まことに残酷で哀しいことですが、70歳の記憶とは、せっかくの貴重だった自分の人生を、まったく朧気(おぼろげ)にしてしまうものです。忘却は、時には人間にとって、ありがたい救いになることもありますが、大かたは理不尽なことのように思えます。これほどパソコンが必要なものになるというのも、人間の加齢による、あるいは加齢とは関係のないものも含めて、忘れるというマイナスを補いたいからに違いありません。

ですから、忘れるという人間固有の特性を、まるで病気であるかのように捉えることは、ごく稀(まれ)な場合を除き、間違いであると、私のように強がることも出来るのではないかと思います。もっとも、それは最近、特に物忘れやミスが多くなった自分を、認知症だと思いたくない一心(いっしん)で、私が強弁しているだけのことだとは思います。それなら、むしろ「一億総認知症」だと、皆を仲間にしてしまった方が「可愛い」に違いありません。

ただ、これだけは抗弁しておかなければなりませんが、忘れてしまったことであっても、大切な物事の本質は覚えているということです。周辺事情については、ほとんど何も思い出すことが出来なくなっていても、要諦(ようてい=物事の肝心なところ[コトバンクより])を忘れることはありません。これは事実です。

 

その意味では、この記憶も、まったく不鮮明になってしまいました。「戦術と戦略は違うのだよ」。私が若い頃に、そのようなことを誰かから教わったたことです。学生時代に親しかった先生からか、サラリーマンになって間もない頃の先輩からか、今となっては、まったく定かではありません。けれども、言葉の意味は、すっかり自分のものになっていると思っています。

教えてくれた人の意図や一般的な理解がどのようなものなのか、あまり気にしたことはないのですが、wikipedia の書きぶりをご参照ください。

[ご参考①] 「戦略」の wikipedia です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E7%95%A5

[ご参考②] 「戦術」の wikipedia です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E8%A1%93

 

さて次回は、私が理解している「戦略と戦術」の違いから始めます。

最近、自分が過ごしている現在の生活について、その立ち位置を人生の終盤と捉えた記事を書いていたので、「ラストスパート」との表題を、大きな意味で捉えることが出来るかもしれません。けれども、これからここで書こうとしていることは、もっと卑近な、この二週間のことなのです。

そうです。スロースターターの私は、いかにも私らしく、これから10月1日〆切の星新一賞に向けて、新たな創作の冒険に出ます。一万字という字数制限があるとので、量的には、それほど負荷がかかるわけではありませんが、短編には短編の苦労があるので、引き締まった小説を書くには骨が折れるのです。それで、周到な準備が必要だと考えていました。決して無計画ではないのです。

 

9月中旬までにコツコツと書き進めて、あとの二週間は「てにおは」の推敲のみにしようと、これも、いつものように目論んでいたのですが、やはり、いつものようにほとんど何も準備できないまま、今日を迎えてしまいました。実のところ私は、計画を立てるのが好きです。ところが、これには穴があります。計画を立てただけで出来たように思ってしまい、手を抜いてしまうところが致命的なのです。

去年、応募をした時も、最後の追い込みで時間がなく、とても困ったのですが、今年も結局こうなりました。望みを託すのは、瞬発力に頼るラストスパートです。思えば、小学校での夏休みの宿題に始まり、中学や高校の中間・期末テスト、そして二浪もしてしまった受験勉強に至るで、私の人生はラストスパートに暮れていました。裏を返せば、ラストスパートの時期以外では、怠けまくっていたということになります。

 

ですから、「いつか来た道」ではありませんが、よく見たことのある景色です。狎(な)れています。だから脱却できないのだということが分かっているのに、怠惰な生活の底に沈んでしまうのです。ともあれ、覚醒しなければなりません。ラストスパートの力を借りてでも、いい作品を生み出さなくてはなりません。

 

ブログは、少し滞るかもしれません。お許しください。

 

 

[お詫び]最近、あらゆる場面で不注意なことを見過ごすことが増えてきました。誤変換を見逃すことも、その内の一つで、昨日の記事にもありました。最後から二行目の「不幸性」は「不公正」です。訂正しておきましたが、文筆を生業(なりわい)にしたいと、いやしくも願っているなら、あってはならないことです。まことに、申し訳ありませんでした。再発防止のために、これといった妙策が浮かばないのは困ったことですが、丁寧に読み直しするしかありません。

