モーリタニアン 黒塗りの記録 | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

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ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。

モーリタニアン 黒塗りの記録


2021年作品/イギリス/129分

監督 ケビン・マクドナルド

出演 ジョディ・フォスター、タハール・ラヒム


2021年11月3日(水)、TOHOシネマズ府中のスクリーン4で、8時20分の回を鑑賞しました。


弁護士のナンシー・ホランダーとテリー・ダンカンは、モーリタニア人青年モハメドゥの弁護を引き受ける。アメリカ同時多発テロに関与した疑いで逮捕された彼は、裁判すら受けられないまま、拷問と虐待が横行するキューバのグアンタナモ米軍基地で地獄の日々を送っていた。真相を明らかにするべく調査に乗り出すナンシーたちだったが、正義を追求していくうちに、恐るべき陰謀によって隠された真実が浮かび上がる(以上、映画.comより引用)、という物語です。


911アメリカ同時多発テロの首謀者の一人としてキューバのグアンタナモ米軍基地に収容されていたモハメドゥ・オールド・サラヒが書いた手記に基づく実話の映画化。この書籍が検閲で黒い墨入りだらけの状態にも関わらず(むしろ、だからでしょうか?)、米国でベストセラーになり、世界20ヵ国て発刊されたらしいです。映画はその痛ましい背景を描きます。映画としても面白く出来ており、多くの方にご覧いただきたい作品です。


人間の尊厳を不当に踏み躙る国家権力


まずはモーリタニアってどこの国なんだ、というところからなのですが、正式にはモーリタニア・イスラム共和国というのですね。アフリカ大陸の北西部にあり、西は大西洋に面しています。この国の出身のモハメドゥ・オールド・サラヒが地元警察に連行され、母親と引き離されるシーンから映画は始まります。その際に携帯電話の履歴を消去するなど不審な行動を取るので、このあたりが後々ややこしい話になってきます。

自国ではエリートだった思われる彼は、過去ドイツ留学中に国際テロ組織アルカイダのメンバーを自宅に泊めてしまい、その男を通じて嘘の情報を流されてしまうなど、自身が良かれと考えて取った行為がアダになってしまった感があります。結果、アルカイダとの関係を米国政府疑われて、2002年から2016年10月に釈放されるまで、キューバにある米軍のグアンタナモ湾収容所に14年間もの間、裁判もされずに拘禁されます。

そして収容所で非人道的な扱いを受け、酷い拷問により自白を強要され続けるモハメドゥの日々。国のリーダーが権力にものを言わせて、とにかく911テロの首謀者と思われる人物を片っ端から捕らえ勾留することで、正義を振りかざして世論を味方に付け、一方で都合の悪い事実は隠蔽してしまうというやり方に寒気がします。この事実は既に明るみになっているわけですが、他国の話とせず自国に当てはめよく考える必要があります。


▼久しぶりにみたジョディ・フォスターが素晴らしい


911米国同時多発テロを巡る関係者の思い


そのモハメドゥの弁護を引き受けるのがナンシー・ホランダー。彼女は、彼がテロの首謀者であるかどうかは一端は横に置き、彼が裁判を受けることなく何年にもわたり不当に勾留され続けていることに焦点を当てて弁護に乗り出します。被告人に弁護士がつくことは当然の権利であるわけですが、ここでホランダーはあらゆる方面からバッシングを受けることになります。特に911の米国同時多発テロの被害者の家族や知人から。


そして、彼が自分のテロへの関与を認めるメモが出てくると、最初は協力的であった同僚のテリーまでがナンシーのもとを離れて行くのです。確かに自分を含め大勢の憎しみの対象になるような人間を弁護するなどというのは、余程の固い信念と強い意志がなければ出来ないと思います。そういうところ、このナンシー・ホランダーが法の番人・砦として、自分の矜持を見せつけるところが、惚れ惚れとするほど格好いいです。


一方でモハメドゥに関わった多くの軍人たちは、入隊時に憲法を擁護することを誓ったにも関わらず、上官どころから遥か上の誰から出ているのかも分からない命令に意を唱えることもできず、思考停止状態になり、ある者は自らの残虐な行為に対し、自責の念にかられながら生きることに。この映画ではモハメドゥを取り巻く様々な人物を描きながら、被害者は決してモハメドゥだけに止まるわけではないことも教えてくれています。


アメリカの正義はどこへ行ったのか?と悲しくなる事態のなかで、ここにそれを体現するヒーロー的存在の男が登場します。それがモハメドゥを起訴する海兵隊検事のスチュアート・カウチ中佐。彼は911テロ事件の被害者たちの期待を背負いモハメドゥの有罪を立証すべく奔走するのですが、やがてその中で国家を揺るがす事実を掴むわけです。そこで彼が見せる態度、これこそが理想とするアメリカの正義なのだと思いました。


▼タハール・ラヒムのモハメドゥも上手かったです


アメリカの正義を信じた男が受けた拷問


まあ、スチュアート・カウチの人物造形は(実際は存じませんが)、少し出来すぎているような印象もありましたが。さて、この映画で非常に面白いのはモハメドゥ・オールド・サラヒという男の人物像でした。モーリタニア生まれでドイツ留学まで果たしているわけですが、彼は英語にも堪能で、話をするだけでなく、かなり高度な文章まで書く力があるのです。それでナンシーから手記を出版することを勧められるのですね。


彼はアメリカ映画やドラマを実によく観ていて、そこで英語を勉強したといいます。さらにアメリカの民主主義に敬意を持っていて、映画や音楽といった文化にも傾倒しているようなのです。彼は、そういう自分が好きだったアメリカに裏切られてしまうわけです。そこがですね、やるせない感じがするのですね。彼が映画のなかに見ていたアメリカという国は実は虚構でしかなかったという。信じていたものに裏切られた気分。


ここで描かれた拷問シーンが事実に基づいて作られているとはいえ、あまりに酷い。ベビーメタルをヘッドホンでガンガン聞かされ、強い明かりが明滅する部屋に閉じ込められたり。その場面がかなり長い時間出てきたりするのですが、目がチカチカして開けていられなかったです。そして何日も座ることや眠ることを許されず、また無理矢理に女性の兵士に性的な刺激を与えられ、あらゆる精神的・肉体的苦痛を受けるのです。


▼ベネディクト・カンバーバッチは役が良すぎたかな


映画のラストではモハメドゥが裁判に勝利したものの政府が控訴したことで、さらに6年もグアンタナモ収容所に勾留されたという事実が明らかにされ、本人の映像も流れます。今回描かれたのはモハメドゥの物語でしたが、この収容所に勾留された人は779人もいて、有罪になったのは8人(そのうちの3人が上級審で無罪に)というのですから、いったい何だったのか?という感じです。それでもこの米国で司法の独立が保たれているのが救い。


不撓不屈の弁護士、ナンシー・ホランダーを演じたのがジョディ・フォスターなのですが、暫く見ないうちにあまりに歳を取っていたので驚きました。赤く細いルージュが印象的なのですが、ホランダー女史ご本人もそうなのですね。この映画、このジョディ・フォスターの存在感、演技も大きな見どころ。1962年生まれで私とそう変わらないのですが少し老けて見えたのはメイクのせいでしょうか。


この映画、一人でも多くの方に観てもらいたいです。なぜこうなるのか、こうならないために何をすべきかを考えるきっかけを与えてくれる作品だと思います。


トシのオススメ度:4

5 必見です!!
4 お薦めです!
3 良かったです
2 アレレ? もう一つでした
1 私はお薦めしません


モーリタニアン、の詳細はこちら: 映画.com


この項、終わり