アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ

アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ

コロナ後は価値観の変容が起きます。新しい時代に向けた準備をはじめましょう。テーマは環境保護、自然農、瞑想、健康食品など、興味があればコメントください!

初心者でも、月商20万円を最速で稼ぐ方法を丁寧にお教えします!

こんにちわ。



本日は「赦し(ゆるし)」について
ブログを書かせていただきます。

参考書籍:「あなたという習慣を断つ」

Jディスペンザ 著


参考書籍:「出家とその弟子」

倉田百三 著



人は誰でも、良くない思考のクセというものを
もっていると思います。




そのためにいろいろな悪い感情も
わいてきます。





怒り、

ひがみ、

無力感、

罪悪感、

心配

欲深、

恨みがましい

などなど、、。






私もこれらネガティブ感情を
抱いてしまうことがよくあります。







でも、これら負の感情に
つつまれているときはとても苦しいものです。







だから悪い思考に端を発する
この悪い感情を克服しないかぎり、
良い人生はおくれない、といっても
過言ではないでしょう。






私が自分で自覚している悪い思考クセは
「言い訳がましい」ところであると思います。






この習慣がエネルギーの流れをせき止めてしまい、
さまざまな障害をもたらしていると思いました。






でもそもそもなぜ
人は言い訳をしてしまうのでしょう。





悪いことをしてしまったという
認識があるからだと思います。





無意識に自分を正当化しようとしてしまう。





でも、それは非常に苦しい行為です。





だって悪いことなんだから
正当化なんかできません。





膨大なエネルギーを費やしておきながら、
決して報われることはない。





この苦しい悪循環から抜け出す
解決策はないのでしょうか?





そのヒントがある本に記されていました。





「出家とその弟子」という本で
親鸞の法話集「歎異抄」の教えを
戯曲化した宗教文学の名作です。






親鸞(しんらん、承安3年4月1日 - 弘長2年11月28日)
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
鎌倉時代前半から中期にかけての日本の僧。親鸞聖人と尊称され、
鎌倉仏教の一つ、浄土真宗の宗祖とされる。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>






浄土真宗(じょうどしんしゅう)
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
鎌倉時代に親鸞(しんらん)が開いた、日本で最も信者数が多い
大乗仏教の宗派です。阿弥陀如来の「すべての人を救う」という
本願(他力)を信じ、感謝の念仏(南無阿弥陀仏)を称えることで、
死後に浄土で仏になれると説きます。悪人正機(あくにんしょうき)
を教義の根幹とし、肉食妻帯や僧侶の特権化を否定した歴史的な
背景があります。 
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>





