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としえじの金融経済徒然草

20年超に亘ってファンドマネージャーとして金融の第一線から日本と日本企業を客観的に見てきた私「としえじ」が日本の在り方や政治金融経済について徒然と書いています。

ブラウン管TV時代から薄型TVの初期にかけては日本の家電メーカーのTVが世界を席巻していたのに、いつの間にか三星やLGの後塵を喫してしまったのはなぜであろうか?デジタル化が問題だったのか?それとも薄型TVのビジネスモデル構築のミスなのだろうか?今回はこの理由を考察することにする。

 

まずブラウン管が薄型ディスプレイへ移行したことで、付加価値の源泉やコスト競争力の要因が変化したことを説明する。

ブラウン管はアナログ的な技術で、色味やコントラストなどの絵作りが重要だった。ブラウン管以上に電子銃の制御技術が重要だったので、ブラウン管だけ手に入れても良いテレビが作れなかった。
ブラウン管製造設備は世代交代をしないし、電子銃や蛍光体やシャドーマスクなどの部材も世代交代しない。当然、これらの設備は数年単位で競争力を失いようなこともなかった。

 

これが液晶やPDPなどフラットパネルディスプレイに変わってどうなったのか?

液晶、PDPともにディスプレイの時点でほとんどの画質やコストが決定されてしまう。もちろんディスプレイを制御するコントローラーや画像処理プロセッサーなどでも重要だが、液晶やPDPを内製することがこの市場で勝つために不可欠になった。



そして、このPDPや液晶パネルはブラウン管以上に装置産業で巨額の投資が必要となる上に設備の世代交代サイクルを持つのだ。このため同じ製造設備で作り続けるのではなく、数年で陳腐化する製造ラインに巨額の金をかけ大量にパネルを流し短期間で投資回収するという半導体的なビジネスモデルに変わったのだ。

 

半導体は線幅の微細化に伴い製造設備をより微細化にする為に製造設備はサイクルを持って変わっていくが、液晶はセルの中にトランジスタを形成するといっても線幅は変わらない。つまり、液晶の製造設備は微細化しない。では、微細化しないのになぜ製造設備が世代交代していくのかについて簡単に説明する。この製造ラインは1枚のガラス(マザーガラス)で1台分のフラットパネルを製造するのではなく、巨大なマザーガラスから多面取をしているのだ。つまり、より大型サイズのテレビ画面を製造するとかコストをもっと下げるためには、よりマザーガラスを大きくする必要があり、このマザーガラスのサイズで世代が変わるのだ。


マザーガラス1枚からの取れ数は1台のテレビの画面の大きさで異なってくるので、大型のインチサイズが売れ筋になるに連れ、ある世代のマザーガラス1枚からの取れ数は下がるので、コスト競争力を維持するためにはより大型化したマザーガラスに対応する製造設備を導入していくのだ。

つまり、薄型TV用のディスプレイの製造は半導体と同じようにサイクルを持って世代が変わっていく産業である。
したがって、世代交代のタイミングと投資できる体力が重要になる。

 

実は日本企業は薄型ディスプレイ時代の初期は高いグローバルシェアを持ち、各社ともにそれなりの収益を挙げていた。つまり、日本企業が負けたのはこの薄型ディスプレイ特有のビジネスモデルへ変化したことではなかった。

 

私は日系電機メーカーのTV事業での失敗要因は、携帯端末などと異なり各社各様の失敗理由だと考える。次回以降に個別企業ごとにその理由を説明していく。


(その2に続く)



スピーカーやイヤホンなどのオーディオ市場では依然として中小の専門メーカーが独自の地位を築いているが、こういったアナログ製品はデジタルでは割り切れない何かがあるからである。そしてアナログ製品の時代はこういった何か(微調整や組み合わせの妙)が製品の差別化に繋がっていたしそれが新規参入組の参入障壁でもあった。

 

しかしデジタル化が進むとアナログ時代のこういった先行企業の強みが消えてしまう。判り易い例は腕時計であろう。機械式時計時代は超精密なムーブメントで正確な時間を刻む努力をしていたので新規参入は困難だったが、クォーツ式になると誰が作っても正確な時間の時計ができるようになった。そして一時期、スイスの高級時計メーカーは瀕死の状態に陥ったのだ。

 

つまり、規格がデジタル化されると部品も決まり、パーツ間の相性などブラックボックスになっていたものが消えてしまったので、だれが作ってもそれなりのモノができてしまうので、業界の先行者の競争力の源泉が消失しまうことが第一の特徴である。

 

デジタル化の次の特徴は大量に均一の製品が作れるので、従来よりスケールメリットが出やすくなったことである。つまり、数を取りにいかないとコスト競争で負けてしまうのだ。

