長時間労働是正も、正規雇用と非正規雇用の待遇差の解消も、労働生産性の向上も結構なのだけど、気がかりなことをひとつ。


マタハラ・パタハラはもちろん訴えられる。そこで子育て中の社員の働きやすさを担保しようとするとしわ寄せは独身社員にいきがちなのだが、一方で若い社員の過労リスクやメンタルケアにも十分に注意を払わなければ書類送検される。それなのに人員は増えず、逆に「もっと無駄を省いて労働生産性を上げろ」なんて無茶も押しつけられている。このままでは中間管理職はつらいよ。


「働き方改革」なんていっているけど、変えるべきは「働き方」よりも「経営の仕方」じゃないの?


今後は同一労働同一賃金で年功序列が本格的に終わり、育児や家事もこなしながら、若い社員と同じ土俵で働き続けなければいけなくなる。バブルを知らず、受験戦争を生き抜き、就職氷河期を乗り越えた団塊ジュニアがようやく管理職になろうというタイミングであることがなんとも切ない。


せめてつらいときに「つらい」と言える相手がいるといいのだけど、いないとなおさらつらいよな。家族がいたとしても、家でも邪険に扱われていたら、おじさんもおばさんも、普通に泣くよな。


そんな立場にいるのは現状男性が多いとして言うのなら、そんな状況でも家に帰って家事をやったのに「そのやり方じゃダメ、あなたがやっても時間が無駄」と妻から叱られ、同じように部下を叱ったら翌日から会社に来なくなっちゃって、そのことで今度は上司から叱られたりしたら、心折れるよな。


「働き方改革」まわりのことについては今、こういった現実を無視した雑な議論が横行している。


長時間労働を是正にも、過労死を防ぐ次元での話と、育児や家事ができる働き方を実現する次元での話と、2種類ある。過労自殺の件を引き合いに出して、「長時間労働を是正すれば少子化対策にもなる」というのは不誠実。過労死を防ぐ意味で月間残業時間80時間以内に抑えるように労働基準法を改正したところで育児や家事が十分にできるようになるわけがない。そこをあいまいにしたまま議論を進めると、決まるものも決まらない。まずは早急に過労死防止ラインに制限を設けることを優先すべきだと思う。こういうでたらめを吹聴する者たちの狙いは何か、考えてみる価値がある。


労働生産性の問題は根本的に、「働き方」の問題ではなく、「ビジネスモデル(稼ぎ方)」の問題。改善を迫られるべきは労働者ではなく経営者もしくは経済施策を主導する政府である。労働者1人ひとりが無駄を省いたり現場が業務管理を徹底したりすれば社会全体の労働生産性が上がるかのようなでたらめな論理を振りかざすのはもはや卑怯だと言える。それは企業にとって都合のいい業務改善に過ぎない。そういうでたらめを推進することで得をするのは誰か、考えてみる価値がある。


表面的には社会善を行っているようで、実は我田引水を狙っている偽善者がいるとしても、結果的に社会のためになるならいいだろう。でも、本質をごまかせば、本質的な解決は遠のく。それはやってはいけない社会悪だ。相手をうならせるプレゼンテーション技術も大切だけど、そういうプレゼンテーションにだまされない眼力はこれからの時代もっと大切だ。