オードリー・ヘップバーンと一緒に自撮りしているところを撮ってもらって
いました(笑)。
こうして見ると、相当にクソ大間抜けなのがよく分かります(苦笑)。
でも、やめられないわけです(笑)。
仕事をしていくうちに、気がつくとストレスを抱えていたり、やる気がなく
なっていて、初めのうちはあんなに楽しかったのにどうしてなんだろう?と
思うことはあったりします。
そんな時は、目標を決めたり、明確なビジョンに基づいて仕事を進めるうちに、
それに縛られて無理をしている状態になっているかもしれません。
「せねばならない」ことはいかなる時にもあるわけですが、その比率が必要
以上に上がるとバランスを崩したりします。
問題なのは、自分で本当にやりたいと決めて進んでいたはずなのに、こんな
はずじゃあなかった、どうしてなんだろう?と迷宮入りしてしまうことです。
そんな時のリトマス試験紙として有効なのは、「その仕事はタダでもいいか
らやりたい仕事か?」と自問してみることです(笑)。
そうすると、タダでもやりたいからやっている仕事と、仕事だからやっている
仕事と、分別ができてきて、あぁ、俺はお金の為にやってたからなんだな、
とか、いい顔したくてやってたからなんだな、と理解できて、目標やビジョン
そのものが間違ってた訳じゃなくて、邪心が入ってきてただけなんだ、と
妙に落ち着くことがあります(笑)。
どんなにやりたいと思ってやっている仕事でも、仕事である以上、成果は大事な
わけで、現実的には生活の為であったり、お金の為になんとか頑張らなきゃ、
という側面もあるわけで、まぁここは行ったり来たりしながら精度を上げて
いくのでしょうね。
大事なのは、一つ一つの仕事に対して、その自覚があるかどうかなのでしょう。
考えてみれば、このブログも同じなわけで(笑)、書くのがとても面倒な時は
何か邪心が入った時、例えば、よく見られたいとか、仕事に繋がるといいな、
自分のキャラを保たなくちゃいけない、みたいな気持ちが、知らぬ間に
上がってきてしまった時に、キツくなってくるのでしょうね。
どう見られても、どう思われようと、自分の好き勝手書いたり、主義・主張を
傲慢極まりなく書きまくっている時は、書くことへのストレスなどありま
せんからね(笑)。
どう思われたいから書く、のか、どう思わてもいいから書きたいことを書く
のかは、ただでもやりたいほどの仕事か?のくだりと同じ理屈ですから。
書きたいことを書いて、結果としてその評価があって、評価が良ければ当然
嬉しいし、悪ければちょっとは凹むけど、ま、いっか、みたいなのが本当は
理想なんでしょうね(笑)。
他人からどう思われようと、撮りたいから撮っている自撮りアホ面を、自ら
見ながら、そんなことを思うのでした(苦笑)。
自撮りははたから見たら間抜けだけど、撮りたいからいい(笑)。
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