高のパパ』みたいな意味らしい。そこで、日本の父親について、話をしてほしいということだった。

 

 

私にとって初めてのロシアである。8日間のことを、備忘録として記しておく。

 

<11月27日>

モスクワ中心地にあるホテルに着いたのは23時ごろだった。雪が舞っていた。

 

 

<11月28日>

昼、在ロシア日本国大使館公使とランチ。夕方、日本の書籍ばかりを集めたフロアがある立派な図書館で、市民講座。70名ほどの参加者があった。演題はずばり「ニッポンの父親」。日本経済の変化とともに日本の父親像がどのように変化したのか。「24時間働けますか?」という時代があったこと。日本のジェンダーギャップは世界114位。ロシアは71位。

 

 

<11月29日>

国立モスクワ言語大学で日本語を学ぶ学生さんたちに特別授業。タイトルは「辞書だけではわからないことばの意味」。拙著『ルポ東大女子』にちなんで、「東大女子」という四字熟語に凝縮された日本社会のジェンダー的な課題をお話しした。「企業戦士」「専業主婦」「良妻賢母」「学歴社会」などの四字熟語をキーワードに、「働き方改革」や「大学入試改革」の現状についてもお話しした。

 

 

<11月30日>

いよいよ図書展へ。ロシアの出版社が一同に会すだけでなく、各国大使館がブースを出し、それぞれの言語の書籍を紹介していた。入口は長蛇の列。ロシアの人々は本が好きで、読書量も多いらしい。この日は翌日の対談会場を確認するのみ。カフェテリアで、日本の子育て事情について、現地子育てメディアHipstamama社さんの取材を受けた。

 

 

<12月1日>

図書展で、心理学者オリガ・マホスカヤさんとの対談。日本では毎晩家族揃って夕食を食べるか、父親が手を付けるまで家族は食べないなどのしきたりはあるか、家庭における子供の役割は何か、祖父母の役割は何かなど、日本の家族のしくみについてお話しした。そして出版社のブースでサイン会。

 

上記写真2枚(c)Bakaeu Pauel

 

<12月2日>

カフェや雑貨屋を併設するオシャレな書店で読者交流会。1時間ほどで、3つの話をした。

 

1つめは、ロシアに来てから何度も聞かれた「日本では幼児に好き放題にさせているというのは本当か?」という質問への回答。

 

私の答えは、「半分正しく、半分違う」。大人から見た問題行動も、子供にとっては自己開発プログラムである場合が多い。自らの成長のためにやっていること。できることならやらせておいてあげたほうがいい。そうすることで自発性や好奇心の芽を伸ばしてやることができる。社会性を身に付けるのはもう少し年齢がいってからでも間に合う。しかし、公共の場でひとに迷惑をかけたり、危険なことはやめさせなければいけない。その場合もいきなり否定するのではなく、やりたい気持ちをまずは受け止め、そのうえでダメなことを伝え、代替案を提案するようにすべきという話。しかし日本の親のみんながいつもそのようにできているわけでは全然ないという現実も。

 

2つめは、たくさんの教育者や学者を取材してきた経験から言える「賢い子に育てるコツ」。これは日本でもあまり話したことがない。表面的な話が一人歩きすると困るから。でも限られた時間の中で日本の教育観を伝えるのなら、これくら大胆に言い切ってしまってもいいかなと思い、コンパクトに話した。

 

ポイントは5つ。

 

(1)家の中でもできるだけ文章で話す

「あれ」「ごはん」「早く」など単語を発するのではなく、論理を含む文章で話したほうが、日常的に思考力が高まりやすいと考えられる。

 

(2)簡単に答えを与えない

「何でも知っている親」を気取って子供の質問にすぐに答えてしまうより、子供と一緒に考えたり、調べたりするほうが、子供の思考力を深める効果が高いと考えられる。

 

(3)没頭していたらそのままにしてやる

何かに没頭する状態をたくさん経験している子は、成長してからも必要なときに強力な集中力を発揮することができるようになると考えられる。

 

(4)失敗を褒める

失敗は悪いことではないんだ、挑戦することはいいことなんだという発想が身に付く。チャレンジ精神が身に付くと考えられる。

 

(5)手本を見せる

子供は真似て学ぶのが得意。モデリングによる学習という。子供を躾けたいのなら、大人があるべき姿を見せることが、最も手っ取り早いと考えられる。

 

以上、5点に加えて、「待つ」という態度がベースに必要という話もした。親は「早くお行儀良くなってもらいたい」「早く賢くなってもらいたい」と思ってギャーギャー騒ぐが、それって「早くメリーゴーランドに乗りたいよー!」って騒ぐ子供と同じ。「そのとき」が来るのを待つしかない。それまでに騒いでも仕方がない。

 

3つめは、「パパへのアドバイス」。これは日本でのパパ向け子育て講演会でも定番。

 