 

さて、昨日の「キリンビールを無料でご馳走になることにより、私の心の中に負い目が出来る」などと書いた記事に、コメントをいただきました。「そこまでは考えなくて良いのでは?」とのご趣旨で、「隣近所からの貰った事案とは別次元の捉え方で」いいのではないかとのご指摘です。なるほどと思いました。

考え過ぎは、私にはよくあることで、事を難しくしてしまうことがあります。そう言えばサラリーマン時代に、ある人から「マッチポンプ」と言われたことがあります。wikipedia では、自作自演という意味だとなっていますが、この時は、「自分で事を大きくしておいて、その後始末に追われている」という意味で言われたのだと思っています。

[ご参考] 「マッチポンプ」のwikipedia です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%97

 

その意味では、「政治において不公正があってはなりません。そこで、制度として、不公正がありえない仕組みを作る必要がある」との発言も、ビール工場の見学から導き出すには、少々無理筋だったのかもしれません。日頃思っていることが、ついつい思い浮んでしまうのです。

そのついでに、と言うと「悪乗りだ」と言われそうですが、そもそも、この記事を書いた目的地点まで行き着くことをお許しいただけるなら、支配の本質と贈与ということについて考えてみたいのです。突飛な話の展開をお許しください。

昔の王侯貴族も、「振舞い」ということがあったように思います。「振舞い」の派手な人ほど、衆人の支持や尊敬を集めたのではないでしょうか。人が人を支配するというメカニズムは、諸悪の根源でありながら、それを望む気持ちが支配者にも被支配者にもあるので、とても難しいテーマです。

けれども、それは私の文学にとって最も重要なテーマでもあるので、これからも深く考えていきたいと思っています。ビールなどで酔っていても、これだけは常に私の座右にあるのです。

「返礼なき贈与は、それを受け取った者を貶(おとし)める。お返しするつもりがないのに受け取った場合はなおのことである」

 

一時期、モリカケ問題が物議を醸(かも)していましたが、日本酒やビールがそうであるように、新鮮さが命だったようです。今では自民党の党首選でさえ、あまり話題として取り上げられることもなくなったように思います。擦り傷と同じように、日にち薬が効くのでしょうか。まさに安倍首相の思惑通り、致命傷に至らないまま、時間の安全弁に呑み込まれてしまいました。

あれだけの状況証拠がありながら、そして、野党が安倍首相を退陣に追い込むには千載一遇のチャンスだったのに、それを結局は活かせませんでした。その失策も、人材不足に悩む野党の現状を考えると、やむを得なかったように思います。けれども、それ以上に、モリカケ問題の本質の中に、治癒の要素があったのではないかと私は考えています。

 

私がモリカケ問題を知ったとき、一番に浮かんだことは、何とも人間らしい出来事だろうということでした。政治の世界だけでなく、市井(しせい)に暮らす私のようなものでさえ、ずっと日常生活の中で実感してきたことが、政治の世界で起こっていたということです。それは不公正であるということで、特に政治の世界では「あってはならないこと」ではあるけれど、少し我が身を振り返ってみれば、常日頃親しんでいることばかりであるように思います。

この日のビール工場見学だって、まさにそうではありませんか。キリンビールを無料でご馳走になることにより、私の心の中に負い目が出来るのです。「お返しするつもりがないのに受け取った場合は」、「受け取った者を」、つまり私を「貶める」ことにならないでしょうか?ですから、健康上の理由でビールを飲まなくなった私は、こうしてブログでキリンビールのことを書くことによって、自分を貶めないようにしているつもりなのです。浅ましいと言われるかもしれませんが、これが正直な私の気持ちです。

 

私は、モリカケ問題が安倍首相の致命傷にならなかったのは、ここに大きな理由があると思っています。誰も、自分がしていることを、本気で攻め立てたくはないのです。けれども、政治において不公正があってはなりません。そこで、制度として、不公正がありえない仕組みを作る必要があると、私は思います。

人間は、人から無償で何かをもらうと、どうしても「負い目」に感じる部分が出来てしまうと、私は思うのですが、中には強者(つわもの)もいて、何とも思わないというのです。

 