 

日系企業の大きな勘違いに、「デジタル化でもカテゴリーの棲み分けが可能」「ハイエンドにフォーカスを当て高い収益を享受する」というのがある。汎用のシンプルモデルで勝ち難い日本企業の言い訳的な戦略であるが、民生分野でこの戦略で勝ち続けた企業を私は知らない。


例えば、PDPの高画質にこだわったパイオニアは数を追わなかったことで各社の値下げ競争についていけず早々に撤退することになったし、携帯端末ではニッチで差別化しようとして世界標準から取り残されスケールによる利潤獲得機会を失ってしまった。

 

つまり、製品がデジタル化するとローエンドはいつまでもローエンドではないのだ。どういうことかと言うと、製品のキーコンポーネントやデバイスが機能を盛り込まれ進化していくので、それまで安い部品を使ってローエンド市場に居たプレーヤーも部品の高機能化に伴いミドルエンド以上の製品ができるようになるのだ。したがって、ローエンド市場を無視するとそこで勝ち残った企業がハイエンドの製造ノウハウを徐々に得て上位カテゴリーに上がってきた場合にコスト競争力で負けてしまうのだ。

 

例えば、デスクトップPCの値段の差は中に入っているMPUHDDの差がほとんどだろう。中国や台湾の新興企業が作っても、ハイエンドの部品を使う以上はハイエンドの製品になってしまうのだ。そして、日系だけでなくIBMhpが消えていったのだ。同様につい10年ほど前の韓国製の薄型TVの画質は日本勢と比べて明らかに見劣りしていたが、ローエンドで十分な数をはいてコスト競争力を付けることで日系以上の生産規模の投資を行い、画質の向上が追いついてきたときに完全に抜かれてしまったのだ。

 

では、デジタル製品の全てが差別化不可能かというとそうではない。ノートPCは超低価格なモデルとハイエンドなモデルに二極化したがハイエンドにフォーカスを当てるソニーVAIOや東芝のノートPCはシェアは低いながらもきちんと収益を出せている。


これは一般に高機能と軽量のトレードオフがあるところを両立させているからで、それができるのはモバイルだからである。人が身につけたり日常的に持ち運ぶモバイル製品はデジタルであってもハンドバッグや財布と同じようにブランドバリューが通用するし、軽量、薄さなど機能・価格以外の付加価値が大切になるからである。

 

では、デジタル製品での競争力はどうやって築くかを具体的な成功例を出して説明していく。


(その2に続く)

ではなぜこういったことが起きてしまったのか?次にその背景を考えてみる。

 

初めに結論を言うと、規格と機能の2つのガラパゴスと日本端末の強みが出せる時代の前に過当競争で体力疲弊したことが携帯での海外進出を困難にしてスケールメリットが出せなかった原因なのだと私は考える。そしてこの3つの原因はいずれも端末メーカーの問題というより国やキャリアの問題なのだ。

 

まず日本勢同士の過当競争だが、もともと携帯電話は固定電話時代からの通信メーカーがグローバルで強かった。この理由は基地局と同期する為のノウハウが必要だったからである。しかし、通信規格の進化で今は通信インフラメーカーでなくても適切な部品を買って組立てれば使えるようになった。デバイスや規格の進化で参入障壁が低くなり新規参入が増えた最大の要因である。

 

ただ、3つしかない国内キャリアに10以上の端末供給メーカーが存在するのは異常なことだ。なぜこうなったか?それは豊富なモデルがサービスと考えたキャリアの判断ミスであるが、それを許したのは高額なインセンティブ(1円端末のような事態)で端末調達コスト競争が進まなかったためである。もしインセンティブ無しで消費者が購入していたら、キャリアはコストを下げるために調達モデル数を絞ってスケールメリットを出していただろう。世界的にもレアだったこの高額インセンティブが供給メーカーの淘汰を遅らせ、結果的に本来グローバルで勝てる競争力を持った上位企業に十分なスケールによる収益をもたらせなかったのだ。ただ、インセンティブそれ自体が悪いというより、端末を異動できないSIMロックが問題なのだ。端末を買ってキャリアを自由に移動できたらインセンティブは消失するのだから。

 

つまり、過当競争はインセンティブで正常な端末価格競争が阻害されたのが遠因で、インセンティブを無くす最大の動機となる端末の異動ができない問題が黒幕なのだ。そして、この端末オリエンテッドでないシステムが結果としてスマホで乗り遅れる結果となったのだ(後述)。

 

次に2つのガラパゴスについて説明する。

日本勢が海外に出れなかったのは高付加価値化で世界の先頭を進む国内で手いっぱいだったこともあるが、最大の要因は通信規格の問題である。電機機械品のほとんどで問題になる日本独自の規格である。

