小さな舟の乗組員は、ほとんどが夫婦と子供の家族でした。

まだ、私有財産というものはありませんでした。何と言っても、

新しく作った舟だけが、大きな財産だったのです。

 当時の人々には、自分の物と他人の物とを区別する必要は

ありませんでした。舟は、一艘あれば充分でした。もう一艘

あっても、扱いや維持に困るだけでした。


 社会の組織は家族だけでした。しかも、それぞれがバラバラ

でしたし、他人の舟を奪う必要はなかったのです。必要なもの

を得るには、盗むよりも自分たちで確保する方が、少ない労力

で得られたのです。

 人々の欲望は限られていました。素材は、海の中に溢れてい

ました。果てしない欲望に魅せられた人々と、限られた素材の

中で、熾烈な財貨の奪い合いが行われている現代に比べて、

遥かに豊かな時代だったのです。



 小さな舟を作るようになり、ずっと海の中を泳いでいた時代と

比べても、そこでの生活はとても快適になりました。舟の中は、

子供を連れた家族には、安息が与えられる団欒になりました。

それでも、小さな舟のことですから、雨や風には弱さを露呈

してしまいました。人々は場所を巡って争うだけでなく、お互い

に助け合うことを覚えたのです。



ただ助け合うといっても、同じような場所にいる仲間は、同じ

災難に遭うことになります。仲間を助けようと思っても、自分が

家族を守るだけで精一杯だったのです。

人々は、もっと安定した大きな船に憧れるようになりました。

船が大きければ、多少の揺れなら転覆することはありません。

そこで、三世代や兄弟姉妹が集まり、協力して船を造るように

なったのです。



 こうして生まれたのが、私有財産の考え方でした。まだまだ

共有のものが多かったのですが、自分のものへの目覚めが

始まっていました。

 そして、船の中では、物と物との交換が盛んに行われるよう

になったのです。