「無償の愛がないのと同じように、無償の贈呈というものはなくて、そこには何か狙いがある。その狙いを代償としてもらうのだから、何も引け目に感じることはない。一種の取引さ。」

 

割り切りも、ここまで来ると立派なものだとさえ思いますが、本当に、ものは考えようです。けれども、私のような弱者(よわむし)は、物をもらうと、くれた人には何かして差し上げなくてはと、ついつい思ってしまいます。キリンビール(わざわざメーカー名を書いている)の工場を、つききっり(変なことをされたら困るので)の案内で見学させていただいて、出来立てのビール(美味しさをPR)を充分に堪能させていただく、ほろ酔いの半日(見学会は試飲も含めて約一時間)イベントです。

多くの大企業、特に、一般エンドユーザー相手のビジネスを展開している企業は、このような顧客との接点を大切にしています。一人の顧客と考えず、口コミでの広がりも期待しているのではないでしょうか。その狙いは、私のような上辺(うわべ)だけの律義者にさえ、こうしてブログ記事を書かなければなどと思わせてしまうのです。

 

その原因が、無償で提供されたサービスとビールにあるとすれば、マルセル・モースの「贈与論」(ちくま学芸文庫)の一節が思い浮ぶ人がおられることでしょう。

 

「返礼なき贈与は、それを受け取った者を貶(おとし)める。お返しするつもりがないのに受け取った場合はなおのことである」

 

私のように、この一節を知らなかった者でも、このような想いは誰にでもあるものだと思います。そこに、贈賄の基本原理を見出すかどうかは別として。

期末テスト(2018.9.11)

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今日は、韓国語の今期最後の授業で、恒例のテストがありました。中学や高校では、クラスで下から二番というのが定位置でしたから、成績が悪いことに対する耐性は出来ているはずなのに、今日の結果に凹んでいる私です。もっとも、これは理不尽なことで、勉強しなかったから出来なかったという、至極、当たり前のことが起こっただけなのですが。

ですから、私が凹む理由は、結果が悪かったことに対してではなく、つまり、今日の出来事に対してではなく、これまで怠けていたこと、つまり、過去の行動に対しての反省であるべきなのです。それを、ついつい今日の所為(せい)にしようとしている自分が、とても情けなくなります。凹みの二重構造です。

 

ところが、ここからが楽観主義者の面目が躍如としてくるのですが、凹んだ以上に、何か、どこからか、どうしてだか、分かりませんが、解放感が沸々と湧いてきます。「とにかく終わった」。それは、時間が解決しただけなのですが、大きな壁を乗り越えたような錯覚が、私をワクワクとさせるのです。

でも、油断は禁物です。星新一賞の〆切が、音もなく近づいています。宮沢賢治が亡くなった翌日からの合宿から、東北農民管弦楽団の新シーズンが始まります。サラリーマン時代にも味わいましたが、人生は、複数のことが同時進行しているので、まさに、「一難去ってまた一難」なのです。

 

それでも、まあ、一つの悩みが解消したことは事実なので、やはり、「乾杯」と叫びたくなるのは人情なのでしょう。肉体的には、アルコールを中断することが、とても健康的であることも分かっているのですが、分かっていることと、やりたいことが矛盾するのも世の常です。

今日一日くらいは許されるだろうと、羽目を外す心の準備をしているのですが、どこかで誰かが睨んでいるような気がして、振り払うのに、少し苦労してみます。

私にとってはまったくの偶然だったのですが、昨日、キリンビールの工場見学会に参加してきました。

[ご参考] 私が参加した工場見学の案内です。

https://www.kirin.co.jp/entertainment/factory/kobe/tour/is.html

 

二十年ぐらい前に、一度、キリンビールの工場見学をしたことがあったのですが、その時も、兵庫県三田付近だったと記憶しているので、その時に訪れた工場と同じ工場だと思います。でも、とても綺麗で、新しい工場のように思えました。もっとも、前回の訪問は曖昧な記憶になってしまっています。

私の記憶によると、その時の見学では、ール造りの実習があって、自分で作ったビールを自宅まで送ってもらったと思っています。ところが、それは地ビールだったと家の者が言います。地ビール工場に行ったに違いないと言うのです。私は、二回もビール工場の見学をした覚えがないので、タイムマシンにでも乗って、二十年前の世界に行かなければ、正確なことは分かりません。ただ、昔と比べて見学ツアーの印象が違っていたのは、ずいぶん企業PRが洗練されていたからだと思います。