 

2000年以降、爆発的に市場が拡大した新興国の多く(中国、インド、東南アジア)は欧州の通信規格であったGSMを採用した。90年代後半日本では高シェアかつ高収益だったパナソニック(当時は松下通信工業)がGSM圏でも製品展開していたが、開発負担とリソースの問題で英国拠点が大赤字で結局は撤退せざるを得なかったことからも、違う通信規格でグローバル展開するのは困難なのだ。

 

こういった状況にも関わらず、日本の中でも規格が分裂した。99年にau2.5世代をローンチ、DoCoMoは独自規格のPDCのあともオリジナル規格のW-CDMAを採用したことで、日本の携帯各社は狭い国内市場だけでも複数の規格向の開発を行うこととなり、1規格辺りの生産台数が増えないことから収益を十分に挙げられないことになったのだ。

キャリアごとで規格が違うのでスケールが出せないし、1キャリア内でのシェアも限定的なのでどんどん儲からないビジネスとなり2000年以降、日立やカシオ、ソニーとEricssonなど端末各社は合従連衡が進む結果になった。

 

そして2つめのガラパゴスは、良く言われる機能のガラパゴス化である。しかし、これとて元々はキャリアがサービスを詳細に決めたのである。特に90年後半から2000年前半は7割程度の国内シェアがあったDoCoMoi-modeで気を良くして、キャリア主導で端末の詳細な機能を決めており各社の裁量はほとんどなかった。2番手のAuは対DoCoMoへの差別化のため端末メーカーの裁量を大きくしていたので、2000年前半はDoCoMo向端末供給メーカーよりau向のメーカーの方が収益性が高い状態になっていた。つまり、国内最大手キャリアと仕事をするとスケールも狙えないし儲からないという事態に陥った。その後各社の裁量が増えたが、高付加価値にして収益性を回復させるため無駄な機能を盛り込んでいき世界的に全く競争力のない端末になってしまった。

 


では、日本勢がなぜiPhone Galaxyなどの競争力のあるスマホを作れなかったのか?メーカーの問題かキャリアのせいかについて次に考えてみる。



(その3に続く)

80年代は日本勢で世界シェアの半数近くを占めていた携帯市場だが、2000年以降シェアの低下が著しい。携帯電話のデバイスや小型ディスプレイはもともと日本が圧倒的に強い分野だったので地の利があったはずだ。



日本勢のシェアが急速に失われたのは、一般にはガラパゴス的な機能を盛り込み過ぎたなど言われている。だが、実際はそんな簡単なことではないと思う。今回はその理由を考えてみる。

 

80年代後半の日本の携帯電話市場のプレーヤーは松下、NEC、沖電気、三菱電機などの通信機器製造メーカーが上位プレーヤーであったが、94年の買取制に以降してから参入企業が爆発的に増え、三洋、京セラ、日本無線、富士通、日立、シャープ、ソニー、カシオ、デンソー、セイコー、国際電気(現日立国際電気)なども参入した。

 

一方、海外メーカーはMotorola、エリクソン、フィリップスなどが上位で、当時、携帯の普及は日米欧の先進国が主体だったので各地域の企業が強かった。例えば、米ではMotorola、欧州ではPhilipsEricssonなど。いずれにも共通するのは通信ネットワークの大手(地上固定局や基地局やアンテナなどのインフラ系)でもあることだ。日本で同様の立ち位置にある企業はNEC、富士通、沖電気の通信御三家だが、これにさきほどの新規参入が一気に入り込んだので、90年代後半日本勢は合計するとグローバル市場で高いシェアだったが1社当たりのグローバルシェアは低いままであったのだ。

 

98年から世界シェアトップになったNokiaは廉価モデルで携帯が普及し始めた新興国で高いシェアになった。以降の世界携帯市場は新興国主体に高い成長をすることになるが、日本勢、Motorolaなどの従来の携帯メーカーはローエンドモデルに出遅れ一気にシェアを失った。その当時の日本は第2世代であるPDCに加え第3世代規格やau2.5世代規格であcdmaonei-modeなど規格やサービスが増えすぎて手が回らなくなったことと、「ローエンドは儲からない。テクノロジードライバーのハイエンドモデルも成長市場なのでここにフォーカス」というおきまりの失敗戦略を取ってしまったことでスケールメリットが享受できなくなったのだ。

 

デジタル化の特徴は、デジタル製品は組み込むデバイスが上位機能が盛り込まれる形で急速に進化していくので、当初はローエンドモデルしか作っていなくても機能が高まりカテゴリーが上位に行く特徴がある。なので、ハイエンドに居たつもりが、スケールメリットも出せるローエンドメーカーがどんどん上位に来て浸食されたのに伴い自らの立ち位置を狭いニッチへと追い込むことになってしまうのだ。

