Groundhog day
昔の映画を観てみようと思ったので
Groundhog day(邦題 恋はデジャヴ)なる映画を観た

大好きなビルマーレーの表向きラブコメな映画。
人気お天気キャスターのフィル(ビルマーレー)が毎年行われる片田舎のウッドチャック祭のレポートに訪れる。ビルは3人のゴーストの時の様に今回も傲慢で嫌みな男に扮してる。
2月2日。ウッドチャック祭(大きなリスみたいな動物が自分の影を見るかどうかでその年大雪かどうかを占うかなりあっさりなお祭り)を半ばやっつけな感じでレポートして天気に詳しい仕事柄、吹雪は抜けているから大丈夫とかいってそそくさと帰ろうとするフィル達一行を待ち受ける帰路の不測な吹雪。止むなく引き返し延泊。
翌朝2月3日かと思いきや何故かまた2月2日。なんだこれと思いつつもレポートしてまた吹雪。
それから何日も何日も続く2月2日。
毎日が2月2日だと仲間に訴えても誰に何を話しても翌日の2月2日には誰も何も覚えていない。
一夜明けるとまた全部ふりだし。
そのうち、説得に疲れちゃって、誰に何をしても、どこで何やっても全部ふりだしに戻っちゃうもんだから、悪童フィルは前日の2月2日に下調べして女の子を口説いたり酔っぱらって警察に楯ついたりやりたい放題。
そして好意を寄せる同行してる美人番組ディレクターをもはや得意となった事前に好みや趣味を大胆にも本人から聞き出す荒技“下調べ”をして口説き落とそうとする。でも今回ばかりは何をどうやっても上手くいかない。
そうこうしてるうちに全てに嫌気がさして、未来永劫に続く2月2日に絶望して彼は自殺しようとする。が、また目が覚めて2月2日は訪れる。
ここまではファンタジーとして良いとして、この後のフィルの行動に、つまりはこれを作った人の人生観にびっくりした!
続きを自ら確かめたい方手ぇ上げて!はい、さすればこれから下は読まない方がいいかもですよー。
フィルは毎日繰り返される同じ1日を最大限有意義に生きる様になる。
毎日出会うホームレスにお金を渡したり街で人助けをしたり、ピアノを一から習い始めプロ級の腕前になって、氷の彫刻も作れる様になり、今迄とは真逆の生活をする様になる。
そして毎日日課のウッドチャック祭のレポートが目に見えて変わってくる。傲慢でやる気無いフィルは消え暖かく知的なフィルがカメラの前で優しくレポートをする。
カメラマンが『あいつあんな奴だったか?』とつぶやく。
街では人々は彼のこの街で得たピアノや彫刻に魅了され、人助けをした噂は皆が知るところとなり、夜フィルに誘われてパーティーに出向いたディレクターはそこに居る人みんなに『あなたはほんとお目が高いわね!』『逃しちゃ駄目よ!』と笑顔で言われる。そして、パーティー恒例の“独身男性オークション”なるお遊びな企画で入札殺到のフィルを彼女はお財布全額で落札する。
幸せが訪れた翌朝、いつもなら独りベットで2月2日を迎えるはずのフィルの横に彼女がすやすやと眠っている。
日付は2月3日。
本当に心を打ったのは、フィルが彼女をパーティーに誘う前、まるで予言者の様にこれから起こる事を秒単位で当ててみせた後、彼はそこに居る全ての人を彼女に紹介しだすとこ。彼は街の人皆を知ってる。つまり声をかけて話して友としてそこに居るのですよ。
よく考えてみると今生きてる毎日って同じ事の繰り返しだったりって多いのでは?と思ったりするのです。フィルの過ごした途方も無い数の2月2日はさ、おいら達の普通の毎日と大した差異は無いのでは?とふと思ってみたりしたのです。フィルみたく何か特別な事しなくてもいいからね、もっと自分の周りに気を配ってみたらどれだけ発見と繋がりの多い毎日になるんだ?
繰り返しな日々がどんだけ楽しくなるんだ?
たぶんそれだけじゃない。自分、自分と思わず生きてみるとどうなるんだ?
答え(?)は映画の中にあるのかな。
毎日通る道にあった建物がある日取り壊されて、クレーン車見ながら“あれ、ここ何があったっけ?”ってよくなる自分。
自分の時間の中で出来る事全部やってみたらなんかいい事起きそうな気がする。
だってね、あの何にもない片田舎で1回目の2月2日には一刻も早く街から抜け出そうとしてたフィルの最後の台詞が
この街に住もう
だからね。
こんな普通に書くとやや重たい感じになっちゃう話なのにコメディタッチで描かれちゃってるのもすごいなあ。
しかし、なかなか伝わった気がしない...
