【速報】アメリカとイスラエルがイランに攻撃 イランも報復攻撃か トランプ氏「イランは核開発の野心を放棄する機会を拒否」イラン現政権の転覆図る意図鮮明に

イスラエルとアメリカがイランに対して攻撃を行ったと表明しました。イランも反撃を始めた模様で、今後、情勢のさらなる激化が懸念されます。ワシントン支局から中継です。 
 
トランプ大統領は今から1時間少々前の現地時間28日午前2時過ぎにSNSに動画を投稿し、アメリカ軍がイランへの攻撃を始めたと明らかにしました。 アメリカ トランプ大統領 「つい先ほど、アメリカ軍はイランで大規模な軍事作戦を開始した。核開発の野心を放棄するあらゆる機会を拒否した。
 
我々は容認できない」 トランプ大統領は「我々の目的は、イランの政権による差し迫った脅威を排除することによりアメリカ国民を守ることだ」と表明。「イランは核開発の野心を放棄するあらゆる機会を拒否した。我々は容認できない」と強調しました 
 
また、イラン革命防衛隊に対し、「武器を捨てれば完全な免責を保証する。さもなければ確実に死を迎えることになる」と述べ、武装解除を要求しました。 トランプ氏はイラン国民に対しては「自由の時が近づいています。避難して、家から出ないでください。我々が攻撃を終えたら、皆さんが政府を引き継いでください」とも呼びかけています。 
 
トランプ大統領はイランの現政権の転覆を図る意図を鮮明にして攻撃に乗り出した格好です。 イランによる報復攻撃は必至とみられ、アメリカメディアは深夜3時半を過ぎた今も速報で状況を伝えています。
 

 

 

 

 

 

 

アメリカ中央軍がイラン攻撃で「米軍側に死傷者なし」と発表 初の「低コストの自爆型ドローン」による攻撃も実施

アメリカ中央軍は、イランに対するイスラエルとの共同作戦で、これまでにアメリカ軍に死傷者は出ていないと発表しました。

 

中東地域を管轄するアメリカ中央軍は、イランへの攻撃開始後、声明で「アメリカ軍と同盟軍は(アメリカ東部時間)2月28日午前1時15分から(日本時間2月28日午後3時15分から)イラン政権の治安機構を解体するため、複数の標的への攻撃を開始した」と発表しました。

 

「エピック・フューリー=壮絶な怒り」と名付けられた作戦の攻撃は、イラン革命防衛隊の指揮統制施設や防空施設、ミサイルやドローンの発射基地に加え、軍用飛行場を対象にし、今回初めて「低コストの自爆型ドローンによる攻撃を行った」としています。

 

また、作戦ではイランからの数百発のミサイルやドローン攻撃を成功裏に防御したとしていて、「アメリカ側の死傷者や戦闘による負傷者は報告されておらず、施設への被害は最小限で作戦に影響はなかった」と成果を強調しています。

 

 

 

 

 

 

米国防総省での歓迎式典に出席するヘグセス国防長官=2026年1月15日

 

米、イラン攻撃は「致命的で精密」エピック・フューリー作戦と命名

ヘグセス米国防長官は2月28日、X(ツイッター)への投稿で、イランへの攻撃について「史上最も致命的で、最も複雑、そして最も精密な航空作戦」と評した。そのうえで、攻撃によってイランのミサイルやミサイル生産能力、海軍が「破壊される」と説明した。米国防総省は、今回の作戦名を「エピック・フューリー(壮絶な怒り)作戦」と名付けた。

 

 米中央軍によると、攻撃は米東部時間28日午前1時15分に始めた。「イランの政権の治安機関を解体するため、差し迫った脅威となる場所を優先した」と説明。具体的には、イランの精鋭軍事組織・革命防衛隊の指揮統制施設やイランの防空能力システム、ミサイルや無人航空機(ドローン)の発射基地、軍用飛行場などを標的にしたという。

 

 ヘグセス氏は攻撃について「イランの政権にはチャンスがあったにもかかわらず、(イランの核開発を巡る協議での)合意を拒否した。その結果、今その代償を払っている」などと主張した。

 

 

 

殺害されたイラン最高指導者ハメネイ師 その生涯と権力の軌跡

イランの最高指導者アリー・ハメネイ師が、イスラエルと米国によるイランへの空爆によって殺害された。核開発をめぐる攻防、反米路線の堅持、そして国内の弾圧──その生涯を振り返る。

 

イスラム教シーア派の聖職者であり、イランのイスラム革命で裏方として役割を果たし、1980年代に2期にわたって大統領を務め、最高指導者として30年以上もイランを支配したアリー・ハメネイ師。彼はイスラエルと米国がイランに共同攻撃を開始した2月28日に死亡した。86歳だった。

 

