日記五十三日目~縁はやおら形を成してゆく~



皆様こんばんは。

ティカ滞在初日です。

今現在、松下さんの家にて日記を書いております。





縁って本当に不思議なものですよね。



今日ついに念願のティカに訪れることができて、Moyo Children Centerを訪れることができて、感慨深い気持ちになりました。





思えば始まりは、河合塾でのエンリッチ講座。



「浪人生に、開発系のインターンシップを経験してきた大学生の話を聞いて欲しい」



アイセックに入ってそんなことを考えた俺は、人生で一度も書いたことがなかった企画書を一人で書き上げ、単身母校である河合塾に乗り込み、チューターに直接交渉しました。



俺が今日日記で書きたいことは河合塾のエンリッチ講座に関してではないので、その後に関しては割愛しますが、結局開催させていただくことになったんですね。

(河合塾のエンリッチ講座パンフレット見ると俺が載ってます←)




そこで偶然耳にしたのが、何を隠そうケニアのティカで活動なさっている松下さんのお話。



ケニアで単身「Moyo Children Center」というNGOを立ち上げ、「チョコラ」と呼ばれるストリートチルドレンを支援している。

それが映画に取り上げられ、「チョコラ」として全国で放送されたことがあったそうな。



その方が以前、河合塾のエンリッチ講座で講演をしたのだそうです。



そんな話を担当の方からお聞きし、丁度その時海外インターンシップの行き先をどの国にしようか迷っていた時期だったので、「ここに行ってみたい!!映画に出ている子供達に会って見たい!!」と思ったのが全ての始まり。



ケニアでのインターンシップを終えた後に、ここに訪問しちゃえばいいんじゃん!ってわけですね。


そういったわけで、俺は今ケニアの大地にいるんです。




早速担当の方に取り次いでもらって松下さんの連絡先を入手し、連絡させていただいたのが2009年の11月16日。もう1年半近く前の話です。



間に1年のブランクはあったものの、ついにこうして今、ずっと訪れたいと思っていたティカに来ることができたのです。





ナイロビからティカへの1時間30分近くの長い道のりの間、マタツの中で揺られながら考えていたことが、「なんだかんだいって今までの自分の人生が一本の道を通ってきている」ということ。




縁って本当に不思議なもので、なるべくしてなったように自ずと形を成していくんです。自分が今まで歩んできた道のりを今振り返ってみると、確実にそうなんです。




思えばアイセックに入ったのも、昨日の日記に記したように浪人の頃に開発問題に興味を抱いたからで、河合塾のエンリッチ講座を開いたのも、自分が浪人の時期に本当に貴重な経験をすることができたから。



浪人の経験がなければ今の自分は絶対にないと言っても過言ではなく、そんなかけがえの無い自分の経験と現在のアイセックの活動をリンクさせることはできないかと考えた結果実施できたのが河合塾でのエンリッチ講座だったわけなんですね。



その活動がきっかけで松下さんのことを知ることができて、1年の時を経て今現在、俺はケニアのティカに滞在しているというわけなんです。






自分の性質として、「将来ああなりたい」とか、「こういう道を進みたい」とか、細かく決めるのが嫌いなんです。



なんか道が狭まってしまうような気がして、それに今現在で考えることができる範囲が情報量が少なすぎて狭すぎるので、こういう考え方って自分にとって、酷く窮屈な感じがするんです。



だから自分は今まで「偶然に飛びつく」という生き方をとっていて、「これは何かの縁だな」って自分が感じたときに、それを自分の歩む道に決めるようにしているんです。



インターンシップをどこの国にしようか迷っている時に松下さんのことを知ることができたのも何かの縁だと思ったからです。



そして、ケニアのインターンシップを経験して、今度はケニアのNPO、「Green Africa Foundation」と縁あって繋がることになりました。


何回も書いていますが、帰国後は日本学生支部を立ち上げる予定です。




つまり、

浪人→早稲田→アイセック→ケニア→Green Africa Foundation

って、今までの自分の軌跡が一本の道で繋がっているんです。



それぞれに共通して見出せる特徴ってないかもしれませんが、今現在の自分の到達地点って、辿るべくして辿ってきた道のような気がしてならないんですね。



一体、この道を辿ってきたことが将来どういった意味を持つことになるのでしょうかね。




勿論自分の興味関心のある事項として「紛争問題、平和構築」というのが揺ぎ無いものであるので、常にそれは念頭に置いて方向性を失わずに、これからも活動していくつもりです。

