ようやく、念願ともいうべき、市川準監督のデビュー作『BU・SU』はじめ5作品が初DVD化の運びとなりました。
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ここでは松竹さんから10月28日にリリースされるDVD-BOX「memories of 市川準」のブックレットのために書き下ろした原稿とは別テイクとして、市川作品について、あれこれと綴っていきます。

第五回『buy a suit スーツを買う』

2009. 4.11『buy a suit スーツを買う』 
【出演】砂原由起子、鯖吉、山崎隆明、三枝桃子 ほか
同時上映『TOKYOレンダリング詞集』

作品について

遺作となった『buy a suit スーツを買う』は、ハンディカムで撮影したプライベート映画。

市川はこの企画を妻の幸子と、CMで長年助監督をつとめてきた末永智也に相談。仕事の合間を縫って、ロケハンを開始。キャストは、全員が俳優ではなく、市川のCMの仕事仲間。妹・ユキ役の砂原由起子と、兄・ヒサシ役の鯖吉は、お互いがどことなく似ているということで、物語を発想したという。また、兄の親友・山口隆には、「ギャツビー」「ホットペッパー」などのCMで知られる大阪電通勤務のCMプランナー。市川が演出したCM「タンスにゴン」などに出演もしている。

物語は、電気街から電脳街、そしてオタクの聖地と、年々進化を遂げ、最近ではインテリジェントビルが立ち並び始めた、秋葉原から始まる。ユキがコインロッカーに荷物を預ける。そこでスミちゃん(松村寿美子)と別れる。このコインロッカーがあった場所は、かつて川島雄三監督が『洲崎パラダイス赤信号』(1956年日活)で、三橋達也が行方知れずになった妻・新珠三千代を探し求めて歩き出す場所でもある。ユキも三橋も同じ場所から、尋ね人を始めるのだ。こうした「場所」の選び方に、市川準の「映画の記憶」「街へのまなざし」の確かさを感じる。

そして、兄の親友・山口がつとめる広告代理店のオフィスは、秋葉原のほど近くにある最新のビルにある。かつて、東京青果市場だったこのあたりは、今は見る影もなく、真新しいビルが立ち並んでいる。変わりゆく風景、その中の変わらないコインロッカーは、時代の忘れ物のようでもある。

ユキの兄・ヒサシと山口は、大学の同窓生。ヒサシの天才に脅威を感じた山口は、学問とは無縁の広告の仕事をしている。こうした細かい設定は、市川が助監督の末永智也に渡した「副読本」に細かく描写されている。

登場人物のバックボーンをきちっと構築して、しかも、演じる人たちにインスパイアされての設定なので、演技の素人である彼らにとってもムリがない。Sかも「こういうことだけ喋って」というアバウトな指示ゆえ、キャメラが回り出して、紡ぎ出される言葉は、それぞれ自身のもの。これは『会社物語 MEMORIES OF YOU』で、クレージーキャッツの面々がジャズ談義をするシーンの手法でもある。末永によれば、撮影前、三十分ほど、そのシーンについてのディスカッションを監督、出演者ともに行い、そのままキャメラを回す、というパターンを繰り返したという。

上野からバスに乗るユキ。車窓の風景は下町から、やがて隅田川となり、駒形橋で、下車をする。台東区である浅草を過ぎて、わざわざ墨田区で下車するには作劇上の理由がある。ユキは駒形橋から、隣の吾妻橋までわずかの距離を歩く。吾妻橋のたもとには、墨田区役所とアサヒビールの本社がある、赤い欄干の橋を渡れば、浅草まではすぐ。そこにヒサシが住んでいるのだ。ユキが墨堤に降りる欄干のそばには、東京大空襲の慰霊碑がある。そのあたり、空間を地理通り再現する、緻密な市川演出である。

やがて、兄妹の再会。秀才の兄は、ホームレスをしながらも、理屈っぽい。たとえ話が一々おかしい。一張羅に着替えて、ユキと共に吾妻橋を渡り、浅草へと向かうヒサシ。ユキがトモ子に電話をかけるのは、オレンジ通り。ヒサシがテレビのインタビューを受ける、そのバックに映るのが浅草公会堂である。デビュー作『BU・SU』で、ヒロインの母が「八百屋お七」を踊ったとされるのが、この浅草公会堂。

三人が再会するのは、通称・煮込み横丁。ディープな浅草の飲み屋街である。東京の下町に抱かれる、関西弁ネイティブの三人の再会。ここが本作の白眉である。衝撃的なラストの後、映画は赤坂見附界隈の雑踏、そして錦糸町駅前の光景で終わる。


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「初めての街で」
作詞 永六輔 作曲 中村八大
歌 西田佐知子