 ドナルド・トランプ米大統領はSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿でハメネイ師の死を発表し、同師を「歴史上最も邪悪な人物のひとり」と呼んだ。イスラエルの当局者4人によれば、ハメネイ師はテヘランの彼の施設へのイスラエル軍の空爆で殺害された。 この空爆は、イランの核開発計画と軍事力を壊滅させ、体制転換を促すことを目的とした共同攻撃の序盤に実施された。施設の上空には黒煙が立ちのぼったが、攻撃の時点でハメネイ師がその場にいたかどうかは確認できていない。

 

空爆はハメネイ師を含む軍と政府の指導者を標的としていたと、イスラエルの情報筋は語っている。 トランプは作戦終了後にイラン国民に向けて「自分たちの政府を掌握せよ」と公に呼びかけた。トランプはそれ以前にも、12月に深刻な経済危機をきっかけに大規模な反体制デモが勃発した際、イラン国民に蜂起を促し、米国の支援を約束していた。 

 

デモはイランの根深い神権体制そのものに対する大規模な抗議へと拡大し、かつてはタブーとされていた「ハメネイに死を!」というシュプレヒコールが全国各地のデモ行進で聞かれるようになった。 治安部隊は血みどろの弾圧に乗り出し、6800人を超えるデモ参加者を殺害し、数万人を拘束。ハメネイ師はこの惨事の責任をトランプに転嫁し、米軍による支援を約束してデモ参加者を「公然と煽った」「犯罪者」だと非難した。

 

核合意とその崩壊

イスラム革命の精神的指導者であり、米国の支援を受けた王制に対する革命を鼓舞した禁欲的聖職者ルーホッラー・ホメイニの初期の信奉者として、ハメネイ師は米国とイスラエルに断固として反対し、西洋の「リベラリズム」を拒絶し、原理主義的な社会政策を厳格に貫いた。

 

 1989年にホメイニの後継者としてイランの最高指導者に就任して以来、ハメネイ師はイスラム共和国における最終的な政治的・宗教的権威を握った。選挙で選ばれた大統領よりも上位に立ち、軍、治安機関、司法、国営メディア、外交政策を統括してきた。 

 

2015年7月、米国を含む6つの世界大国との間で結ばれた画期的な核合意──イランの核開発計画を制限する代わりに壊滅的な経済制裁を緩和する──についても、ハメネイ師が最終的な決定権を持っていた。米国の意図を深く不信に思い、同じ強硬派からの懸念にもかかわらず、最終的に合意を支持し、2016年1月に正式に実施された。 

 

しかし、トランプが1期目の2018年に米国を合意から離脱させ、厳しい制裁を再度課したことで、ハメネイ師はそれを悔いているように見えた(報復として、イランは核合意のいくつかの条項──とりわけ濃縮ウランの量と質に関する制限──を無視しはじめたが、核兵器を取得しないという約束自体は撤回しなかった)。 

 

ハメネイ師がとくに激怒する出来事は、2020年1月に起きた。 トランプの命令によるイラクでの米軍無人機攻撃でイランの最高司令官ガーセム・ソレイマニが殺害されたのだ。この殺害を「卑怯な行為」と呼び、トランプを「道化師」と非難し、新たな交渉を呼びかけるトランプの要求を拒否した。交渉の呼びかけはトランプの再選を後押しするためだけのものだとした。

 

 トランプが2020年の大統領選で敗北した後、ハメネイ師は、トランプの根拠のない不正選挙の主張によって混乱した状況が、米国における「リベラル・デモクラシーの醜い顔」を示しており、同国の「明白な政治的、市民的、道徳的な衰退」を明確にしたと述べた。

 

 2022年9月、イスラムの「道徳警察」に服装規定違反で逮捕された若い女性が拘束中に死亡したことをきっかけに、イラン全土で広範な抗議活動が起きた際、ハメネイ師は公に米国とイスラエルの仕業だと非難し、致命的な弾圧を支持した。「暴動」の背後にある「外国の手」がなぜ見えないのかと不思議がった。

 

穏健派か強硬派か

もじゃもじゃの白い髭と穏やかな笑顔を持つハメネイ師は常にしかめ面だったが、はるかに崇拝されていた師ホメイニに比べ、より親しみやすい印象を人前で与えた。ペルシア文学や西洋の古典小説──とりわけヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』──を好んでいたことでも知られる。 

 

しかし、妥協を知らないホメイニと同様、国内での政治的・社会的改革を推進しようとする穏健派の取り組みや、米国との関係改善に反対した。 ハメネイ師が最高指導者になる前に彼を知っていた一部のイラン人は、彼を「隠れ穏健派」と評したと、カーネギー国際平和基金のイラン研究の第一人者カリム・サジャドプールは2008年の研究で記している。 

