「予言の書的」な。

 

 

おおた 僕は働き方の改革は法改正などしなくても、運用さえきちんとすればいい話だと思うんです。

 少し話を戻すと、働き方改革実現会議で、36協定に対してなんらかのキャップ、上限規制がかけられると、「私たちが守りました!」という話になるけれど、それが適切に運用されていなかっただけでしょ、と思う。

 だけど、ものすごく働きたい人たちがいて、36協定をしっかり運用してしまうと実情に合わない人たちが出てくる。あるいは、時間あたりが換算しづらい働き方をしている「知的労働者」を労働時間で縛るのはおかしいよね、彼らを労働時間の規定外にしましょう、だから、ホワイトカラー・エグゼンプション必要だよね、と。

 働き方改革と矛盾しているのに、ホワイトカラー・エグゼンプションも出してきて、押し通そうとした。それがニッポン一億総活躍プランの二面性を物語っていると思うのですが、実は本丸はそっちじゃないかと疑いたくなります。

常見 まず、36協定に関するレッテル貼りが気になりました。あたかも36協定が「完全に無力」であるかのように喧伝するのは大間違いです。日本では労働基準法第32条において、「1週間につき40時間、1日につき8時間を超えて労働させてはならない」と規定されています。ただ、いわゆる36協定の労使合意に基づく届け出によって、それ以上労働させることが可能となります。さらには36協定の特別条項を用いれば、上限時間以上に働かせることができる仕組みにもなっています。これが、あたかも完全に無力なザル法であるかのように喧伝されてしまった。確かに、特別条項を用いればザル状態ですけど、これはこれで抑止力がゼロではないわけです。

 おおたさんがおっしゃる通り、その適用除外を設けるべきだということで、ホワイトカラー・エグゼンプションや高度プロフェッショナル制度が議論されました。労働時間とアウトプットが必ずしも連動しない働き方があるのではないかということもそれをサポートする論理でした。

 運用を工夫すれば、確かに業務の少ない時期は労働時間を減らせる仕組みになります。柔軟な働き方、時間にとらわれない知的業務などを実現することが論拠になっています。ただ、残業の主な原因が仕事の絶対量、顧客都合による突発的な業務などによるものである以上、制度が機能するかどうかは極めて疑問です。裁量労働制の拡大と相まって、「労働時間の見えない化」「人の定額使い放題」が進むのではないでしょうか。

おおた 今までは36協定に抜け道があったけど、その道を塞いで、別の法律で抜け道を作ろう、堂々と知的労働者を使い放題、残業させ放題にしよう、ということですよね。

 

※『「働き方改革」の不都合な真実』(2017年、イースト・プレス)より