数年前に話題になった本を、いまさらながら読んでみた。『男のパスタ道』(土屋敦)。おいしいペペロンチーノをつくることがこの本の表面上の目的である。しかし真の目的は、1つのことを徹底的に論理的に探究するとどうなるかを試してみることである。シンプルなペペロンチーノだからかろうじて240ページほどに収まっているが、これがボロネーゼだったらタマネギの種類や豚肉の産地にまで話がおよび1000ページをゆうに超えてしまうだろう。

 パスタそのものの食感の科学的根拠を突き止めるためにわざわざパスタを粉砕してデンプンとグルテンに分けてそれぞれをゆでてみたり、パスタをゆでる湯の塩分濃度を何段階にも変えてみたり。論理的に推論し、それを実証する作法こそを、この本は示している。生物学者・福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』を読んだときに感じた「科学者の息づかい」と同質のものを、この本の行間からも感じた。

 いま教育現場で、「探究学習」などと呼ばれる学習スタイルが流行している。そのお手本として、中高生たちに読んでほしい。いや、まずは教員たちが読まなければいけない。本書はいわばアカデミックな思考法を学ぶための実践的手引き書なのである。『知的生産の技術』(梅棹忠夫)、『理科系の作文技術』(木下是雄)など、学生がまず読むべきとされる名著はいくつかあるが、そのラインナップに加えてもいいくらいの1冊である。

 「結局答えは何ですか?」というひとにとってはひどく退屈な本だ。しかし、数学をやっていて「公式」に当てはめて答えを出すだけではつまらない、公式が成立する理屈こそを知りたいと感じるタイプのひとにとってはたいへん刺激的な本である。

 究極のレシピは最終章に出てくる。著者が見出した最高のペペロンチーノづくりの「公式」である。しかし、本を読み終わったとき、その「公式」を利用するだけでは面白くないという欲が湧いてくる。自分なりの「応用」に挑戦たくなるのだ。単に公式を覚えたり、知識を詰め込んだりするのでなく、原理原則をしっかり理解すればこそ知的探究心が刺激されるのだということが、改めて実感できる。

 かくしてペペロンチーノづくりが目下のマイブームになった。ブームが落ち着いたら、今度は同著者の『男のチャーハン道』も読んでみようと思う。