日記五十二日目~「誰かに必要とされる」ということ~



皆様こんばんは。

8週間目が始まりました。Last weekです。




なんとなく、今日は何で俺がこういう道に進むことを選んだか、振り返りの意味も込めて記したいと思います。



先日の日本食会でも少し話題に上がったのですが、人って誰かに必要とされたとき、本当に強くなることができると思うんです。



俺に関しても同じことが言えて、もともと将来なんでこういう道に進もうと思ったかって、「自分のアイデンティティー確立のため」なんですよね。




浪人の時期って物凄く色々悩む時期で、俺にとって浪人は自分が早稲田を目指している意味、自分が浪人している意味、自分が勉強している意味、自分が生きている意味、それら全てに向き合う時間だったんです。



そんな中で何も答えを見出すことができず、自分の存在意義を見出せなくて途方に暮れていたとき、ふと時事問題対策で読んでいた新聞の記事が目に入ったんです。




「バイオマスエタノールによりトウモロコシの値段が高騰し、主食としているアフリカの人々が苦しんでいる」




そんな記事を目にし、そして切々と状況を訴えてくる写真を目にし、かたや河合塾の小奇麗な広いスペースで悠々とコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる俺。




そのときふと思ったのが、「この差って何なんだろう」ってこと。




ただ偶然日本という国に生まれることができたから、自分は世界的に見ても物凄く恵まれた暮らしをすることができる。



方や彼らは、アフリカの国に生まれてしまったことによって、生まれながらにして極限状態にいる。



「極限状態」とは、生まれながらにして死や暴力、貧困や犯罪などと隣合わせて、自分の力ではもがいても抜け出すことができない状況のことを言います。




60億分の1。



日本人に生まれるって、宝くじに当たるようなもんですよね。




なのにこの差は一体なんなんだろう。



彼らは何故ああいった暮らしをしなければならく、何故自分はこうやって一年間何もせず勉強することができるのだろう。



そんなことを考えてた時にふと思ったのが、「それなら今そしてこれから身に付ける知識であったりスキルを、この人達のために使えばいいんじゃないか」ってこと。




言うなれば、自信の存在意義のアウトソーシングですよね。




自分で自分の生きる意義を見出せないなら、他人にかこつけちゃおうってことです。






実は、俺って人に喜ばれることが凄く好きな人なんです。


人を笑わせるのが好きっていうか、人を喜ばせたいというか。




自分がやったことが他人のためになるなら、こんなに嬉しいことないんじゃない。



そしてそれが自身のアイデンティティーとなるなら、一石二鳥で良いんじゃない。




そんな感じで、俺の人生は始まったわけです。




だから今俺は早稲田にいるし、アイセックに入っているし、ケニアにいる。





「将来何やりたいの?」って言われて、「途上国の人達のために働きたいと思っています」っていうと、決まって「凄いね~いいことだね~」って返事が返ってくる。




でも俺にとってはそれは別に良いことでもなんでもなくて、俺が好きだからやりたいと思うだけであって、それが良いことだからやっているなんて意識は全くないんです。



カントさんから言わせれば、恐らく俺の行為は全く不純なものとされるんでしょうね。w



だから、別に世界中の人が各々のやりたいと思う仕事を見つけて社会が回っているように、偶然俺がやりたいと思った仕事がそういったものだった、ってだけなんです。




誰かのためにっていうか、それがなくなると自分の存在意義がなくなるから。

もはやなくてはならないんですね。

これがなくなると自分が生きてる意味がなくなる。




もしかしたら、「コイツなんでケニアに行ってまでそんなことしたいんだ?」って不思議に思う人もいるかもしれません。




実は俺、そんなことを考えて日々生きているんです。




人に必要とされるって、本当に生きている実感を味わうことができて、本当に充実した気分を味わうことができるんです。


そしてその人のために何かを成し遂げることができて喜ばせることができたとき、喜びは何倍にもなるんです。




