2020年度以降予定されている大学入試改革において、東大が、英語の民間試験のスコアの提出を、当面は必須としないことを発表した。さらにここにきて、2017年12月に公開されていた、大学入学共通テストの国語の「試行テスト」の問題について、「これを国語の読解力といっていいのか?」という疑問も湧き上がっている。これまでの流れを振り返ってみよう。

 

 

センター試験を変える意味はあるのか?

 

 2017年12月、大学入学共通テストの試行テストが公開された。特に記述式が出題された数学と国語に注目が集まった。

 地方の公立進学校の教員に評価を聞くと、「今回はかなり頑張ってつくった良問だと思う」「たとえば数学は、単なる計算力では太刀打ちできないようになっている」と、概ね好評だった。ただし「問題のレベルが、一部の上位層にはちょうどいいが、それ以外の高校生には難しすぎるのではないか」という声も聞いた。

 実際、国語の記述式問題では完全正答率が0.7%の問題があり、数学でも全3問の正答率が1割未満だった。2018年6〜7月に朝日新聞と河合塾が共同で755大学を対象に行った「ひらく 日本の大学」という調査によると、名古屋大や法政大、近畿大など10%の大学が「難しい」と答え、「やや難しい」という大学も43%もあった。

 関西の私立中高一貫校の校長も「うちの生徒にはいいが、一般論としたら難しすぎるのではないか」と懸念を示した。さらに国語の問題については「あれが国語の読解力なんですかね」とも。思想の練り込まれた長文を立体的に読む力というよりは、雑多な文字情報の中から必要な情報だけをパッとすくい取る能力を試すような問題が目立ったからだ。

 試行テストと従来のセンター試験を比べたとき、見た目上のいちばんの違いは、問題文や課題文の体裁である。従来のテストであればほんの数行で終わっていたはずの問題文が、何行にもおよぶ会話文になっていたりする。日常生活や実社会を意識させるために、会話文や図表などを多用し、ストレートに問いを投げかけてはこないのである。その手法は、公立中高一貫校の適性検査にそっくりだ。

 まわりくどい問題文をわざわざ読ませることには課題発見能力も測るという意図があるのだとは思うが、問題文が長く婉曲的になればなるほど、文章を速く正確に読み取るのが得意な受験生に有利になる。要するに読解力あるいは速読力の勝負になり、教科そのものの能力が見えづらくなる。たとえば驚異的な数学センスをもっている受験生でも、読解でつまずいてしまうかもしれない。それは教科のテストとしてはいかがなものか。テストの体裁を変えることを目的化して、本来測るべき能力が正確に測れなくなるようなことのないように、今後の調整を行ってほしい。

 ある進学校の校長はこんなことも懸念していた。「記述式の採点は専門の業者が行うというが、いくら専門の業者でも、50万人分の答案を採点できるほど専門の職員がいるとは思えない。実際は大量のアルバイトに採点させることになるのではないか」。結局は素人に機械的に採点させるのなら、記述式問題を出す意味があるのかという、もっともな疑問だ。

 2018年10月4日の朝日新聞によれば、「採点基準を厳密にしても、採点者によって偏りがでる可能性は否定できないと思う」など懐疑的な意見が大学側からあり、全体の53%の大学が「採点の公平性に疑問」の声を上げている。試行テストでは、受験生の自己採点と入試センターの採点結果が一致しない例も多く、80%の大学がこれを問題視した。

 また「日本テスト学会」は試行テストに見られた「5つの選択肢の中から適当なものをすべて選べ」というような多肢選択問題について、実際は選択肢ごとにそれが適切か否かの二者択一をしているにすぎず、「より深い思考力」を求めていることにはならないと指摘する。さらに「テスト理論」の観点から、5問正答のみを正答とし4問以下の正答は0問正解と同じとみなしてしまうことについて、「貴重な個人差情報を捨てる」と批判的な声明を出している。

 以上を総合すると「だったら記述式問題も多肢選択問題もなしにして、現行のセンター試験のままでいいじゃないか」という結論になりかねない。

 

 

東大が英語民間試験を実質不採用

 

 数学や国語から遅れることおよそ3カ月、大学入学共通テストの英語の試行テストが実施され、公開された。これまたいままでのセンター試験とはだいぶ装いが違う出題方式が目立った。しかしそれと前後して、ちゃぶ台返しのような衝撃が、大学入試改革関係者を直撃する。2018年3月10日、東大が、英語の民間検定試験を合否判定に利用しない可能性を表明したのだ。

 2018年4月3日の「東京大学新聞」では、東大の阿部公彦准教授が英語の民間検定試験導入だけでなく大学入試における4技能評価重視の風潮そのものを一般論として批判している。

 「共通テストのプレテストでも民間試験と同様、遊園地の混雑度をウェブサイトで調べる問題など、日常生活の具体的な状況が題材の問題が多く見られた。しかし『これでは英語力ではなく情報処理の問題だ』」というのだ。

 先述、関西の私立中高一貫校の校長が、国語のプレテストを「あれが国語の読解力なんですかね」と疑問を呈したのと同じ視点である。

 このタイミングで民間検定試験導入に対するネガティブな姿勢を東大が表明したことからは、「いまさら大学入試改革の既定路線をひっくり返すことは難しい。しかしこのままではまずい。自らがいち早く態度を表明することで、他大学の方針に少しでも影響が与えられれば」という思いが感じられる。

 2018年7月12日、東京大学のワーキンググループは「出願にあたって(英語の)認定試験の成績提出を求めない」を第一優先順位の選択肢とする答申を発表した。同8月10日に朝日新聞がまとめた調査では、英語の民間試験について、82の国立大学のうち37大学が「活用するか未定」と回答。具体的な方針を示しているのは13大学にとどまった。

 9月25日、東大はついに、英語民間試験の成績提出を実質的に必須としないとの結論を出した。英語民間試験活用に対して方針を保留していた多数の国立大学の今後の判断に大きな影響を与えることは間違いない。大学入試改革の風向きが、ここに来てさらに大きく変わった。

 前出「ひらく 日本の大学」によると、英語の民間試験の活用については46%の大学が「問題がある」と回答した。同じ調査では、共通テストいついて「利用したい」が69%だった。前年の同調査の88%から19ポイントもの下落だ。試行テストの問題を見ての翻意だと考えられる。

 改革によって得られるものと、生じる混乱のどちらが大きいか。新テストの実施までもう時間がない。このままでは、新テストを回避して、結局従来通りの入試を続ける大学に人気が集まるなどという最悪のシナリオもあり得る。

 混乱ばかりをまき散らし「結局のところ、50万人分の記述式解答を採点する業者と4技能型の英語の資格検定試験を実施する業者と『e-ポートフォリオ』を学校に提供する業者が儲かるだけの改革になってしまった」なんてことにならないようにしてほしい。

 一方で、大学入試改革は、大学付属校人気や中学入試改革などの副次的な現象を巻き起こしている。それらについては、拙著『受験と進学の新常識』(新潮新書)を参照されたい。