先週、私の所属する渋川市民会議という団体の
年次総会が開かれ、出席しました。

総会自体は無事に終わり、
引き続いて懇親会が行われました。
この団体は、市政に関心をもつ、
人たちが多く在籍していて、
懇親会の話題も自然とそちらの方向へ行きます。
今、この渋川市は人口減少の危機にあります。
消滅が危惧される市町村にもランクインしている
という状況です。
事態を重く見ている市側は
タウンミーティングなどを地区ごとに開催して
住民と危機意識を共有して
なんとかこの人口減少の流れを
変えていけないかという
取り組みを進めています。
このタウンミーティングには
この団体からも数名が参加しています。
参加してみての感想などが
この懇親会でも話し合われたのですが、
中心部に住む、旧来の市民があまり参加していないように感じる
との声があがりました。
平成の大合併で
市は近隣の町村を組み入れて
大きくなりました。
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平成の大合併とは?
特例措置の期限である平成22(2010)年3月には、
市町村数は1,727までに減少し、令和6(2024)年
7月現在1,718である(都の特別区及び北方領土を
含まず)。 このように、10年余で市町村数が約5.3
割にまで減少したことが「平成の大合併」と呼ば
れている所以である。
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本当なら、今回の人口減少危機は
市中心部に住む、
古くからこの市を構成していた
人たちが問題意識をもって取り組むべき案件なのです。
ところが実際は違っていて
どこか他人事のようなふるまいです。
どちらかと言えば
後から市に加わった周辺町村出身の
人たちの方がこのタウンミーティングに
積極的に参加して意見を述べています。
この現象はどうしたことか
といったことに懇親会で話題と
なりました。
その中で、あるメンバーの発言が
あったのですが、これがポイントをついていて
印象に残りました。
その発言とは「市内の人間は
働かなくても生きてこれた人々だ。」
という事。
この意味はどういうことかと言うと、
ここは
風水害などに強い土地柄。
四方が山に囲まれていますし、
氾濫するような大きな川もない。
自然の驚異があまり無いのです。
何もしなくても
とりあえず生存は確保できてしまう。
この状態を指して、
「市内の人間は
働かなくても生きてこれた人々だ。」
と言ったのだと思います。
問題はこのように恵まれた環境が人を
どのようにするか、です。
危機に弱い人達をつくり、
それがその土地の風土になって
しまうというところが問題なのです。
だから今回のような人口減少、消滅が危惧される市町村に
選定されてしまってもあまり、危機を感じない。
無関心でいられる。
そしてこの
無関心さには思い当たるふしがあります。
以前このブログで紹介した
市内の旧来の人と
新たに移住してきた人との
分断が起きている状況を紹介しました。↓
これも「市内の人間は
働かなくても生きてこれた人々だ。」
という言葉で腑に落ちました。
そもそも危機感がないので
新たに人間関係を構築するなど
億劫なことはしたがらない。
ということで結論ですが、
市はまずこういった市民に宿る
危機意識の無さからくる閉鎖性を
何とか変える努力をすべきです。
人口減少対策として
移住者を増やそうという取り組みは
そのあとからでないといけません。
そうしなければ、人が他の都道府県から
せっかく移住してきてくれても
幻滅してしまい、人は定着しないでしょう。
本日は 恵まれた土地は人を怠惰にする?!市民会議の懇親会で感じたこと
ということでブログをお届けしました。
ではまた。