(旧ブログ記事を転写)
はじめまして。
難聴者として語学学習をしていて気づいたこと、書き綴ってみたいなとは思いつつ、現実逃避し、英語学習を数年まともに進められず怠惰に過ごしてきました。
●そのまえに、簡単な自己紹介。
・平成一桁生まれ
・聴力:中等度~高度難聴(約70dB)
・語音明瞭度は恐らく良い方(Googleで日本語は大体認識してくれます)
・1対1の会話は概ね理解できる。
・集団の会話にはついて行けないことが多い。
3歳頃、保育園の先生に「前から呼びかけると反応するけど、後ろから呼んでも反応しない。ひょっとすると・・・」と伝えられてから、聴力検査をして聴覚障害が判明。
以来、補聴器を装用し、施設で発音練習や語彙獲得をしてきました。
これは親の支えあってのことでした。
乳幼児や在学中の話は割愛しますが、数年前に大学を卒業。
内定を貰った会社に入社し、現在に至っています。
自己紹介はこんな感じ。
●今年(平成31年)3月にあることを区切りに、何かしたい・・・
と思った。
会社が課しているTOEIC600という課題を未だに達成できていないことを思い出し、
3月後半から少しずつ英語勉強してきました。
昔から語学には興味あるけど、決して勉強ができる奴ではなく、
興味あることにあれこれ手を出して、中途半端に終わらせることはしょっちゅう。
決めたことを後回しにしてしまったり、興味が長続きせず投げ出してしまったりする性格。
だから、今年3月から英語勉強するにしても
スコア600という中途半端な目標だけで、目的がはっきりしなければ、
同じことの繰り返しじゃないかという焦燥感が生じた。
改めて、英語を勉強する目的を洗い出してみることにした。
●英語を勉強する目的
①情報収集、発信し、自分が考えている社会課題を解決する手段として。
世界人口76億人に対し、日本人口は1.27億人。割合にして1.6%程度。
日本人口は減少していますが、世界人口はあと30年かけ100億人近くまで増加する見込み。
ニュースやTwitter, FacebookといったSNS、映画、研究論文、書籍で言えば、地球上にある情報の総量を考えると、いくら日本が明治以降、先進国として各分野でリードしてきた面があったとしても、日本語が占める割合はせいぜい5%に満たないのでは?
そして、恐らく自分の親が20代の頃と比べて、今は数百倍と言っても過言ではないぐらいの情報が溢れかえっています。その溢れかえる情報の中で、自ら必要な情報を得られるようにする、メディアリテラシーを磨くには日本語、日本手話という言語の範疇、日本国という一国の領土に自分が籠もったままではあまりにも視点、手段として脆弱ではないか。
自分で国連(連合国)人権理事会の報告書を読んだり、海外で日本がどのように報道されているか、どんな話題がトレンドになっているか知り、日本国内の視点と比較することや、日本の良い部分を海外に伝えるために、20億人とその情報に繋がることができる言語を操ることは必須技術に近いと感じた。
②(言語的少数者として?)言語に対する知的好奇心を満たすため。
難聴者は、日本語であっても、音声言語へのアクセスには多岐にわたる障壁がある。
複数人の会話の内容が解せなかったり、1m以上離れたところからの音声案内が分からなかったりといったこと。
それは則ち、社会へのアクセス制限をも意味する。
健聴者がこの難聴者の「障壁」の事例を知ったとして、おそらく、「大変だけど、そこまで深刻なことか・・・?」「でも大体分かるでしょ?」「聞こえているのに聞こえないふりをする人もいる」「自分の知り合いの難聴者はまあまあ聞こえてる」と感じるのではないでしょうか。
他の障害と同様、やはり当事者にならないとその当事者が突き当たっている困難、心情は分からないでしょう。
聴覚障害を持ちながら、大企業で課長職、本部長とか取締役、社長といった経営陣として活躍されている方を一人として存じ上げません。(いらっしゃったらごめんなさい。でももし居たとしたら、健聴者が必要な努力と比肩できない並大抵ならぬ努力の上にあるのでしょう。)
脱線しましたが、そんなわけで、現時点では、英語を流暢に操れるようになったとしても、会議やセミナー、飲み会での会話に自分はついていくことはできないでしょう。
それでも、コトバ(言語)の手段が多くて損することは無い。制限を受けながらも言語にアクセスできれば、意思疎通の楽しみを感じ取ることができる。(少なくとも自分は)
他の言語言語を学ぶことは自分の母語と母語の上に醸成された感性、思考回路をより客観視することをも意味する。
ex)・日本手話や英語の代名詞は日本語のそれより性別を強く意識した表現になる。
・日本語は音節やモーラで区切って話すと難聴者としても分かりやすいが、英語の場合は同様の方法が通用しない。モーラで区切れず、一単語でも音節ごとの声調の変化が大きい。声調を間違えれば、理解されなかったり、全く別の意味に捉えられることがある。
異文化と向き合うことともいえるかもしれない。
要するに、趣味ってことかもです←
③国際交流
時を経て、紆余曲折あり、多少特性も出てきたとはいえ、数百年前にアフリカを起源としてきた「遠い親戚」だね?
仲良くやっていこうぜ!的なヒトに対する親近感。
という感じで今、「目的」を初めて文字化・整理しました。
それに対して立てた、通過点としての 「目標」 は
今年中(平成31年度中)にTOEIC600突破(H31.3 時点)
※会社にはリーディングスコアの2倍で考慮する措置を講じて貰っています。
●ブログの構成
勉強法とか考えたことを体系化してから書くことも考えたのですが、それだといつまでたっても書けないかなと感じたのと、「ブログやノートは”当時何を考えていたか””こんな気持ちだったのか”と振り返りをさせてくれる良いツール」という後輩のアドバイスが心に強く残ったので、時に時系列が前後して、思い出話が入ったり、勉強法の各論が入るかもしれないんですが自然体につらつらと書くことにしました。(自己満足)
初回からして飛ばしすぎたかもしれないんですが、まずは気持ちに任せて書いてみました。
次回以降、日をおいて少しずつ経過(自分の実践している勉強法、スコアの推移とか)を記していきたいなと思います。
(記事は推敲しながら書いてるつもりですが、後から修正するかも。)
では。