今はジェロさんのヴァージョンで流れている「菊正宗」CMソング「初めての街で」は、昭和50(1975)年からオンエアされています。僕らの子供の頃、コマーシャルの楽曲を「コマソン」と呼んでました。三木鶏郎さんの「僕はアマチュアカメラマン」をその第一作として、民放ラジオの開局、そして民放テレビの時代に、コマーシャル文化は一気に花開きました。



僕が生まれた昭和30年代後半は、まさしくコマーシャルが文化となった時代でもあり、テレビからキャッチーなサウンドで、商品名を連呼するコマソンのヒットが次々と誕生し、僕らは、それを童謡や漫画の主題歌同様、口ずさみました。子供の通過儀礼としてのコマソンが大きくなってきたのがこの時代でもあります。

そうした商品名連呼型から、商品のイメージ、またはCMの雰囲気にあわせたイメージソングとなってくるのが1970年代です。とはいえ、その頃のものも歌詞のなかに商品名はきちんと入っています。味の素の「ほんだし女房」や、この「初めての街で」の原曲となった「やっぱり俺は菊正宗」はなど、1970年代の(もはや消費型のコマソンではなく)CMソングは、「和」のテイストに溢れています。

映画『男はつらいよ』の大ヒットとともに、国鉄の「ディスカバージャパン」キャンペーンもあり、例の加藤和彦さんのCM「モーレツからビューティフルへ」以降、映画、ドラマ、CMは「ふるさと志向」となり、オイルショック前後から本格的に「演歌」というジャンルが撩乱してくることになります。

それはまた別の話となりますが、この「初めての街で」は、「アカシヤの雨がやむとき」の西田佐知子さんのハスキーヴォイスがお茶の間に流れ、ちょっとしたブームとなりました。レコードは未発売だったのですが、メーカーが宣伝用に「やっぱり俺は菊正宗」の宣伝盤を配布、4年後の昭和54(1979)年になってようやく、新録音のレコードが、ポリドールレコードからリリースされることとなります。

http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND83328/index.html

中村八大さんのメロはそのままですが、レコード化に際して永六輔さんの詞で、「やっぱり俺は菊正宗」の部分が「やっぱり俺はひとりじゃない」にリライトされています。このレコード盤のアレンジは井上鑑さん。このサウンドを聴くと「演歌」という感じはしませんが、歌のシチュエーションや受け止められ方は「演歌」的でもあり、それゆえに、CMソングのスタンダードとなったわけです。

一昨年、2007年には菊正宗のラベルが40年ぶりにリニューアルされ、久しぶりに新しいCMが作られ、西田佐知子さんの歌がクレジット付きでオンエアされました。そして菊正宗創業350周年ということで、今年オンエアされているのは、ジェロさんのヴァージョン。こちらのクレジットでは「ジェロ、キクマサを歌う」となっています。

http://www.kikumasamune.co.jp/cm/

(ジェロさんのヴァージョンは、今年の夏にリリースされた「カバーズ2」のボーナスに収録されています。http://music.goo.ne.jp/cd/CDDORID834452-1/index.html)

これもまた「スタンダードナンバー~オトナの歌謡曲~」で歌われる予定です。

https://ticket.kyodotokyo.com/jigyo.do?jigyoBango=9Y27&unitCode=671

日本のポップスを確立した3人の作曲家、
中村八大・いずみたく・浜口庫之助の
名曲を歌い継ぐコンサート。

2009年11月24日(火)新宿文化センター大ホール
開場18:00 開演:18:30

出演:由紀さおり/遊佐未森/今野英明/バンバンバザール/土岐麻子/羊毛とおはな/中山うり/藤澤ノリマサ/中村中/阿部芙蓉美
演奏:鈴木総一朗
総合司会:柿木央久
ようやく、念願ともいうべき、市川準監督のデビュー作『BU・SU』はじめ5作品が初DVD化の運びとなりました。
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ここでは松竹さんから10月28日にリリースされるDVD-BOX「memories of 市川準」のブックレットのために書き下ろした原稿とは別テイクとして、市川作品について、あれこれと綴っていきます。

第四回『東京夜曲』

1997. 6.21『東京夜曲』 
【出演】長塚京三、倍賞美津子、桃井かおり、上川隆也 ほか

作品について

 『つぐみ』(1990年)から、市川準の作風が、少しずつ変化しつつあった。『BU・SU』(1987年)や『会社物語 MEMORIES OF YOU』(1988年)で、見せた短いショット、流麗なカットを鮮やかに編集して、作り上げた映像世界は、次第になりを潜め、マスターショットやクローズアップで、登場人物の心理を正攻法に描写するものへとシフトしてきた。『病院で死ぬということ』(1993年)では、病室をロングでとらえ、ほとんどアップを使わずに、リアルな空間を創出。しかし、それすら「スタイリッシュを狙っただけかもしれない」と、市川は、かつての日本映画が持ち合わせていた、わかりやすく、味わい深い印象を残す演出を心がけるようになる。