ママから愚痴や相談を聞かされたときには、「解決しよう」「客観的なアドバイスをしてあげよう」「いいところ見せちゃおう」という気持ちをまず捨てて、

(1)あいづちを打つ

(2)ママの言ったことをオウム返しする

(3)いわたり、ねぎらいの一言を添える

の3点を実行すること。仕事では役に立つ課題解決能力は、夫婦の会話では裏目に出る。妻はただ話したいように話したいだけで、夫のアドバイスなど求めていないのである。会場のママたちには大受けだった。

 

そして、会場の男性1名に前に出てきてもらって、この3つのポイントを、実際に寸劇風にやってみる。私が妻役。協力してくれた若い男性にはロシア語版の『忙しいビジネスマンのための3分間育児』を贈呈した。

 

 

<12月3日>

夕方便で帰国。ホテルの近くでお土産などゲット。ホテルのロビーではスタッフたちがクリスマスツリーの飾り付けを楽しそうにしていた。ちなみにロシアでは、サンタさんは大晦日の夜にやってくる。

 

チェックアウトの際、同じホテルに宿泊していた池田理代子さんとご挨拶できた。『ベルサイユのばら』の作者で、ロシアにもファンクラブがあるとのこと。同じ図書展にも参加されていた。フライトも同じだった。搭乗ゲートが空くのを待っていると、現地の女性から声をかけられた。「おおたさんですか?」。この1週間でそんなに有名になったのかと思ったら、私の本を翻訳してくれた翻訳家の方だった。まったくの偶然で、同じ便で日本に向かうのだという。ロシア滞在最後の最後でのサプライズだった。

 

 

<12月4日>

予定より早く成田着。この日、日本は暖かかった。モスクワとの気温差は30度近く。

 

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ロシアについてはまったくの無知だった。しかし初めて訪れたロシアで、ロシアのことが好きになった。以下、印象的だったこと。

 

当然ながら寒い。マイナス10度のなかをしばらく歩いていると、露出している肌の感覚がだんだんと鈍くなる。しかしその「寒さ」が「要塞」の役割を果たし、ナポレオンやヒトラーの攻撃からモスクワを守った。2012年2月に、本田圭佑を擁するCSKAモスクワがレアルマドリードとの試合をスコアレスドローに持ち込むことができたのは寒さを味方に付けたからともいわれている。

 

ちょうど滞在期間中、サッカーのロシア国内リーグの試合が、マイナス18度という環境で行われていたことが問題となり、ニュースになっていた。いくらプロとはいえ、そんな環境の中でサッカーをやらせるなど非人道的だということだ。規定では、マイナス15度以下では、チームには試合を拒否する権利がある。

 

モスクワの市内にはほとんど高層ビルがない。一部の区域を除いて、法律で禁止されている。それどころかモスクワ中心部は、ほとんど100年以上の建物がいまも現役で活躍している。古いものを大事に使う文化がある。遠慮がちに建てられた高層ビル街は地元のひとたちから「美しくない」と不評だ。たしかに広大な土地があるロシアで、天に向かって建物を伸ばす必要などない。

 

「ロシアのひとたちはみんな無愛想だよ」と脅されていたが、まったくそんなことはなかった。ワールドカップなどを経験し、外国人に対するホスピタリティの必要性が認知されてきているらしい。レストランやホテルでは、みんな当たり前に気持ちのいい自然な笑顔に触れることができた。

 

「ろくな食べ物がないよ」というのも違った。今回は博報堂現地支社の方がフルアテンドで、毎日いいレストランに連れて行ってくれたからではあるが、口にしたすべての食事がおいしかった。せっかくなので、NOBU MOSCOWにも行った。ノブさんの自伝の執筆のお手伝いをしたことがあるので、海外に行って、NOBUがある場合には必ず立ち寄るようにしている。

 

男性はやはり体格がいい。しかしジャンクフードで太ってしまったようなだらしない体型のひとはほとんど見かけなかった。スーパーモデルのような女性がそこら中を歩いている。しかも髪の毛の色、目の色、背丈などさまざま。いろいろなタイプの超美人がいて、多民族国家であることがよくわかる。

 

毎回の講演会で思ったことは、質疑応答が活発だということ。1時間くらい質疑応答が続く。しかもいい質問が多い。日本に興味があり、子育てに興味があるひとたちが真剣に参加してくれているからなのだろうと思うが、ロシアのひとたちは真面目なんだなあとも感じた。もともと社会主義国家であったこともあり、共同体意識がベースにあり、日本社会に近い感覚があるのかもしれない。

 

社会主義国家ではもともと女性も労働力だったので、共働きは当たり前。女性でも能力のある人は出世できるという。ただし、それでも、育児は女性の仕事になりがち。父親を子育てに巻き込むことが課題なのだとか。

 

また大変興味深い話も聞いた。ロシアの経済の仕組みが変わってから、「働けば働くだけ稼げる」ということがわかり、家庭をないがしろにして仕事に夢中になる男性が増えているのだという。「働き方改革」を叫んでいる日本社会とは逆ベクトルである。貧富の差も開きつつあり、年配のひとたちからは「こんなことになるのなら、社会主義の時代のほうが良かった」という声も上がっているのだとか。

 

私の中でロシアという国への興味とリスペクトが強まった。近くて遠い隣国が、本当に近く感じられた。