自分に課した誓いが自分自身を奮い立たせる

 

 子育てにおいてそれといったこだわりはないのだけれど、1つだけ決めていたことがある。それは、子供が10歳になったらアフリカに連れて行き、「これが地球だよ」って話すこと。

 学生の頃、教育学の授業で「10歳前後にアイデンティティが確立する。どこにどれだけ住んでいたかは関係なく、そのときアメリカにいればアメリカ人のアイデンティティになるし、日本にいれば日本人のアイデンティティになる」という話を聞いた。自分はどっぷり日本人のアイデンティティを持つ。でも、将来子供には、国籍も時代も関係ない、「地球人」としてのアイデンティティを持ってほしいなと思った。だから、長男が生まれたとき、「できたら、息子が10歳になったらアフリカに連れて行こう」と思った。

 長男が生まれてほどなくして、僕はあんまりにも残業の多い会社をやめて、フリーランスの物書きになった。子供が「パパ~!」って抱きついてくれるのなんて人生のうちのほんの数年間。そのときに子供といられなかったら一生後悔する。そう思ったから。

 フリーランスになって、「できたら……」ではなく、「絶対に、息子が10歳になったらアフリカに連れて行く」と自分に誓った。そのためには、家族と仲良く暮らせるだけではなく、2人分のアフリカ旅行の旅費が払えるくらいの成果を、仕事でも出さなければならない。

 自らに課したこの誓いが、フリーランスという不安定な立ち位置で足場を見失いそうになる僕を、幾度となく奮い立たせた。

 

照れながら、とうとう言えた「これが地球だ。忘れるな」

 

 ずっとずっと遠い未来のような気がしていた。10歳になった息子なんて、当時は想像すらできなかった。でも、1日1日の積み重ねが、少しずつ夢を現実に近づける。10歳の誕生日を間近に控え、とうとう息子に告げる。「アフリカに行こう」。

 息子は最初、戸惑っていた。「えっ?お金がもったいないでしょ」なんて。しかし「10歳になったらオマエとアフリカに行くのがパパの夢だったんだ」と付け加えると表情が変わった。「そういうことなら、行く」。「ありがとう」。

 チケットを予約してからも、「本当に夢の日がやってくるのだろうか……」なんて、10年越しの思いが実現することがなかなか自分でも信じられなかった。が一方では、iPhoneに「アフリカで話すこと」というメモ帳を作り、ネタを書きためていった。

 息子はもうすぐ思春期にさしかかる。だんだんと父親のことを見る目も変わるだろう。その前に、父親として伝えておきたいことを書き連ねた。気分は吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』だ。

 そして無事、その日はやってきてくれた。成田からキリマンジャロ空港まで36時間。あんなにちっちゃかった息子が今、自分の足でアフリカの大地に立っている。サファリ仕様のランドクルーザーに乗り込み、象に追いかけられ、チーターの狩りに遭遇し、ツエツエバエの大群に襲われ、人類発祥の地と言われる渓谷を訪れ、マサイ族の村にも立ち寄り……、親子共々興奮の連続だ。しかし、その興奮以上に、「今まさに息子とアフリカにいる」という事実にこそ、僕は興奮していた。360度見渡す限りの平原の中心で、とうとう言った。「これが地球だ。何万年も変わらない、そのままの地球の姿だ。この風景を忘れるな」。文字で書くとカッコがいいけれど、実際は相当照れながら言った。そんな父親を見ながら「忘れるわけないじゃん!」と息子は応えた。

 

今は難しい話でも、5年後、10年後にわかればいい

 

 9日間、男2人で、たくさんの話をした。「今ここで、仮にパパが死んじゃったとしても、オマエはきっと一人で日本に帰ることができる。もうオマエはそれくらいに成長したんだ。だから自分の力を信じろ。でも、勘違いはしないでほしい。1人で日本に帰るといっても、本当に独りの力で帰れる訳じゃない。大使館の人や航空会社の人、見ず知らずの色々な人の助けを借りてやっと帰ることができるはずだ。本当に強い人っていうのは、独りで何でもやっちゃおうとする人じゃない。いろいろな人の力を借りられる人のことなんだ。そういう力があれば世界中どこへ行っても怖いものはない」なんて。

 旅も残り少なくなったころ、こっそりiPhoneのメモ帳を見る。「だいたい全部話せたかな」。多くは10歳の息子には難しい話だったと思う。でも、アフリカの大地で、父親と、そしてアフリカの人たちと、語り合った経験は忘れないと思う。5年後、10年後、大人になっていく過程の中で、何かの拍子に今回の旅を思い出してくれるのではないかと思う。そのときに、僕が伝えたかったことのほんの一部でもじんわり感じ取ってくれればいいと思う。

 「この目標がなかったら、仕事にしてもプライベートにしても、ここまで頑張れなかったかもしれない」と、僕はときどき思う。「息子が10歳になったらアフリカに連れて行く」。10年前、確かに自分にそう誓ったのだけど、気づいてみれば、連れて行かれたのは息子ではなく僕の方だったようだ。旅を終えて、自然にこぼれた。「ありがとう」。

 子育ての第2章が終わったような気がした。第3章が楽しみだ。

 

 

※以上、FQ JAPAN 2012年 秋冬号に寄稿した記事を転載。

 

 

<追記1>

 

 思い起こせば、新卒で入った会社の面接で、「おおたくんはどんな人生を送りたい?」と聞かれて「堂々と生きていたいです」と答えた。ちょっと困った人事の人は次に「じゃ、おおたくんは10年後、どんな男でいたいと思う?」と質問を変えた。僕は「強くて優しいお父さんでいたいと思います」と答えた。人事の人はそれ以上の質問をやめた。ちなみに履歴書の自己PR欄には「損得勘定では動きません」と、意味不明なことを書いた。それでも採用してくれた。

 入社して数年後の同期会で、「10年後の自分に向けて手紙を書こう」という企画があった。そして数年前、10年ぶりの大同期会を開いたときに、10年前の自分からの手紙を受けとった。何を書いたかなんてさっぱり忘れていた。そしたら、「アフリカ旅行楽しかったか?」と書いてあった。びっくりした。

 「なんのこだわりも信念もなく生きてるけど、オレ、意外とブレてない」と自分で思った。

 

 

<追記2>

 

 息子に伝えたかったことは、ざっくりいうと以下の3点。

・しあわせとは、得たりつかんだりするものではなく、感じるもの。身の回りにいくらでもあるしあわせに気付けるアンテナを磨け。そのために必要なのは感謝の気持ち。

・人生を生き抜くのに他人に勝つ必要はない。むしろ自分より優秀な仲間に囲まれ、どんな人とも協力し合える能力さえあれば、どんな世の中になっても生きていける。

・自分が恵まれていると思うなら、その恵まれた環境を大いに活かし、力を蓄え、いつか、他人のためになることをすることが、恵まれた者の使命である。

 理解できるのはずっと後になると思うけど、一応伝えた。