いわゆる“イクメン”であることで知られるお笑いタレントの中田敦彦さんが、夫婦の葛藤をネット媒体の記事にしていました。

「中田敦彦 方針変更!「良い夫」やめました」

 

仕事をセーブして家族中心のライフスタイルにし、なおかつしっかり稼ぎ、外で悪さをすることもない「パーフェクトハズバンド(完璧な夫)」なのに、それでも妻の福田萌さんからダメ出しされ「カウンセリングを受けてくれ」と言われて、カウンセリングを受けてきたと。

 

で、カウンセラーに「全部合わせてきたことが、良くなかったですね」というようなことを言われて、「自分が妻をつけあがらせていたのだ」と気付いたというような話なのですが、「これ、記事にしちゃダメでしょ」と思いました。

 

あくまでも憶測ですが、カウンセラーもおそらくそういう意図でそのようなセリフを言ったのではないと思います。少なくともカウンセリングとは、カウンセラーが「裁判官」みたいに、どちらが悪いか「判決」を出すような場ではありません。自分と向き合う場です。

 

私が運営する「パパの悩み相談横丁」に寄せられるパパからの悩みのうち、感覚的には約8割が夫婦関係。いままで約10年やってきて、「妻からの八つ当たりに耐えられない」「子育てに対する考え方で夫婦が衝突する」そして「育児や家事をやってもやっても妻から認めてもらえない」がパパの悩みのビッグ3です。

 

ただし、妻本人が「夫が育児をしないのが悪い!」と言っている場合でも、実際夫が大半の育児や家事をしてみてもほとんどの場合、効果は限定的です。問題の根本はそこではないからです。

 

夫が妻の付属品のような「都合のいい夫」としてふるまうのではたしかにますます状況は悪化します。常に妻の顔色を気にして、先回りして行動しているのに、妻はますます横暴になっていくというパターンにはまります。さらに、セックスレス、不倫など、夫婦の間にも常に問題が絶えないことになります。

 

私が父親たちからの相談を受けた経験からいえることは、実は、「育児や家事を、やってもやっても認めてもらえない」と嘆く夫は、「父親」としての役割を完璧に遂行しようとすること自体が目的になってしまい、「妻そのもの」が見えなくなってしまっているのです。中田さんの場合、過剰に外面を気にしていたようにも見受けられます。

 

中田さんが、世の中一般の男性に比べて、育児や家事をやっていたのは事実だと思います。でもそれがもしかしたら、職業人として優秀なだけでなく、父親や夫としても正しく完璧であることを証明したいという自己都合的な欲求を満たすことを主な目的としたものであれば、妻が一抹のさみしさを感じてしまうのも不思議ではありません。

 

妻は「あなたは一切変わっていないし、ただ成功したいだけの人」と夫を批難したそうですが、「成功=他人からの評価」を行動指標にする夫に対する心の底からの訴えだったのだと思います。

 

カウンセリングに通ってくれとパートナーに訴えるというのは、相当に追いつめられた状態です。萌さんの希望に応えてカウンセリングを受けた中田さんは立派ですし、カウンセリングを通じて、「理想の父親像」に振り回されてはいけないと気付いたことは大きな収穫です。でも、今回のような記事の出し方をしたら、萌さんは萎縮してしまうでしょう。

 

さらに、カウンセラーさんが指摘した「全部合わせてきた」というのは、一見、自己犠牲をともなう思いやりのある行動ですが、実はそうではありません。夫婦は対等にお互いを思いやるべきものなのに、一方的に夫が妻に合わせるということは、妻の能力を低く見積もっていることを意味します。心理学的には「相手をディスカウントする」と表現します。

 

妻の能力を高く評価していれば、夫も自分の本音や不満をさらけ出し、その解決のために妻の力を借りようとするはずです。でもそれをしない。「妻の能力が低いから俺が一方的に合わせる」という構造になってしまっているのです。この状態が続けば、妻は常に無力感にさいなまれまるのは当然です。「あなたのため」と言って過保護・過干渉を続け、子供に無力感を刷り込む親と同じです。

 

