瞳をとじて | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

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ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。


瞳をとじて


2023年作品/スペイン/169分

監督 ビクトル・エリセ

出演 マノロ・ソロ、ホセ・コロナド


  • 2024年2月10日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷のシアター2で、14時50分の回を観賞しました。
  • 2024年2月11日(日)、アップリンク吉祥寺のシアター2で、9時50分の回を観賞しました。


映画『別れのまなざし』の撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが失踪した。当時、警察は近くの崖に靴が揃えられていたことから投身自殺だと断定するも、結局遺体は上がってこなかった。それから22年、元映画監督でありフリオの親友でもあったミゲルはかつての人気俳優失踪事件の謎を追うTV番組から証言者として出演依頼を受ける。取材協力するミゲルだったが次第にフリオと過ごした青春時代を、そして自らの半生を追想していく。そして番組終了後、一通の思わぬ情報が寄せられた(以上、公式サイトからの引用)、という物語です。


「ミツバチのささやき(73)」「エル・スール(82)」「マルメロの陽光(92)」のビクトル・エリセ監督の31年ぶりの新作。昨年、〝午前10時の映画祭〟で、35年以上ぶりに「ミツバチのささやき」を観ることができ、その詩情に酔いしれました。今という時代にそのエリセ監督がどんな作品を見せてくれるのでしょう。


劇中映画を使ったドラマで、映画と人生または記憶について描く

2日続けて観賞。どちらの映画館も混んでました。年齢的には私よりも若い世代で、お一人様が多かった印象。「ミツバチ〜」や「エル・スール」を初公開時に観ているのは私の年齢が下限だと思いますので、リバイバルやレンタルで過去作に触れてか、メディアの評価が行き渡っているのかもしれませんね。

さて、この映画の冒頭では、「別れのまなざし」という映画のワンシーンが丸々描かれます。何も知らずに観ているとドラマの本筋が既にスタートしているように錯覚してしまうのですが、これはあくまでも劇中映画なのです。本当のドラマはこの映画がフェードアウトした後、22年後からスタートします。

実は「別れのまなざし」に出演していたフリオという俳優が撮影中に失踪、警察に自殺と判定されてしまいます。しかし友人であり監督だったミゲルは、22年経った今もそれを受け入れられないまま生きているのです。そして、そんな彼に「未解決事件」というテレビ番組から取材依頼があり、彼はこれを引き受けることに。

▼ミゲル役のマノロ・ソロさんの顔皺がいいです


一人ひとりが映画の中で本当に人生を生きていることを実感させる

ミゲルはその後、番組の女性プロデューサーのマルタ、映画監督時代を共にした編集担当者マックス、フリオの娘であるアナ、かつての恋人ロラとの再会を果たしながらフリオの真実に迫っていきます。果たしてフリオは本当に自殺したのか?このあたりはミステリーであると同時に、ミゲルの自分探しの旅のようです。

年老いたミゲルの当てのない旅路。これがフェードイン/フェードアウトのうちに、一つ一つ誠に丁寧に描かれていきます。一見、ドラマの本筋とは何の関係も無さそうで無駄に思えてしまうような膨大な会話ですが、歳を重ねた人物の表情や言葉の端々に、これまで生きてきた人生の重みを感じずにはいられないのです。

作為的にドラマを盛り上げることもなく、とにかく自然体ありき。そして感情を揺さぶるような大袈裟な音楽もありません。なのに、浜辺の小屋でミゲルがギター一本で仲間たちと歌う「ライフルと愛馬」に涙してしまうのです。この映画では、登場人物が映画のなかで人生を本当に生きていることを実感させてくれます。

なるほどこれであれば3時間近い長さになるのも納得です。人物の一人一人にカメラはしっかりと寄り添い、クローズアップの切り返しでもって会話がフォローされていきます。彼ら彼女らは、時に観客に目線を向けて語りかけてくるようで、知らずのうちに吸い込まれるかのように耳を澄ませ没入しておりました。

▼フリオの娘をアナ・トレントさんが演じています


瞳をとじると映画という精霊が起こす奇跡の力を信じさせてくれる

テレビ番組放送後、ミゲルは視聴者からフリオが生きているという情報を得て彼に会いに行くことに。そこで思わぬことを知るのですが、ここから先はこれから映画をご覧になる方のために書けません。フリオだけでなく、ミゲルにも過去があるのですね。そして親友という二人の間には何があったのでしょう。

ここでエリセ監督は、映画という精霊だけが起こすことのできる奇跡の力を描いてくれます。「ミツバチ〜」では映画「フランケンシュタイン」の巡回上映が印象的に描かれていましたが、本作でもその延長にあるような場面が出てきます。本作のラストではある目的のために「別れのまなざし」の後半が上映されるのです。

私は映画を観ると、その作品の記憶と同時によく当時のアレコレを思い出します。家族のこと、友人のことなどなど。映画を観る時は、ドラマや人物に自分自身の人生を投影しながら観ることになるからでしょうか。〝映画と人生、あるいは記憶〟、そのことについて本作は語りかけてくるようでもありました。

▼いくつものハッとする映像に息を飲みました


エリセ監督の過去作を観ていると、現代を舞台にした本作はちょっと違和感を覚えるかもしれないです。テレビや携帯電話は今という時代ならでは。アナ・トレントの配役、そして〝ソイ、アナ(わたしはアナ)〟のセリフが示すように、過去を意識しながらしっかりと今を捉えているところに私は好感を持ちました。


小箱のなかの小物ひとつに人生を感じ(三段壁ホテル⁈)、ロープの結び方や歌に一瞬のうちに過去を見せ、飼い犬の登場でユーモアを醸し出し、とにかく一つ一つのシーンのクオリティが高いです。そして印象に残る激しい雨は偶然の産物なのでしょうか。俳優の皆さんも素晴らしい。ミゲル役の方はスペインの役所広司さんのようでもあります。


2時間50分という長さですがぜひご覧になって、最後の〝音〟に耳を澄ませ、それぞれに何かを感じ取って欲しい映画です。


トシのオススメ度: 5

5 必見です!!
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3 良かったです
2 アレレ? もう一つです
1 私はお薦めしません