 それが、小津安二郎へのオマージュをこめた『東京兄妹』(1995年)であり、古いアパートそのものを主人公ととらえた『トキワ荘の青春』(1996年)だった。いずれも、風景のたたずまい、登場人物の息づかいが、静謐なかたちで表現され、「市川準の世界」が、多くの映画ファンを魅了しつづけていた。

そうした作品を経て、市川が取り組んだ『東京夜曲』は、どちらかというと小津安二郎というよりは、成瀬巳喜男監督が好んで作った、「男と女の腐れ縁」「男女の機微」「妻と恋人の危ういバランス」といった、大人の生々しさを内包した世界だった。古くから活気があったが、今は少し寂しくなりつつある商店街に、ふらりと無頼の主人公が帰ってくる。そこには主人公の妻と、かつての恋人が暮らしている、といったプロットだけ読むと、無頼の主人公=森雅之、妻=田中絹代、かつての恋人=高峰秀子といった、成瀬映画の常連の顔が浮かんでくる。

『トキワ荘の青春』のもう一つの主人公が、古いアパートだったように、上宿商店街もまた、この映画の重要な登場人物として描かれる。山本周五郎の「青べか物語」の舞台となった、千葉県浦安市でロケーション。このあたりは『男はつらいよ 望郷篇』(1970年山田洋次)で、寅さんが働いていた豆腐屋があったあたり、そういえば、商店街の入口には古くからの豆腐屋の看板がある。

画面いっぱいに写される豆腐屋のたたずまい。上宿商店街は、豆腐屋が機能して、住民たちの憩いの場所である、喫茶店もある。碁会所もかねている喫茶大沢を切り盛りしているのが、康一のかつての恋人・大沢たみ(桃井かおり)。
この喫茶大沢に集う人々の何気ない仕草や、会話、それが、観客の記憶のなかにある失われた風景の匂いや音、感覚を再現してくれる。

セットだけでなく、ロケも素晴らしい。康一がかつての仲間たちとビールを飲むのは、銀座七丁目のビアホール・ライオン。昭和初期のアールデコ建築が年輪を感じさせてくれる。

映画はたみ、康一、その妻・久子(倍賞美津子)の危ういバランスを、丁寧な描写を重ね、ゆっくりと展開していく。久子に心を寄せる青年・朝倉定二(上川隆也)の純情も、かつての日本映画を思わせる、美しい感情として描かれている。たみと康一の、焼けぼっくいに火がつくシーンの丁寧な描写。

キャストも市川映画らしさにあふれている。喫茶大沢の向いで、古くからの電気店を営んでいるのが、康一の父(はやし・こば)。『BU・SU』で辰巳さんを好演した、はやし・こば は、植木等の「毎度毎度のおさそいに」などの楽曲を手がけた作曲家。病院で「ヒッパレー~」と「ザ・ヒットパレード」(作曲・宮川泰)を歌うシーンのおかしみは格別のもの。

中古レコード屋の主人にベテランの大泉滉、他にも高原駿雄、花沢徳衛といった日本映画を支えてきたバイプレイヤーたちの晩年の姿が、映画のなかに記録されている。こうした俳優に対するリスペクトということでは、たみの義母に、松竹大船出身のベテラン女優、朝霧鏡子をキャスティングしているのも素晴らしい。朝霧といえば、『女人転心』(1940年)でデビューを果たし、戦後間もなく、シミキンこと清水金一主演のコメディで一世を風靡した女優。

東京夜曲 の風景

●地下鉄東西線
 『BU・SU』で富田靖子が学校をサボって、浦安までたどり着いたのが地下鉄東西線。『東京夜曲』には、旧江戸川に架かっている、地下鉄東西線の浦安鉄橋の風情ある姿と、水面の煌めきが、美しく捉えられている。

●新橋
康一が妹に会うために降り立つのが、JR新橋駅汐留口。新橋から銀座に向かう戦前からの出口。ロングショットでとらえた康一の前を、都営バスが行き交う。その後ろに、当時、開通して間もない「ゆりかもめ」の案内板がある。ホテル(撮影は品川の第一ホテル東京シーフォート)で、妹と再会した後、浜中は銀座通りを歩いて、銀座7丁目のビアホール・ライオンで、仲間たちと飲む。このビアホールは、1934(昭和9)年に建てられた、歴史的な建物。

●音のある風景
♪さびしいといま 唄 高田渡 作詞:石原吉郎 作曲:高田渡



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