〝幸せな医療の考え方〟としての〝医育〟 その1

 

 

 

医育とは、幸せな医療の考え方を身に着け、患者さんも医療者もできるだけ納得し満足できるようになるという考え方を知ってもらう、と言うことである。今回はその医育の根幹部分について解説する。内容は過去の記事からの一部書き直しとなります。
 
現代の医療は素晴らしい反面、様々な問題で不安が多いのも事実である。そんな中で皆さんがどのように考えるのが幸せかということである。
満足できる医療を受けるにはどうするのが良いだろうか?多くの病気の治療は基本的に患者と医療者の共同作業である。患者と医療者はいわば車の両輪で、どちらが欠けてもうまくいかない。お互いの良好な信頼関係を十分築く事が大事なのである。
その両輪を繋ぐ一番大切なものは何か?それは医療者任せでないお互いの積極的コミュニケーションである。医療訴訟の多くもコミュニケーション不足から起こる。その積極的コミュニケーションの基礎作りの為にも“医育”というものを提唱した。最近は様々な分野で○育という言葉が流行している。内容は、学校等ではあまり教えてくれないが、実際の生活では大切な事が多いと思う。
ところで誰しも幸せとは何かを考えたことがあるだろう。地位があれば幸せ?お金があれば幸せ?健康であれば幸せ?人それぞれであろう。個人的には幸せとは相対的なものと考える。よくある例えがコップ半分の水だ。まだ半分の水が残っているのか、もう半分の水しかないのか?視点を変えることで満足にも不満にも繋がるのである。医療も同じである。現時点を受け入れる(納得する)ことができれば満足に繋がるし、できなければ不満に繋がる。視点を変える事で現状を納得し、そこから自分等の出来ることや問題点を考え動くことこそが重要と考える。その視点を変える為に情報を提供し、考えて頂き、実践してもらうのが医育である。医育というと多少上から目線に感じるかも知れないが、要は医育によって賢い患者になってもらい、幸せになって欲しいだけなのである。
そして医育には、もう一つの大きな目的もある。日本は既に高齢化社会に入っていると言って良いだろう。これから医療・福祉に掛かる経費は莫大であることは想像に難くない。その中で国民一人ひとりが医療・福祉をどのように考え行動するかで、国家の財政危機にも繋がるのである。高齢者が増えるということは、病に罹る人が増え、逝く人も多い多死時代である。今まで“死”を語るのはタブーな雰囲気が強かったが、むしろこれからは積極的に表に出すべきなのである。そんな中で、画一的でない自分らしい人生を若きも老いも今一度考えてみてもらいたい。どの様に生き、どの様な医療を受けたいかを考え、逝きかたをも考える。現代は多価値観・多様性の時代である。いろんな生き方・逝き方があって良いと思う。

最後に医育の5項目を紹介する。

1医療の現状を理解する

2上手に医療機関にかかる

  (健診・予防なども含む)

3最低限の医療知識を身につける

4生き方と逝き方を考える

5地域コミュニティ力の再生

これら全てを語るのはかなりページを取るため、徐々に解説していこうと思う。難しく、一部極論めいた内容もあるので、前向きに捉えて頂きたい。そして賢い患者になって、皆さんの人生に少しでもプラスになれば幸いである。また今回は一般人を対象に書いてるが、医療者にも何らかのヒントになれば更にうれしい限りである。