騙し絵の牙 | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

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ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。

騙し絵の牙
 
2021年作品/日本/113分
監督 吉田大八
出演 大泉洋、松岡茉優
 
2021年4月3日(土)、TOHOシネマズ渋谷のスクリーン2で、9時20分の回を鑑賞しました。
 

出版不況の波にもまれる大手出版社「薫風社」では、創業一族の社長が急逝し、次期社長の座をめぐって権力争いが勃発。そんな中、専務の東松が進める大改革によって、売れない雑誌は次々と廃刊のピンチに陥る。カルチャー誌「トリニティ」の変わり者編集長・速水も、無理難題を押し付けられて窮地に立たされるが(以上、映画.comより引用)、という物語です。

 
吉田大八監督作品は「桐島、部活やめるってよ(12)」で存在を知りまして、その後、過去作や新作を観てきたのですが、最近の「美しい星(17)」「羊の木(18)」は題材的には興味深いところはあっても、映画としての面白さは私的には中途半端な印象で、高評価には至らない結果となりました。予告編の感じでは「騙し絵の牙」はどうやらエンタテイメントに振り切った内容のようでしたが、その結果はどうかといいますと。
 
出版社が舞台のビジネス系エンタテインメント
 

ジョギング中に急死した創業家の社長の後釜をめぐって派閥争いが繰り広げられている老舗の大手出版社「薫風社」を舞台にしたドラマです。ざっくり言いますと、歴史ある会社の伝統にこだわり続ける保守派と、時代に合わせて新しいものを取り入れようとする改革派の二大勢力に分かれておりまして、相手のミスに付けこみ蹴落とそうとしのぎを削っているわけです。

 

この構図ってものすごく分かりやすくて、ビジネスものの小説やテレビドラマの定番のよう。そんな対立のなかで、改革派のボスである役員の東松が売れない雑誌〝トリニティ〟の立て直しのために引っ張ってきた伝説の編集マン・速水という男が、保守派から追い出された形の高野恵という不思議ちゃんだが仕事への熱意に溢れた女性社員と奮闘するというドラマです。

 

予告編からイメージする、騙し、騙されのコン・ゲーム的なドラマを想像していると肩透かしを食わされますが、ストレートなビジネス系エンタテインメントとして見れば、普通に面白い作品だと思います。二面性あるトリックスターとしての速水の動きや、天然ボケ感のある恵を中心にし多様な人物が出入りし、スピード感ある展開に最後まで飽きることなく観終えました。

 
▼大泉洋さんが演じるやり手の雇われ編集マンの速水
 
ビジネスに始まり、個人の夢で終わるドラマ
 

このドラマでは、一癖二癖ある多くの人物が入れ替わり立ち替わり出てきて、それぞれ演じている俳優の方々のキャラクターもあってなかなかに楽しいです。そうやって、ドラマがどんどん転がっていきます。あまり深くはありませんが、登場人物それぞれが小説や雑誌へのこだわりを持っていて、大袈裟にいいますと〝書への愛情〟という点で繋がっているからいいんですよね。


また、詳しく書けませんが、最後に50年代のハリウッド映画のようなハッピーエンドの形を持ってきているところもホッコリしました。大きなビジネスの話からはじまって、最後は小さな個人の夢の話で幕を閉じるという構成。恵の実家の書店にまつわる温かな話で、フランク・キャプラっぽいハートウォーミングなところがあり、後味が良かったですね。ちょっとうまく行きすぎ感がありますが、笑。

 

ただ、エンタメ系の作品として弱いのは、真に悪役と呼べるような人物がいないところでしょうか。本来なら速水が大阪弁でいうところの〝えげつない奴〟であったほうがお話は面白いと思うのですが、彼が切れものであるだけでなく、人格的にも結構いい人っぽいのですよね。だから最後まで観て〝実は〟というオチが分かったところでカタルシスが薄いという問題があるように思います。

 
▼松岡茉優さんが演じる若手女性編集者の高野恵

常にチャレンジするものだけが生き残れる
 

私、この映画を観ていて少しオリバー・ストーン監督の「ウォール街」の骨格を感じました。恵に対する速水は、「ウォール街」でマイケル・ダグラスが演じたゴードン・ゲッコーのような指導者的な役割を与えられていると思うのですよね。だから本当はもっとあくが強くて、嫌な奴でもよかったのではないかと思うわけです。それがどうも人格的にも良い人になってるのはつまらないかな。

 

ドラマ中でも結構いい台詞があって、速水がトリニティの編集会議でメンバーに対して「いちばん難しいことにチャレンジするから面白いし、そこにしか生き残る道はない」みたいなことを言うのですが、理想の上司っぽい感じで実に爽やかなんです。でも、欧米流の経営哲学でみんなの反感を買うようなガツガツした感じのほうが、雑誌愛とのギャップが出てよかったのじゃないかと。

 

結局は、この〝過去にとらわれずに常に新しいものにチャレンジする〟ということが、ドラマ全体を通してのキーフレーズになって、最後の最後まで効いてくるわけです。そういう教訓めいたところの落とし方は私は個人的には嫌いじゃなかったです。どこの業界でも同じでして、環境変化に飲み込まれるか、はたまた乗り越えるか、それとも変化を自ら作り出すか、ですね。

 
▼佐藤浩一さん演じる改革推進派のトップの東松

 

この映画でも描かれていますが、最近は本当に街の本屋さんがどんどん無くなっていますよね。私がまだ学生の頃までは、近所に小さな本屋さんがあって、種類は少ないながらも小説や漫画に参考書などが並んでいました。でも、今は個人経営の本屋さんを見ることはまずないですね。この映画を観て、そういうところの寂しさを感じるのは私の年代くらいでしょうか。

 

オススメ度は普通ではありますが、最大公約数の方に楽しんでいただけるエンタテインメント映画だと思います。

 

トシのオススメ度: 3
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1 私はお薦めしません
 
この項、終わり。