 

この「ローエンドをないがしろにした結果コスト競争力を失い、やがてハイエンドに上がってこられることでポジショニングを失ってしまう」脇の甘さは携帯だけでなく半導体や液晶でも通じるミスで、日本勢がシェアを失った大きな要因である。

 

整理すると、日本勢はプレーヤー過多で1社当たりの生産量が低かったのでスケールメリットを享受できなかったことと爆発的に普及した新興国向のモデル投入ができなかったことが大きい。

 

ではなぜこういったことが起きてしまったのか?次にその背景を考えてみる。


(その2に続く)

なぜ日本の製造業が競争力を失ったかを考えてみる。

ただ、業種によっては依然として競争力を保持している産業もあるので、まずは業種ごとの競争力変化を整理してみる。

 

1競争力を失っていない分野

産業機械(建機、工作機械、ロボット)

自動車

事務機器(複写機、プリンター)

カメラ

ゲーム機

 

2競争力を失った分野

半導体

携帯電話、スマホ

液晶

TV

カーナビ

有機EL

太陽電池

 

3競争力を失いつつある分野

半導体製造装置

白物家電

二次電池

LED

 

一見して、競争力を失ったものはデジタル、民生向製品、普及率のステージでコストが急激に下がるといった特徴がありそうだが、そういった分野でも競争力を維持できている製品もあるのでそれぞれの特徴をまとめてみる。

 

競争力を失っていないものの特徴

産業分野に多い。

商品サイクルやモデルチェンジが比較的長い、製品が大きいので部材のモジュール化をしている。

民生品は消耗品やメンテナンスで儲けるビジネスモデル(カメラは一眼レフの交換レンズ)

安全性や耐久性がコスト以上に重要

単品商売でない。

消耗品や過去のストックが重要(交換レンズ、パーツ、カートリッジなど)

最終製品の価格は機能アップで維持できている(自動車、建機、デジタル一眼レフのレンズ、プリンター)

 

失ったものの特徴

開発、販売サイクルが短い

最終製品の価格が著しく下がった

生産量で極端にコストが異なる(極端なスケールメリット)

 

こうして見ると、原価や売値が急激に下がる市場で競争力を失った可能性が高い。原価が急激に下がるのは生産個数でコストが大幅に下がる半導体に起因するところが大きい。要するに、LEDや太陽電池、液晶など半導体的な価格下落をする製品(1)やそういった部材の原価に占めるウエイトが高く最終売価が連動してしまった製品(2)で競争力を失った可能性が高いのだ。

 

このうちの(2)が一般に言われている「デジタル化で日本の競争力が失われた」ということである。このデジタル化はコスト曲線が極端に変化するだけでなく、製造に習熟が要らなくなる。部材を調達すればターンキー(ボタン一つで)で誰でも同じように作れるので、中韓台に真似されてしまったのだ。部材コストが同じなら人件費とインフラコストで負ける日本が不利になるのは当然だ。

 

一方の(1)については、半導体的にコストや数量が変化するビジネスに対し日本企業のマネジメントやガバナンス、組織構造が不適だったということだ。これが一般に「日本企業の意思決定の遅さや横並びがデジタル化に対応できなかった」と言われていることだ。

 

半導体的な製品は、累積生産個数でコストが劇的に変化するし投資タイミングが重要になるので、即断力が必要な市場である。また、投資の最小単位が大きい上に投資額が巨額になる特徴がある。こういった製品は需給が極端に変わるので好不況の波が激しいため不況期に投資をすべきだが、横並び思想及び儲かけられるときに十分稼いでなかった日本企業は最悪時にリストラをする愚挙を繰り返し、結果、シェアを失ってしまった。

 

これらの市場は人件費率が低い資本集約産業であるし最先端ほど小さく軽くなる典型的な軽薄短小高付加価値品ので、本来は「アジア勢に対して日本が比較優位性を出せる分野」なのに実に惜しい事をしてしまったのだ。

 

競争力を失った要因から、日本企業が直すべきは「経営のスピードとフレキシビリティ」、そして「逆張り投資ができる勇気とそれを可能にするため儲かる時に十分儲ける」。「あれこれ手をつけないでターゲットを絞る」(集中と選択)ということだろう。

 

ただ、デジタル化の進展や半導体的なビジネスの失敗だけではなさそうなのは、機能アップで価格に変化がないカテゴリーでもボリュームが稼げる携帯電話・スマホでも競争力が失われたりしている。

 

次回以降は個別市場や製品、企業の競争力の変遷を見て、競争力を失った要因や維持できた背景、復活する為の方策について考えてみる。