 

だが、額面通りに受け止める人々もいたとサジャドプールは述べる。すなわち、「深く信心深く、イデオロギー的に硬直し、反米的な聖職者であり、その政治観は1979年の革命の反帝国主義的な高揚のなかで止まっている」人物だと。 最高指導者としての統治が20年を超えた頃、イランはますます抑圧的になった。

 

とくに治安部隊が、2009年のマフムード・アフマディネジャド大統領の再選をめぐる争議に対するデモを鎮圧した後は顕著だった。 「公平で寛大な指導者」というハメネイ師のイメージは崩壊し、「狭量で党派的な独裁者」の姿が露わになったとサジャドプールは書いている。イスラム聖職者よりも、はるかに情報機関や治安機関、軍事機構に依存する人物の姿だ。 

 

ハメネイ師が最初に注目を浴びたのは、1979年11月にテヘランの米大使館を占拠し、52人の米国人を14ヵ月以上にわたって人質にとった過激派の強力な支持者としてだった。1981年の暗殺未遂事件で重傷を負ったが、その4ヵ月足らず後におこなわれた選挙でイランの大統領として最初の当選を果たし、この職に就いた初の聖職者となった。

 

 ハメネイ師は原子力エネルギーを推進する一方、イランは核兵器を追求しないと主張し、核兵器はイスラム教によって禁じられていると宣言した。しかし、科学的能力と独立、国家の誇りの象徴とみなしていたウラン濃縮計画の放棄は断固として拒否した。 2015年7月の核合意により、イランはウラン濃縮を継続することが認められたが、大幅に縮小された水準でのことだった。

 

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トランプは26年1月3日のベネズエラ マドゥロ大統領を拘束。

 

今回は2月28日 イラン ハメネイ師 殺害・・・

 

一国の政府要人が簡単に迎撃も出来ず暗殺されてしまうのか・・・

 

トランプの独裁者に対して米国軍事能力のレベルを海外に知らしめるデモンストレーションが続いてます。

 

イランの報復も中東多地域に及んでいてホルムズ海峡閉鎖でれてガソリン値上げ?

 

 

 

 

 

 

 

やっとコイツが落選して消えてスッキリしたのに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

またゾンビの様に湧き出てきたヤベ-やつ・・・

 

この党はヤベ-人材は豊富ですな。

 

こんなんばかり・・・税金の無駄使い。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は小牧基地で小牧航空祭でブル-インパルスが模擬飛行してましたので歩道橋で皆さん撮影しています。

 

来年の年末にはさいたま市へ帰るのでそろそろ部屋の中の不用品を断捨離してきました。

 

 

 

 

 

 

 

バロ-で買い物・・・

 

改装中(3/19~4/3)は閉店するそうです。

 

 

 

 

 

 

 

となりのN-VAN。

 

ル-フ高くて良いですね。

 

ひと回り大きく見えます。

 

 

 

 

 

N-VANのタ-ボ車ってあるんですかね。

 

 

 

 

 

 

 

帰宅してからクレスト装着します。

 

 

 

 

 

 

 

 

クレスト止めている安っぽいブリキのネジ?をWD-40で防錆します。

 

 

 

 

 

 

 

樹脂?の黒いベースをアーマオ-ル浸したキッチンペ-パ-で包んでおいたので少し柔らかくなった気がします。

 

 

 

 

 

 

 

でもそのせいでベースをクレストに嵌めるのが非常に困難になりました。

 

上の1つの角を嵌めて下を嵌める・・・でもズレます。

 

下を嵌めてから上部の左右を嵌める方がうまく出来ました。

 

これで5~6分右往左往してました。

 

 

 

 

 

 

なんとか装着しました。

 

うちの928は1988年製なので38年前の車両のヤレ具合とレベルを合わせたクレストとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

花粉がひどいです。

 

今朝Nボのウィンドウが黄色く粉ふいてました。

 

日がだいぶのびました。

 

 

 

 

 

いや~気持ち良いです。

 

 

 

 

 

 

昔、大阪時代 京都のグランマ-ブル店舗でエンジン止めて車内で待っていたとき、後ろから来たカップルが車種がわからなかったみたいで前まで回ってきてじっとクレスト見て「ポルシェなんだ・・・」って言って通り過ぎていきました。

 

私が車内にいるのを気がつかず・・・

 

リヤバンパ-カバ-には書いてあるんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

また違う会社の厚揚げ買ってみました。

 

 

 

 

 

 

 

焦げ目がついたので・・・

 

 

 

 

 

 

溶けるチ-ズをのせて・・・

 

 

 

 

 

 

火を消して余熱で溶けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

硬めの厚揚げで美味し!

 

 

 

 

 

 

 

明日はテレワ-クです。

 

お疲れ様でした。