北浦3年目 公設民営化後に・・
写真は〝北浦を守り隊〟の提案のお話をした時の新聞記事
北浦町で2年間過ごして感じたもの。それは、この地はいずれ医療過疎地になる可能性が高いと。そういった中で、どのような地域づくりや住民の意識改革をやっていかなければならないか。その為には、まず一つ目に、地域住民に例えば応急処置などを含めて医学知識をつけていただくことを考えた。仮に医者がいない状況や救急隊が来るまでの状況での対応、あるいは医者にかかるのは翌日で良いが、とりあえずやっておくこと、どういう時に救急車を呼んだ方がいいかなどの知識だ。住民対象の勉強会を時間外にやることも考えていたが(それは〝じゅらくの会〟という名称で後日開かれるようになる)、北浦町報が市報に挟んで回っていたので、とりあえず手っ取り早いものとして、それに記事を書かせていただこうと。さっそく北浦支所に掛け合い、町報に〝北浦診療所日高先生の健康四方山話〟として連載をさせて住民の医学知識の増進をできる場をいただいた。
もう一つは、昔の住民同士の〝お互い様〟の気持ちを復活させて、 住民が助け合って生きられるシステムを創ることであった。北浦は延岡市街地とは大きく異なる。北浦町内ではますます周りの手助けが必要な方が増えていくだろう。そのような方々を守るために、地域全体が地域全体をみるシステムが必要であろう。それを〝北浦を守り隊〟と銘打って提案した。いろいろ話をした後に、「この〝北浦を守り隊〟を造るためにみなさん、協力してくれますか?」と尋ねたが、手を挙げてくれたのはほんの2,3人だった。自分も北浦に来て3年目、まだまだ信頼されてないのかな、それとも住民の危機感も少ないのかな、などと考えていた。また自分の影響力の無さにも落胆した。とりあえずその時は時期尚早なのだと考え、時が来るのを待つことにしたのであるが、これが実現されるまで、まだ数年の年月を必要とした。
同時に、〝幸せな医療の考え方〟としてよくお話をしたのが、〝医育〟であった。これについてはまた次回に。
