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学習教室「KUMON」。その名を知らない者はいないだろう。現在、世界49の国と地域に教室を展開、全世界で約427万人が公文式を学習している。もはや「KUMON」は世界共通語。認知度からすれば、公文教育研究会は、日本を代表するグローバル企業である。そして最近行われた調査では、なんと東大生の3人に1人は公文式の経験者だった。そこで『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?』を書いた。

1954年、高校の数学教師だった公文公(くもん・とおる)が自分の息子のために手書きの教材を作ったのが始まりだった。その名が全国区に知れ渡ったのは1974年。『公文式算数の秘密』(公文公著、廣済堂刊)が出版され、30万部を超えるベストセラーとなったのだ。その担当編集者こそ、現在の幻冬舎社長であり、出版界のカリスマ・見城徹である。

『公文式算数の秘密』の中で、公は次のように宣言する。「私は、ほかならぬ私の子どもの大学進学を考えて、この教材を作ったのである。つまり、高校数学へ一直線に進ませる、最も確実な、効果の高い、学習法である。そして、時間的にも経費的にも、最も安上がりな学習法であるということを、私はあえて明言したいのである。平たくいえば、子どもに確実な学力をつけ、大学進学を有利にするために、いちばん得をするのが公文式であるといいたい」

「KUMON」の名が世界に轟いたのは1988年。学力低下に頭を抱えていたアメリカのアラバマ州の公立小学校サミトン校が正規の授業として公文式を導入したのである。わずか数カ月で目覚ましい成果を上げた。そのことが「サミトンの奇跡」として、「ニューズウィーク」「タイム」などのメディアに大々的に取り上げられ、噂はアメリカ以外にもまたたく間に広まった。

ルーズリーフに鉛筆で書かれた計算問題から始まった公文式は、今や年間売上約900億円を超える巨大事業体に成長した。その大半は本業である教室事業の売上だ。現在国内学習者数は約151万人、教室数は約1万6300教室、教室指導者数は約1万4500人。海外学習者数は約276万人、教室数は約8400教室、教室指導者数は約7800人。海外教室事業の売上はグループ総売上の半分に迫る。

本業の算数・数学、英語、国語の教室事業のほかに、乳幼児向けの「Baby Kumon」、高齢者を対象にした「学習療法」「脳の健康教室」、外国人を対象にした「日本語教室」、幼児から社会人を対象にした「フランス語・ドイツ語教室」、生涯学習としての「書写教室」、書籍や知育玩具の開発・販売を行なう「くもん出版」などがある。基礎学力向上を課題とする全国約100の高校や大学に、教材の提供を行なう事業もある。スイスには全寮制の高校があり、神奈川には中高一貫校を擁する。

しかし現在、経済のグローバル化にともない、日本における学力観や教育のあり方も大きく変わろうとしている。ICTの発展で、学習のスタイルにも変化の兆しが見られる。2020年度には大学入試改革も予定されている。一発勝負、1点刻みのペーパーテスト至上主義を改めることで、学力観そのものを変えていこうとする狙いがある。

「高校数学の学習を容易にして、大学受験を有利にするための教育プログラム」としての生い立ちをもつ公文式に影響はないのか。公文教育研究会広報部に聞いた。「まず、もともと学習指導要領も関係ないくらいですから、大学入試改革によって公文式の教材が変わるということはあり得ません。むしろ、今求められている学力観は、自学自習を追求してきた公文式の考え方と軌を一にするものですから、我々とすれば今の方向性は大歓迎です。また、実用英語の必要性という意味では公文式の英語の出番がますます増えるのではないかと思っています」。前向きな答えである。

一方で、『2020年の大学入試問題』(講談社)の著者・石川一郎さんは、公文式を「究極的な20世紀型教材」と評する。「公文式は、ある意味究極の勉強システムです。教師不要。近くの大人が、公文式を続けることさえ指導すればいい。それだけで下手な授業よりも効果はあるのではないかと思う。問題点は、余計なことをモヤモヤ考えることがない、他人の考え方にふれることもない、正解のない問いに対して最適解を出すような内容の教材ではないの3点。よって、21世紀型学習、正解のない問いへの対応はこれだけではできない。人工知能が進化したら、人間にとってあまり意味がない勉強システムになるのではないか」。たしかに、公文式によって鍛えられる速くて正確な演算能力も、嫌なことでもコツコツ続ける精神力も、人工知能にはかなわない。

また、政府が力を入れる「女性の活躍」も公文式への逆風となる恐れがある。公文式は、高学歴の専業主婦を指導者に採用するビジネスモデルであり、専業主婦の母親がそばについて見守ることを前提として作られた教材だ。しかし現在は専業主婦家庭よりも共働き家庭のほうが多い。女性の職業の選択肢も増えた。優秀な指導者が集まりにくくなるだけでなく、親の関与度合いが減ることで、公文式の効果が薄れる可能性もある。

大学入試改革、人工知能、専業主婦の減少……。これらは公文式が今後立ち向かわなければいけない大きな課題だろう。


<書籍情報>
『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?』
(おおたとしまさ著、祥伝社刊、780円+税)
数々の学校や塾を論じてきた著者が、今度は「どうして公文式で学力が伸びるのか?」「どんどん進む子とやめてしまう子の違いは何か?」に切り込んだ。