家康に関わる遺構⑶ | としのブログ

としのブログ

ブログの説明を入力します。

星田公園にある遺構


交野市星田3丁目に「星田公園」と言う場所がある、公園と言ってもまるで城跡のような場所です



これは完全に城跡ですよねー


この石垣すごい👍

この小高い丘は、新宮山と呼ばれていました


そして江戸時代末期まで山頂部には、新宮山八幡宮がありましたが、1872年(明治5年)に廃されて近所にある星田神社に合祀されました


では行って見ます


しかし、よくぞこの立派な門を今まで残してくれたものやと感心します


現在は近代的なオシャレな建物も多いですが、昔は茅葺き屋根の民家が並んでいたのでしょうか


山頂付近に残るのは、石清水八幡宮から勧請した八幡神を祀る新宮があったが、星田神社に合祀され、現在は、宝筐印塔が残るのみと言う事です


そして、家康(やっと家康が出て来た)が1615年(慶長20年)大坂夏の陣でこの丘に陣を開き軍旗を揚げた「旗掛けの松」が残っています


家康は何故この地(交野の星田)に伊賀越えの際に立ち寄り、また大坂夏の陣でこの地に陣を開いたのかは、この地に「平井家」と言う協力者がいたかららしい、大坂夏の陣の出陣の際、この平井家に泊まったと言う事が神祖営趾之碑に書かれています、そして新宮山に陣開いたのです







江戸幕府を開き260年以上も権力を保った徳川家康が、近所の交野市に縁があるなんてロマンですね