しかし妻は、この自分の無意識の不快感をうまく言語化できないので、とりあえず具体的に目に付きやすい育児や家事の不満をぶつけてしまいます。そこを夫が額面通りに受け止めて修正すると、さらに細かい不平不満を「発掘」し、夫を責める……。きりがない。ご夫婦は、そんな悪循環に陥っていたのではないでしょうか。

 

「やってもやっても認められない」と感じている場合、夫がすべきことは育児や家事を完璧にこなして妻に文句を言う隙を与えなくすることではなく、妻の本心に心を傾け、同時に自分の胸に手を当てて自分の本心をたしかめてみることです。中田さんにはぜひカウンセリングを続けてほしいと思います。「ゼロか百か」のような極端な気持ちは過ぎ去り、きっとさらに新たな気付きを得るはずです。

 

もちろん萌さんも、自分が夫に対して本当に求めていることが何なのか、自分の胸に手を当ててじっくり考える必要があります。でも世間からの反応が痛いほどに伝わってくる状況の中で客観的になるのはとても難しい。「自分が悪い」と思い込んで萎縮してしまうと、ますます問題の根が深く潜り込んでしまいます。場合によっては、萌さんもプロのカウンセラーの力を借りる必要があるでしょう。

 

夫婦で向き合うとは、お互いに非の打ちどころのない夫や妻を演じることではなく、外から見て完璧な夫婦を演じることでもなく、お互いの気持ちに呼応して、自分たちだけの夫婦の形を少しずつ築いていくことです。これにはものすごく時間がかかりますし、ときに強い葛藤を生じます。それでも「このひとは逃げない」とお互いに思える信頼関係を築くことが大事です。それさえあれば、夫婦はなんとかやっていける。今回のようなすれ違いも、そのプロセスの一部です。

 

夫でも、妻でも、だいたい完璧なイケてる自分を目指し始めると、肝心の家族のことが見えなくなって、家の中がぎくしゃくし始めるんです。「ダメパパ」といって自分を笑い飛ばすくらいがちょうどいい。

 

本来、よそ様の夫婦関係に首を突っ込むべきではありません。しかし今回は、中田さんのような影響力のあるひとが、あのような記事を発表することで、子育て夫婦によくあるパターンの葛藤を夫婦で克服しようとする途中経過の状態を、あたかも「解決」のように世間がとらえてしまう危険性があると感じたので、取り急ぎ雑ぱくな文章を書き起こしました。

 

最後に拙著『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』から引用します。

 

 以上のように、夫婦関係あるいは家族関係は、「結合」「拡大」「収縮」のライフサイクルを経て、「進化」します。各局面・各段階の変遷期には、夫婦関係も不安定になります。当然です。夫婦として初めての状況に直面しているわけですから、夫婦がうまく機能しないこともあるのです。

 その結果お互いに対する不信感が生じたり、摩擦が増えたりもします。しかしそれらは新しい局面や段階に適応するために必要な「調整」です。たくさんの調整を経て、「この世にひとつだけの夫婦の形」が形成されます。痛みを感じることもあるでしょうが、それは必要な痛みなのです。

 その痛みから逃れるために、小手先でごまかそうとしてしまうと、夫婦関係が進化しません。それは問題の先送りでしかありません。いつかまた夫婦関係や家族関係が揺らぐときに、問題が露呈して、ごまかしきれなくなります。それがたとえば熟年離婚だったりするわけです。

 つまり理想の夫婦とは、いつまでも新婚生活気分を維持している夫婦ではなく、ファミリー・ライフサイクルの変遷に伴う違和感や痛みを受け入れ、力を合わせてそれを乗り越え、常に関係性をアップデートできる夫婦なのです。

 

中田さんの連載記事のタイトルはまさに「中田敦彦HUMANアップデート中」。今回の件は重要なアップデートになるとは思うのですが、それだけにデリケートな話題でもあります。そのデリカシーを少しずつ身に付けるのも、夫として父親として、大切なアップデートであるはずです。大変ですけれど、焦らず、少しずつアップデートしてほしいと思います。完璧な父親や夫なんて、どこにもいないんです。夫婦関係におけるアップデートとは、完璧な父親や夫を目指すことではなく、むしろ完璧でない自分自身とパートナーをゆるし、受け入れていくことなんです。

 

 

※2018年10月25日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容に加筆したものです。