深夜0時。珍しく出かけた銀座からタクシーで高速道路に乗ろうとするとき、日本のメディアを牛耳る世界一の広告会社の本社ビルはすっかり闇に溶け込んでいた。文字通りの不夜城が強制停止している姿は珍風景だった。タクシーの運転手さんが言う「いつまでこれ続くんでしょうね」。私はとっさに答えた。「そのうち早番と遅番のシフト制にしましたとか言って、結局不夜城に戻るかもしれませんよね」。

 

私もかつて、そのすぐ近くにあった似たような業界の不夜城の住民だった。

 

広告業界では、クライアントから少しでも多くの広告費を引き出すことが主な仕事となる。期末の目標達成前になると、頻繁に営業作戦会議を開き、夜を徹して急ごしらえの企画を練り上げ、日中はその企画書をもってクライアントをかけずりまわる。まさに気合いと根性で目標を達成する。

 

それをやり抜くチームが良いチームとされる。「数字のための数字を追うなんてくだらねぇ。そもそもどうやってきめた目標か。昨対15%を目指しましょうだなんててきとうに決めた数字じゃねぇか。やめた、やめた、帰って寝るぞ!」と言う者は疎まれた。

 

いわゆる体育会のノリだ。あるいは進学塾の勉強合宿のノリだ。

 

長時間労働が社会的な問題となっている。その温床となっているものに、部活での長時間練習と勉強時間は長いほうが偉いという価値観があると思う。ティーンエイジャーのうちには、この二つの価値観を受け入れ成功した者こそが、「文武両道」などと讃えられる。彼らが「勝ち組」として社会に出れば、長時間働くことが偉いと思う文化が幅をきかせるのは当然である。

 

長時間労働には反対しながら、子供には「もっと勉強しなさい」「部活をサボるなんてあり得ない」などと言っている親は多いだろう。それらはもちろん正論だ。しかし一方で「適度な不真面目さ」を子供に教えるのも、大人の大事な役割かもしれない。「親」だけでできることではないかもしれない。世の中にはもっと「寅さん」とか「浜ちゃん」とかが必要だ。