 

日曜日だったので、工場のラインは止まっていましたが、製造ラインに沿って歩いたところには、ディズニーランドなどのツアー手法が応用されていて、楽しく見学できるような仕掛けが多用されていました。そして、最後には新鮮なビールの試飲をさせていただけるのですが、比較的大きなコップなのに、三杯までOKということなので、アルコールに弱い私などは、充分に満足できる量でした(昼なので二杯に留めました)。

私は、サラリーマン時代に企業PRに関係する仕事をしていたことがあります。万博などの企業館を思わせるような施設は、コストの割には数字としての効果が分かりにくいという面はありますが、企業イメージを高めたり、ファンづくりなどという点では、直接的な商品広告よりも効果的かもしれません。現に、私がこの記事を書こうと思ったのも、その効果の現れに違いありません。

 

けれども、それ以上に私が興味を覚えたのは、「タダ酒」の効果です。人間は、人から無償で何かをもらうと、どうしても「負い目」に感じる部分が出来てしまうのでしょうか。少し、このことについて考えたいと思います。

 

 

自然災害は、どれほど人間が工夫しようとも、必ず想定外のことが起きるので、とても防ぎ切ることは出来ない。このように考えることは、敗北主義的だと言われそうです。けれども、事実として、自然災害から逃れることは出来ないし、人災と言われるようなことも、絶えず起こっているような気がします。

恐らく、縄文時代よりも現代の方が、自然災害を防ぐ手段は遥かに優れていることでしょう。けれども、私個人で考えると、現代人ではありますが、災害に対する防備は、まったく他人任せになっていて、自分では何もできない人間になってしまっています。もちろん、それは私の努力不足によるものだと言われるでしょう。その通りです。

ただ私は、世の中が個人を甘やかすようになっていることも、その一因ではないかと思ってもいます。何でも社会の所為(せい)にする風潮。どこかに責任者がいて、その人を責めればいいという風潮。安全は当たり前だという風潮。そのような社会は、個人には好都合かもしれませんが、非現実的だと、私は思います。もっとも、これは自然災害に対することであり、遊園地などの遊具が不安全なまま放置されているというようなことには、責任を負うべき人が必要だとは思いますが。

 

この世に「生」を受けて、酸(す)いも甘いも味わうことが出来る。太陽の恵みを受けることもあれば、大自然の怒りに触れることもある。それが人生だと思うなら、大自然の怒りも、ありがたく頂戴することが出来る。このような想いは、仙人や悟りきった人のもので、私のような俗人には無縁のものだと思って来ました。そして、今もその想いに変わりはありません。

けれども、本当にわずかな瞬間だけですが、仙人の気持ちが理解できるように思える時があります。阪神大震災で、道路に飛び出てしまった近隣の家を見た時、我が家の床一面に割れた食器が散らばっているのをケガをしないよう注意しながら一つ一つ破片を集めた時、ずっと水道が止まっていたので坂の上にあった施設の蛇口まで、ポリタンクを(さ)げて何往復もした日々。そのようなときに、決して自暴自棄ではなく、仙人になりたいと本気で思った瞬間。

 

けれども、私たちは仙人のように霞(かすみ)を食べて生きるわけには行きません。災害を甘受はできても、そこから立ち上がることが求められます。ただ、生きることにおいて、何が大切なものなのかを考える機会にはなっていると思うのです。現代文明が勘違いしていることが何なのか、大自然の恵みとは何なのか、恩に報いる生き方とは何なのか、この機会にじっくりと考えたいと思います。

縄文時代に生きた人々は、きっと、自然の流れを大切にした人たちだったのではないでしょうか。それは縄文人が、自然に対して抗(あらが)う手段を持っていなかったから、自然の流れに従うしかなかったと見ることもできます。けれども、私はそうではないと思います。縄文人が現代文明が誇っている科学的な手段を、何らかの形で手に入れることがあったとしても、現代人が使っているような方法では使わなかったのではないかと思うからです。