普段の俺の態度からは全くそんなこと考えているなんて予想すらできないかもしれませんが、実はそんなことを考えて日々生きているんです。笑







と、ティカ出発を控え日記のネタに困っていたので、自身のことについて記した日記でした。w




俺のブログ最近閲覧数が落ちてきているんだけど、今日の日記を読んでくれた人は恐らく俺のパーソナリティー、俺の人生の核を知ることができたと思います。




やったね!←

日記五十一日目~研修に行くということ~



皆様こんばんは。

7つ目の週末が終わりを迎えようとしています。

そして最後の週末に向けた週が始まろうとしています。




今日の日記は正直何を書こうか考えが纏まっていないまま着手したので、題名と途中の構成がめちゃくちゃになっている気が否めません。笑



ですが自分の思考の整理のためにはなるので、皆さん読みづらくて大変申し訳ないですがお付き合い下さい。笑








この研修を通して何を感じたか。何を学んだか。何の意味があったか。



研修先に何か残すことはできたのだろうか。



そもそも俺は何故海外インターンシップという選択肢を選んだのだろうか。



研修を終え、最近良くこんなことを考えています。




物凄く貴重な経験をすることができたといっても、結局はその場その場で振り返らないと意味ないし、自分の中にきちんと残すことができません。




「考えている」と「考えていない」とでは雲泥の差であると思うので、研修を終えてティカへの移動を控え、時間が余っている今、なるだけそんなことを考えるようにしています。




さて、それでは俺の所属するアイセックって、どれだけ可能性を秘めた団体なんでしょうか。



平和で人々の可能性が最大限発揮された社会を目指して、海外インターンシップの参加・運営機会を通してグローバルリーダーの輩出を目指している世界最大の学生団体。



聞こえは凄く仰々しくてなんとなくでっかいことをやっているような団体の気がしますが。





そもそもグローバルリーダーって何でしょうかね。



これは1年の頃から考えさせられてきたことなんですけどね。




研修で沢山のNGOを訪問して、沢山の外人に会って、改めてそのことを考えるようになりました。




俺は「学生だから柔軟な思考ができる」とか、「学生故の可能性」みたいな漠然とした学生至上主義が嫌いで、そういった姿勢には常に疑問を持ち続けています。



それが「現地にインパクトを与える」という僭越で独り善がりな風潮に繋がっているとも思っているし、何より身のほどを知ることの妨げになっているような気がする。




でもそれって、もし全世界中のアイセックのメンバーが研修を経験すれば、それが絶対に変わるであろうと思うんですね。



研修を経験してそんなことを考えるようになった。





自分で食べたことのないリンゴを売ることに対する猜疑心。



それは研修に行く前常に自分が抱きつづけていた感情であり、俺を研修へと突き動かした考えでもあります。




研修って自分の無力さは勿論、自分の可能性、海外の学生のポテンシャルの高さ、日本という国の可能性、自分の将来、世界で活躍する人財達、異国の人間との関わり、アイセックが提供するインターンシップの価値等、本当に多くのことを学べる機会だと思うんです。




これを経験してから見えてくるものって、また一味違ったものだと思うし、これを経験せずに過ごしてきたメンバーとは絶対的に一線を画してるものがあると思うんです。




自分の先輩で、メンバーEPを増やすために日本中を駆け回り、日本中のアイセックメンバーに影響を与えた方がいらっしゃるのですが、その方が何故そこまで研修にこだわるのか、その意味がなんとなくわかったような気がします。



独善的な研修運営はメンバーが研修を実際に経験することによって変わってくるものであると思います。



しかし現実問題、全てのアイセックメンバーが研修を経験するというのは今のところ不可能です。




ですが将来的に、アイセックジャパンが、アイセックが、世界でイニシアチブを取ってグローバルリーダーを輩出するような団体であるためには、メンバー全員が研修を経験するべきだと思うんです。




研修を通して、こんなことを思うようになりました。