ファーザー | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

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ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。

ファーザー


2020年作品/イギリス・フランス/97分

監督 フロリアン・ゼレール

出演 アンソニー・ホプキンス、オリビア・コールマン


2021年6月10日(土)、TOHOシネマズ府中のスクリーン9で、10時35分の回を鑑賞しました。


ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張。そしてアンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずだが、その姿はない。現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着く(以上、映画.comからの引用)、という物語です。


ようやく観てまいりました「ファーザー」です。アンソニー・ホプキンスが史上最高齢でアカデミー賞の主演男優賞を受賞した作品。認知症を患った父親の話とは聞いていましたが、想像とは全く異なるサスペンス調のドラマで驚きました。認知症を描いた作品としては、2012年のミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」という素晴らしい作品がありますが、「ファーザー」も認知症の怖さを主観で描いた異色作としてオススメです。


認知症が抱える恐怖を疑似体験する


認知症の中でもいちばん中心となる代表的症状のなかに〝見当識障害〟があり、記憶障害に続いて多い症状とのことです。どういう症状かといいますと、時間や季節分からなくなる、場所が分からなくなる、さらには人や人間関係が分からなくなる、といった症状のことを指しており、発症もこの順序で起きることが多いらしいです。私は専門家ではありませんので、よろしければ詳細につきましてはGoogle先生に聞いてみてください。


私の祖母も、亡くなる前にこの症状が出ていて、デイサービスでヘルパーさんに身体を洗ってもらうために出かけて戻ってくると、〝今日は温泉に行ってきた〟とよく言ってました。周りは〝おかしなこと言ってるな〟と思っても本人には自分が病気だと言う自覚がないので、なぜ否定するのかも分からないのですね。そういうなかで、人間不信に陥ったり、関係をこじらせたりということが往々にしてあるのだろうと思います。


この「ファーザー」は、記憶障害や見当識障害を患った81歳の父と娘のドラマですが、この症状を父の主観描写で描いています。いったい自分はどこにいるのか、誰と会って話をしているのか、そもそもこれは今起きていることなのか過去のことなのか。何も知らずに観ていた私としては、かなりショッキングな展開でした。出てくる人物を見るたびに、〝お前はいったい誰なんだ〟という感じで、父親に同化してしまいました。


▼時間を気にしている父はいつも腕時計を探してます


愛されるこのとなかった娘の悲しみ


その予想もできない展開に真実がどこにあるのかが見えにくくて翻弄されてしまう、またそれがかなり面白いためにドラマの本筋を見失ってしまいそうになるのですが、これは父親に愛されることのなかった娘の物語りでもあります。どうやら、この父親には二人の娘がいたようで、ドラマには姉のアンのみが出てきます。誰も父親を気遣って本当のことを言わないのですが、どうやら妹は事故でかなり以前に死亡しているようです。


元エンジニアで厳格な父親は、画家として有望だった出来のいい妹のことを気にいっており、何かと姉のアンと比較しては、凡庸な彼女への不満を口に出します。そんなアンはずっと父親を愛し、また父親から愛されたいと願っていることを感じさせます。しかし、彼女は恋人との暮らしのためにパリで住むことを決意するのです。そして病気の父親のことは介護士に任せることにするのですが、というのが話の〝筋〟になります。


ここから描かれる話については冒頭書きましたように、場所と時間と人とが父親の主観になっていて、何が起きているのか混乱を極めていくことになります。時間軸としても、数日のうちの話なのか、何ヶ月もにわたる話なのかも曖昧なのです。しかし、ラストで娘が週末にはパリからロンドンへやってきて父親と公園での散歩を楽しんでいるという話を聞いて、彼女は変わらず父親を愛していることが明らかになるのですね。


▼父を気にかけているアンは、パリに移住することに


密室劇としての映画の完成度の高さ


最後に介護士が〝いい天気は続かないから、公園へ散歩に行きましょう〟という話を父親にします。それが、私たち観客に対しても、人生を本当に楽しめるのは一瞬なのだから、今という時を大切にしましょうと言われている気持ちになりました。この映画は、認知症を患う患者さんを描くと同時に、ケアする人たちの大変さや、尊さを描いた作品でもありました。本当に難しいお仕事であり、無くてはならないお仕事だと思います。


さて、本作は基本的にはひとつの部屋(フラット)のなかで進んでいきます。もともとが舞台劇なので、ほぼ一幕ものの様相です。フラットはリビング、キッキン、寝室、バスルームに分かれていて、廊下を通じてドアを開けることで繋がっています。しかし、このフラットが父親の主観で少しづつ変化するのです。ドアを開けた先にある部屋が、突然変わってしまっていることも。フラットだと思っていた場所が診療所だったりも。


もともと本作は2012年に発表された舞台劇で、この映画の監督であるフロリアン・ゼレールは舞台劇の生みの親でもあります。わたしは舞台劇は観ていませんが、映画としてもかなりよくできていて、これは時間と空間を自由に操ることのできる映画という手法でなければできない表現に溢れた作品であると言えるのかもしれません。ドラマはもちろん、技術的な点からも映画好きな方にはぜひオススメしたい作品であります。


▼いろんなことがこの部屋の中から起きていくのです


ラストの種明かし?はぜひご覧いただき確認をしていただきたいですが、なんだか泣けて仕方がなかったですね。人生の終盤で自分もあんなふうになる可能性があるのかと思うと。どうしようもないのかな。今のうちからよく娘たちとも話し合っておくべきなのでしょうか。最近、製薬企業がアルツハイマーに効果があるという医薬品を米国食品医薬品局(FDA)から承認取得したというニュースが出てましたが、そのうちこの病も人類は克服するのか。

辛くて怖くて悲しい映画。アンソニー・ホプキンス、良かったです。「羊たちの沈黙」のレクター博士役でアカデミー主演男優賞を取ってますが、ある意味、本作の父親にもレクター博士的な怖さもありましたねー。

トシのオススメ度: 4
5 必見です!!
4 お薦めです!
3 良かったです
2 アレレ? もう一つでした
1 私はお薦めしません


ファーザー、の詳細はこちら: 映画.com


この項、終わり。