現代人より遥かに深く、自然に対して感謝の念や恩義を感じていた縄文人は、恐ろしくて、自然の流れに逆らうようなことは出来なかったのではないかと、根拠はありませんが、直観的に私は思います。ですから、大自然の怒りであるかのように思える台風や地震が襲ってきて、亡くなってしまう人や吹き飛ばされる住居があっても、淡々と、その現実を受け入れて、自然の法則に従って、まるでそれが日常であるかのように、新しい生活に入ることが出来たのではないでしょうか。

 

縄文人に比べて現代人は、自然に対する畏敬の念が、確かに欠落しつつあるように思えてなりません。自然災害が起こっても、それを甘受しようとする人もおられるでしょうが、反対に、その災害を防ぐことが出来なかったのはどうしてだろうと考える人たちもおられるでしょう。誤解のないように言っておきたいのですが、私はモノの善悪を書こうとしているわけではありません。ただ、災害に対する反応として、二つのタイプがあると言いたいのです。

私は、恐らく多くの現代人は、両方の想いが共存しているのではないかと思っています。不測の災害が起こると、天災なのか、人災なのか議論されることが少なくありませんが、人災だと考える人たちは、災害を甘んじて受けることを潔しとしないのでしょう。それはそれで立派だと思いますが、私は、甘んじて受ける縄文人の態度も悪くないような気がしています。

 

自然を克服しようとの想いは、縄文人の中にもあったに違いありません。災害はないに越したことはないのですから、災害に対して、縄文人にも色々な創意工夫があったはずです。効果のある科学的なものもあれば、占いや妖術的なものもあったでしょう。ただ、基本姿勢として、現代人より強く、自然の恵みを感謝していただろうと思うのです。

現代人は、自然を支配できるという前提で物事を考えている人たちが圧倒的に多いような気がします。そのような視座からすると、自然災害は防ぐことが出来るものだと思ってしまうでしょう。かく言う私も、ずっと、そのように考えて生きてきたように思います。でも、そのような考え方を、少し変えた方がいいのではないかと、今回の災害を前にして思い始めているのです。

自然災害を契機として「生きるということ」を考える前に、このような災害で亡くなった方々に、まことの哀悼を捧げたいと思います。ネットでの広がりもあり、私のような者でも、日本全国に知り合いが出来ました。ですから、このような災害が発生すると、自分が無事であっても、知り合いの被害状況などが気になります。そして、そのような想いは、私だけでなく、ほとんどの人たちと共感することのできるものだと思うのです。

ただ私は、人間の「死」というものに対して、あまり否定的な感情を持ち合わせていません。それは、私の身近な人の「死」に際して、特に、親不孝なくせに偶然にも亡くなる瞬間に立ち会うことのできた両親の「死」に際して、まったく涙を流さなかったこと(寂しかったけれど哀しくなかったのだと思います)に象徴されていると思っています。

 

私にとって、自分のことであっても、親しい人たちであっても、また、まったく知らない人たちであろうと、「死」が哀しくないのは、それが「生きるということ」の完結であると同時に、その人の人生に可能性の希望を与えるものだからです。これは、少し逆説的なように聞こえるだけでなく、かなり飛躍のある表現にもなっているので、ちょっと説明が必要ですが、私は素直な気持ちで書いています。

 「生きるということ」の完結とは、文字通り、人生の終焉ということですが、これは誕生と同じように「めでたい」ことではないでしょうか?この想いは、不老長寿を夢見る人には理解していただけないかもしれませんが、人生に目的があると考える人には分かっていただけるのではないかと思います。つまり、目的のある旅には、そこに達するかどうかは別として、終焉がなければならないと思うのです。時間制限のない目的は、本来、目的と言うことが出来ないのではないでしょうか?

 また、「死」によって、人生に可能性の希望が与えられるというのは、もし生きていたら、目的を叶えることが出来たのではないかと考えられはしないかということです。これもちょっと飛躍がありますが、生前は悪人であっても、「死」によって善人への可能性を漂わせる人は、確かにいらっしゃるような気がします。もっとも、ヒトラーのような人物にまで、そのような想いを抱くことはできませんが。

 

このようなことを考えているから、楽観的だとか「おめでたい」人だと言われるのかもしれませんが、私はそれで満足しています。それで「死」に対する抵抗力が付くのなら、心の平静を大切にしたいと思うからです。大自然の怒りは恐ろしいし、歓迎したくはありません。けれども、大自然を尊重したいとの想いもあるのです。