バーモンド州の美しい紅葉に包まれた小さな街。その近くの森のなかに響き渡る三発の銃声。そこへ現れるライフルを担いだ小太りの老年の男アルバート。うさぎを射止めようとした彼の弾丸の一発は空き缶に、もう一発は看板に、そしてもう一発は? 彼は、そこに頭から血を流した男の死体が〝寝転んでいる〟のを見つけます。
誤って男を撃ち殺してしまったと考えたアルバートは遺体を隠そうとするのですが、そこへ独り者の老女ミス・グレブリーが通りかかり・・・というところから映画が始まります。この遺体(名前は後にハリーと判明)を中心にして、限られた僅かな登場人物が、限られた場所でもって、わずか1日半のうちに起きるドラマが描かれていくのです。
それが本当に無駄の無い展開でして、混乱も全くなく、一人ひとりのキャラクターがしっかりと描かれていて、遺体をめぐってのブラックユーモアたっぷりのお話のなかで、最後の〝オチ〟まで含めてもうヒッチコックの名人芸としかいいようのない語り口なのです。それはまるで、「えー、毎度ばかばかしいお話を一席」という感じなんですよね。
この映画はハリーの遺体をめぐるドタバタ喜劇を通じて、2組の男女の恋愛が成就していく心温まるお話でもあります。一つは、先ほど紹介したアルバートとミス・グレブリーの恋物語です。もう一つは、街の売れない画家サムと、夫と別れて小さな一人息子と暮らしている若いジェニファーの恋物語です。この二つの恋愛劇がまたいい感じなのです。
元船長で若い頃には大きな客船で世界中を駆け回っていたというアルバートとこれまで恋愛とは無縁だったような孤独なミス・グレブリー。歳をとった二人が遺体のハリーの始末をめぐって、まるで何事もなかったような顔をして紅茶と手作りマフィンで会話をするなかで、お互いに魅かれあっていくところが可愛いらしいのです。
一方のサムとジェニファーのほうも実にいい感じ。特にジェニファーのお茶目さと惚けた感じが何とも言えずいいのです。それもそのはずで、演じているがこれが映画デビュー作というシャーリー・マクレーンなのです。性的な魅力を感じさせない彼女の中性的なところが、このカラッとした作品に見事にマッチしていたように思います。
この作品をブラックユーモアあふれる喜劇としてのみ片付けたくなくなるのは、心温まるいいエピソードがいくつも折り込まれているからなのです。その一つは、先に述べた二つの恋愛劇が一日半のうちに成就していく様が実に自然に描かれていていること。それを観ていると、実にいい気分になれるのです。
もう一つは、サムの絵に目を止めた大富豪が、言い値で買い取ると申し出てくる場面です。この時にサムが、その場にいた街の人たちに〝今一番欲しいものは?〟と聞いて回り、それを大富豪の秘書にメモさせるのです。それが取るに足らないものばかりに思えるのですが、お金には代えられない幸せというものがあることが心に沁みるのです。
ハリーという男の遺体を〝三度〟も埋めたり掘り出したりするという極めて不謹慎でグロい話であるにも関わらず、観ている間に犯罪性や不快さを感じさせずに、面白くかつ登場人物たちに思わず心を寄せてしまうという演出的に極めて何度の高い作品だと思いました。ヒッチコックにとっては異色作ですがぜんぜん凄いですよ。
ヒッチコック作品ではあるものの、お得意と言われるスリルやサスペンス色はありません。しなしながら、紅葉の美しい田舎の街で発見された死体をめぐっての愛らしい登場人物たちの群像劇を、吉本新喜劇を観るような軽いノリで、ぜひとも笑って楽しんでいただけると嬉しいです。ヒッチコックは、どんなジャンルを撮らせても本当に上手いものですね。