悪人正機とは
皆、悪い心を内にもつ悪人である。
だけど、「南無阿弥陀仏」を唱えることで
仏の力により救われますよ、という教えです。






出家とその弟子のストーリーの中で
親鸞が弟子の僧侶たちと話合いをする場面があります。






その話とは親鸞がとりわけ可愛がる唯円という
若いお弟子さんがいるのですが、
その唯円はかえでという名の遊女と恋に落ちてしまいます。






そのため修行にも身が入らない。
他の若いお弟子さんたちにも示しがつかない。
宗派の威信を守るため、
唯円を追放すべきと高弟たちが親鸞に迫るのです。






弟子たちの話を聴き終わり
親鸞がだした結論は
唯円は追放せず、これまでどおり寺におく
というものでした。





当然高弟たちは反発をしますが
親鸞は寺の創建時に立てた誓いを
弟子たちに改めて示しました。





その誓いは
「私たちは悪しき人である。」
ということ。




また、「人を裁かない。」
というものでした。





親鸞の言葉を借りれば
善いとか悪いとかは
なかなか定められなるものではない。





それは仏の知恵で初めてわかること。





人を裁けるのは仏様だけなのです。





だから、人が人を裁くのは罪。





私の言い訳グセに話を戻すと、






言い訳の背後にある
心理は「裁かれたくない。」ではなかったか?と思います。





人の行為に対して
「裁き」を加えてくる人がいます。





人を裁くということは
仏様や神様など絶対的な存在にしか
できないことなのに、、。






ですから人が人を裁くことは間違いであり、
罪なのです。






ではどうしたらよいのでしょう。
解決策は何か。






それは、「赦す(ゆるす)」こと。





人を裁くことなどできない。
どうすることもできないならば、
「赦す(ゆるす)」こと。





それしか人にはできないと
早く、気が付くこと。





自分の魂の安息を乱さない。



これからも
自分意に沿わない言動や行動を
とる人がいるでしょう。



それが腹立たしくイライラを募らせて
しまうことなどがある。



それはそれに対して裁きを加えてしまっている証拠。






本日は ネガティブな感情は罪!? 魂の安息のために日々できること
ということでブログをお届けしました。

ではまた。

こんにちわ。
本日は日々、おだやかに暮らせるための方法について
ブログを書かせていただきます。






私は繰り返し読み、自分のものにしようと
している本が数冊あるのですが、

その中から、今日も気づきがあったので
それをブログにしてみたいと思います。





参考書籍:「あなたとういう習慣を断つ」

Jディスペンザ博士 著





脳波について語られている章の中で、
人が日中活動しているときの
3つのベータ領域についての
説明を読んでいました。




覚醒・集中時に出る「ベータ波(脳波)」
ですが、3つの段階に分けることができるのだそうです。




3つのベータ領域

・低レベルベータ波
リラックスして何かに関心を向けている状態

脳波速度は13~15ヘルツ/秒

警戒心を持つことなく、一定レベルの
関心を保っている状態


・中レベルベータ波
低レベルベータ波
よりも注意力をすこし高めて
分析思考を始めている状態。

脳波速度は16~22ヘルツ/秒


・高レベルベータ波
脳波速度は22~50ヘルツ/秒

高ストレス下で認められるいわゆるサバイバルモード。
集中過剰な状態で身体が過剰な刺激で
興奮状態にあること。






この三つのベータ領域で
問題なのは高レベルベータ波の時。





危機感による不安、心配、怒り、苦痛、困難
フラストレーション、恐れ、競争心に駆られたとき
高レベルベータ波を作り出すのです。






これは身体が緊急事態に対応するため
人間に備えられた機能。






過大なエネルギーを
一時に、一気に導入して
危機を乗り越えるための超緊急モードです。






危機が去れば
身体は緊急モードを解き、
平常にもどるようにできています。





ところが現代人は過剰なストレスに
さらされているためこの緊急事態が
慢性的につづく。






高レベルベータを過剰に濫用している状態で、
続ければ身体は不調をきたします。






不眠症や慢性疲労に悩み
イライラし絶望してしまう。





気づいたことは
自分はこの高レベルベータ波をほとんど
発動せずにおだやかに生きられるようになったと感じることです。





あまり周囲の環境や
人間関係などにあまり
振り回されなくなりました。





周囲の環境は
全く変わっていません。





内面が変わってきているのだと思います。





その要因は何か?





そこに思いめぐらした時、

瞑想の効果に違いないと思いました。





ここ数年間、瞑想を
している効果がでてきたと思います。







瞑想することのメリットは
たくさんあると思いますが
特に重要なのは環境・身体・時間の
いわゆるビッグスリーから
自分の意識を解放してあげられること。







環境・身体・時間の
いわゆるビッグスリーによるストレスは脳の波形を大きく歪めます。






脳はそのゆがんだ波形を整えようと
エネルギーをかけなければなりません。




でも、そのために使われるエネルギーは膨大。





堪えられず、心身ともに
疲弊してしまう。





毎朝、約1時間30分くらい行っています。
瞑想の効果を高めるためのヨガも含めて、です。





意識を身体の内面に集め
下部第一チャクラから順に
頭頂から上の空間、カーと呼ばれる
意識体最上部のチャクラまで、
意識を丁寧に持ち上げていく瞑想をしています。





うまく行かない日もありますが
行った後はスッキリ感がありますし、
だんだんと外部環境の刺激から
自由になってきている自分を実感します。





これからも続けていこうと思います。







本日は 最近、心おだやかに生きられるようになってきたと実感。その理由
ということでブログをお届けしました。

ではまた。

こんにちわ。


近頃に読んで
大変興味深い本がありましたので
思ったこと、感じたことなどについて
ブログを書かせていただきます。


参考書籍:「コンビニ人間」

村田紗耶香氏 著
2018年刊行





「普通とは何であるか?執拗なまでに
問い続けてきた村田作品の集大成!

世間のものさしに少しでも違和感を
感じたことのあるあなたのための物語。」


と、帯に書かれています。




主人公の古倉恵子は
子どものころから世間にうまくなじめない。




しかし。学生のときに
始めたコンビニのアルバイトで
彼女は変わったのでありました。




p10
「そのとき私は
初めて世界の部品になることができたのだ。私は今自分が生まれたと思った。
世界の正常な部品としての私がこのとき確かに誕生したのだった。」




コンビニで18年間ずっとアルバイト。


36年彼氏はいない。



恵子本人は全く問題だとは
思っていないが



世界はこれを普通ではないと
言う。



コンビニの「店員」でいる間だけは
世界とともに回る歯車になれる。



世界と接続できる。




この本のおもしろいところは
この主人公を据え、普通を問うことで、
逆にその対極にある世界を意識することができること。




「普通」で塗り固めらた
この世界は果たして真なのでしょうか?




それがよくわかる
こんな一節があります。




恵子が旧友たちと
BBQをしますが、
友人たちの多くは
結婚し、子育て中。
結婚していなくても
社会的に成功して多忙にしている。



普通であれば
今だ独身でアルバイトで生計をたてる
恵子の立場では居心地悪さを感じてしまう場面。




友人たちがなぜ結婚しないのか?
なぜいまだにアルバイトなのか?
と質問します。




でも、恵子には
世間のものさしがありませんので
今の自分の状況のはたして何が悪いのかが
理解できません。




だから
友人たちの質問に対して
恵子はこの状態で何がいけないのか、と
逆に友人たちに質問を投げかけます。




これに対して
場の空気が一変。




恵子と友人たちの間に
見えない壁ができます。




p84
「皆少し遠ざかりながら私から
身体を背け、
それでも眼だけは
どこか好奇心を交えながら
不気味な生き物をみるように
こちらに向けられている。

「あ、私異物になってる。」


(中略)


異物は静かに削除される
まっとうでない人間は
処理されていく。」





普通の世界の冷酷なルール。



本書は鋭く描いています。



皆、恵子の立場にならないよう、必死に普通になろうとします。



結婚して家庭を持ち
良い会社に勤め社会的ステータスを上げ、
忙しくしている。





これらは
アイデンティティーを強化するだけになっていないでしょうか?



アイデンティティーは
人から自分を良く見られたいということです。



でも、その努力が本当に自分の求めていることなのか?



今は風の時代と言われています。



これまでの価値感が壊れて
新しい「ものさし」を模索していくべき時代。



思うに主人公恵子は、
この風の時代に
別次元からこの
不完全な三次元に
やってきた者なのではないでしょうか。



魂が完成形の場合には
アイデンティティーなど不要。



この本が言いたかったところは
ここではないかと思います。



本日は風の時代の必読書?! 普通って何?「コンビニ人間」村田紗耶香氏 著を読んで感じたこと。
ということでブログをお届けしました。

ではまた。