人生後半の時を紡いで・・・ -6ページ目

人生後半の時を紡いで・・・

悔いなく楽しんで~

12月に入ってすぐ

右足に体重がかかると

ズキーンと痛みがはしり

普通に歩けなくなりました

 

2日ほど様子を見ましたが

ますます痛むので

病院へ

 

5年ほど前に

腰から足にかけての痛みで受診し

脊柱管狭窄症と診断されましたが

服薬だけで症状は1ヶ月ほどで

ピタリと収まり

皆にそれは狭窄症じゃないとまで

言われていました

 

同じ病院で

今回は腰のMRI・CTを撮り

画像を見ながら医師は

 

マスクでくぐもった声

う~む 

ごによごにょ・・・

 

結果が良く聞き取れず💦

治療法も言われず

ただブロック注射を受け

痛み止めの薬を処方され帰宅

 

注射の効き目が薄れると

元の痛みに戻ってしまい

ネットであれこれ調べると

坐骨神経痛じゃないかと

自己判断

 

これに効くという

整体運動を

アレコレ試しをしていると

 

ほぼほぼ良くなり

 

一週間後に

再診すると

 

こちらの様子を聞くでもなく

看護師さんがいきなり

今日は骨密度測定と採血・採尿をして

お会計ですというのです

 

「前回検査結果を

ちゃんと伺っていませんが」

と言うと

 

医師が

「脊柱管狭窄症です」

 

「痛みの症状がまったく違うのですが

5年前の狭窄症と同じということですか」

 

「5年前の写真がないから判らない」

 

カルテが無いにせよ

患者がまったく違う痛みを訴えているのに

なんでも脊柱管狭窄症にしてしまうのは

乱暴すぎる

 

(夫が腰痛で受診したときも

この医師は

脊柱管狭窄症と診断されている)

 

 

全くもって患者に向き合っていない

もはやこれまでと私は

 

「では今日はこれで失礼します

採血・採尿・骨密度測定も

キャンセルさせて頂きます

 

と言い終えて

受診料だけお支払いをして

帰ってきました

 

 

そんなこんながありまして

先週はお休みしたボウリングですが

 

今日は何とか参加して

3試合してきました

 

え” 成績? 

ひどいもんでした💦

チームメイトの足を

大きくひっぱりましたが

 

しょげてる私に

居てくれるだけで~

などと優しい言葉を

かけて下さるのです

 

まぁ~

病み上がりということで・・・

 

 

 

それにしても

歳を重ねるにしたがって

 

身体の不調にうまく

お付き合いしていかなければ

 

老後は楽しく過ごせませんね~

 

 

 

バァちゃ~ん

 

それそれ

老後は楽しくなくちゃにゃ~

 

 

(^^;)

 

 

 

 

 

緑地のグランドに

大銀杏の樹があるのですが

 

今年行ってみると

枝がおおきく伐採されて

これまでの美しい樹形とは

若干違っていました

 

 

緑地の銀杏の黄葉はいつも遅く

今頃

美しい黄葉と

舞い散る葉っぱに癒されます

 

 

 

この写真は

スマホを逆さまにして

写してみました

銀杏の実がいっぱい落ちています

 

 

 

 

 

 

 

こちらは

緑地のグランドからは

ちょっと離れた場所の

銀杏の林

 

 

黄色の絨毯で覆われています

 

 

冬の足音が聞こえ

気忙しい日々が迫ってきます

 

 

これまで暮れの大仕事に

年賀状作成がありました

 

結婚当初から

昔は私が版画を作り

一枚づつ手刷り

 

転勤族だった夫は

その都度 知己が増え

多いときで300枚近く

 

もう大変

よくやりました

 

それがいつのまにか

PCで図案作成

プリント

 

まぁ

楽になったとはいえ

数百枚からの年賀状作成は

ずっと私の仕事でしたから

 

 

今年の2月に夫は傘寿を迎え

それを機に

年賀状終い

ご挨拶を済ませました

 

 

今年は

本当に楽ちんです

 

ラブラブ

 

 

 

私は常々思うのです

 

感謝ーありがとう

謝罪ーごめんなさい

笑顔ー口角をあげて

 

この3つが人生の潤滑油だと

 

 

我が夫は謝り下手です

 

夫が引くスーパーのカートが

私の足に当たり血が滲んでも

「どうしてそんなところにいるんだ!」

 

ちょっと待って!

痛い思いをしたのは私

ごめん! が先でしょ!

 

 

 

家のドアが急に開いて

私にぶつかった時

「なんでそんなところにいるんだ!」

 

ちょっと違うでしょ!

痛い思いをしたのは私

ごめん! が先でしょ!

 

 

 

昨日はナーダ夏際の5回目の命日でした

 

この時期になると

どうしても思い出してしまうのです

 

夫の妹であるナーダも

ごめんなさい」が

言えない人でした

 

 
カンパネーラクローズの半年前
許しがたい事があり
ナーダに謝罪を求めるも
頑なに拒否
これによって
 
「個人的に貴女との関係を
シャットダウンする」
宣言
 
これにずっと捕らわれていた私は
カンパネーラクローズ後も
距離をおいていた
 
そして
カンパネーラクローズから
10ヶ月後
ナーダ夏際は急逝
 
歳を重ねるにつれて
後悔自責
 
なぜ許すことが出来なかったか
なぜ以前のように優しく接しなかったか
 
今 言わせてもらいます
 
「ごめんなさい」
 
後悔先に立たず・・・