やはり観てみるのが良いのかな。
Groundhog day(邦題 恋はデジャヴ)なる映画を観た

大好きなビルマーレーの表向きラブコメな映画。
人気お天気キャスターのフィル(ビルマーレー)が毎年行われる片田舎のウッドチャック祭のレポートに訪れる。ビルは3人のゴーストの時の様に今回も傲慢で嫌みな男に扮してる。
2月2日。ウッドチャック祭(大きなリスみたいな動物が自分の影を見るかどうかでその年大雪かどうかを占うかなりあっさりなお祭り)を半ばやっつけな感じでレポートして天気に詳しい仕事柄、吹雪は抜けているから大丈夫とかいってそそくさと帰ろうとするフィル達一行を待ち受ける帰路の不測な吹雪。止むなく引き返し延泊。
翌朝2月3日かと思いきや何故かまた2月2日。なんだこれと思いつつもレポートしてまた吹雪。
それから何日も何日も続く2月2日。
毎日が2月2日だと仲間に訴えても誰に何を話しても翌日の2月2日には誰も何も覚えていない。
一夜明けるとまた全部ふりだし。
そのうち、説得に疲れちゃって、誰に何をしても、どこで何やっても全部ふりだしに戻っちゃうもんだから、悪童フィルは前日の2月2日に下調べして女の子を口説いたり酔っぱらって警察に楯ついたりやりたい放題。
そして好意を寄せる同行してる美人番組ディレクターをもはや得意となった事前に好みや趣味を大胆にも本人から聞き出す荒技“下調べ”をして口説き落とそうとする。でも今回ばかりは何をどうやっても上手くいかない。
そうこうしてるうちに全てに嫌気がさして、未来永劫に続く2月2日に絶望して彼は自殺しようとする。が、また目が覚めて2月2日は訪れる。
ここまではファンタジーとして良いとして、この後のフィルの行動に、つまりはこれを作った人の人生観にびっくりした!
続きを自ら確かめたい方手ぇ上げて!はい、さすればこれから下は読まない方がいいかもですよー。
フィルは毎日繰り返される同じ1日を最大限有意義に生きる様になる。
毎日出会うホームレスにお金を渡したり街で人助けをしたり、ピアノを一から習い始めプロ級の腕前になって、氷の彫刻も作れる様になり、今迄とは真逆の生活をする様になる。
そして毎日日課のウッドチャック祭のレポートが目に見えて変わってくる。傲慢でやる気無いフィルは消え暖かく知的なフィルがカメラの前で優しくレポートをする。
カメラマンが『あいつあんな奴だったか?』とつぶやく。
街では人々は彼のこの街で得たピアノや彫刻に魅了され、人助けをした噂は皆が知るところとなり、夜フィルに誘われてパーティーに出向いたディレクターはそこに居る人みんなに『あなたはほんとお目が高いわね!』『逃しちゃ駄目よ!』と笑顔で言われる。そして、パーティー恒例の“独身男性オークション”なるお遊びな企画で入札殺到のフィルを彼女はお財布全額で落札する。
幸せが訪れた翌朝、いつもなら独りベットで2月2日を迎えるはずのフィルの横に彼女がすやすやと眠っている。
日付は2月3日。
本当に心を打ったのは、フィルが彼女をパーティーに誘う前、まるで予言者の様にこれから起こる事を秒単位で当ててみせた後、彼はそこに居る全ての人を彼女に紹介しだすとこ。彼は街の人皆を知ってる。つまり声をかけて話して友としてそこに居るのですよ。
よく考えてみると今生きてる毎日って同じ事の繰り返しだったりって多いのでは?と思ったりするのです。フィルの過ごした途方も無い数の2月2日はさ、おいら達の普通の毎日と大した差異は無いのでは?とふと思ってみたりしたのです。フィルみたく何か特別な事しなくてもいいからね、もっと自分の周りに気を配ってみたらどれだけ発見と繋がりの多い毎日になるんだ?
繰り返しな日々がどんだけ楽しくなるんだ?
たぶんそれだけじゃない。自分、自分と思わず生きてみるとどうなるんだ?
答え(?)は映画の中にあるのかな。
毎日通る道にあった建物がある日取り壊されて、クレーン車見ながら“あれ、ここ何があったっけ?”ってよくなる自分。
自分の時間の中で出来る事全部やってみたらなんかいい事起きそうな気がする。
だってね、あの何にもない片田舎で1回目の2月2日には一刻も早く街から抜け出そうとしてたフィルの最後の台詞が
この街に住もう
だからね。
こんな普通に書くとやや重たい感じになっちゃう話なのにコメディタッチで描かれちゃってるのもすごいなあ。
しかし、なかなか伝わった気がしない...
やはり観てみるのが良いのかな。