日本最長、名古屋 - 仙台 - 苫小牧間 1,330km 約40時間を運航している

 

 太平洋フェリー 

TAIHEIYO FERRY CO.,LTD.

 

 

名古屋港→仙台港 770Km 約22時間

に乗船しました。

 

 

 

今回乗船したフェリーは、

 

 3代目・いしかり 

三菱重工業下関造船所製

2011年就航

全長  199.9m

全幅  27.0m

総トン数 15,762t

 

船舶紹介|太平洋フェリー

※ 画像は、太平洋フェリー公式HPより引用。

 

 

 

前身・太平洋フェリー㈱、1970年(昭和45年)設立。

1982年(昭和57年)名鉄グループ全額出資により事業承継し、現社名『太平洋フェリー㈱』を設立されました。 【公式HP編集引用】

 

 

 

🕕 17:30 名古屋フェリー埠頭

名古屋市港区空見町40  <Googleマップ>

東京帰り愛知地区某所で荷物を引取、太平洋フェリー発着港にやってきました。

 

 

 

オンラインで予約をしていましたが、乗船手続きは窓口で行われます。

車検証を持参、予約番号を伝えチェックイン完了。

 

 

 

1/100サイズの2代目いしかりの模型。

男の子はこういう模型好きですよね。私も大きな男の子なので大好きです(笑)

 

 

 

少し時間があったので、『乗船記』ブログのため館内を見学することに。

2Fは徒歩での乗船の待機ロビーになっていて、顔ハメパネルと大きな舵の前で記念撮影されていました。

 

 

 

すぐ横が徒歩での人道ゲート出入口となっています。

 

 

 

屋外から人道ゲートを撮影。

徒歩で乗船される乗客のアクセス方法ってどうされたのかな?

最寄りの名古屋臨海高速鉄道あおなみ線金城ふ頭駅から約2km離れているし、名鉄グループ傘下の太平洋フェリーにしては名鉄バスを使えってことなのでしょうか?

 

 

 

今回乗船する『フェリーいしかり』が停泊中、手前には乗船待ちの車が待機しています。

大きな乗り物を見ると男心をくすぶりワクワクしてくる瞬間です(*^▽^*)

 

 

 

陸自73式中型トラックが停車されていますが、もしや乗船するのでしょうか?

 

 

 

「お車のお客様の乗船を開始します」

 

と館内放送が流れたので、車に戻ることにします。

 

 

 

チェックイン時に受け取った行先表示の用紙には上部に切り込みがあって、真ん中に穴があいています。

 

 

 

これをルームミラーのピラーに吊るすのです。

名古屋港では、「苫小牧」まで乗船する車と「仙台」で下船する車が混在しているので「苫小牧」までの車は車両甲板の奥に駐車されるようでした。

 

 

 

乗船待機所にて停泊している『フェリーいしかり』

15,000tクラスはさすがに大きいですね。普段乗船している名門大洋フェリーで10,000tクラスなので約1.5倍大きいことになります。

 

 

 

🕕 18:00 出航1時間前

 

徒歩の方は、17:30頃より乗船されているようでしたが、車は18:00より乗船開始となりました。

 

 

 

3代目いしかりのミドルネーム?は、「名古屋」

太平洋フェリーは現在3隻の姉妹船で航行していて、他に「きたかみ」「きそ」があるのですが、「仙台」「苫小牧」と書かれてあるのでしょうか?どうでもいいことが気になります(;^_^A

 

 

 

3F 車両甲板に駐車し、船員の方ががっちり車止めを設置。

それでは客室入口よりまずは、5Fに移動します。

 

 

 

客室に荷物だけおいてカメラ片手にすぐに7F展望甲板にダッシュ。

 

 

 

「太平洋」「フェリー」の頭文字、「T」「F」を重ね合わせたロゴが描かれたファンネル。

そして湾岸ウイング(わかるかな?)の形状がやんちゃそうでかっちょいい~♪

どちらかというとチバラギ仕様ウイングか?(笑)

 

 

 

南西方向に真っ赤な主塔は、伊勢湾岸道・名港西大橋

斜めに張ったケーブルが美しいですね。

 

 

 

南東方向には、名港トリトンの一基・名港中央大橋

同じく斜張橋となっています。

 

 

 

西側の対岸は、日本で一番財政力の高い飛島村(愛知県海部郡)の臨海工業地帯。

 

 

 

救命ボート使われることが無いよう祈ります( ̄▽ ̄;)

 

 

 

🕕 18:50 出航10分前

 

巻取ウインチのモーターに電源が入り、ランプウェイに繋がっているワイヤーリールが可動し始めました。

 

 

 

ゆっくりとランプウェイが船体に引き寄せられていきます。

どうやら二軸でプーリー4ヶ所で可動しているようです。海水が侵入しないような構造になっているのでしょうけど、もっと近くで見てみたいな。

 

 

 

係船柱にピンと張られたロープがいよいよ取り外されます。

 

 

一度ロープリールを逆回転させ緩ませた隙に、三名の岸壁側作業員が大きなロープを持ち上げて外されました。

 

 

 

船内側作業員は、目視指示係と実務係の二名体制で充分に安全管理に従事されていることが確認できました。

 

 

 

さらに別の船内側作業員二名でロープリールに収納する作業をされていました。

 

 

 

🕖 19:00 定刻通り出航

 

サイドスラスターのプロペラが勢いよく回転し岸壁より船体が離岸していきます。

多くの作業員の方々が協力し合って従事してくださるおかげで、定刻通りに運航されていることに感謝です。

 

 

 

 

さらば、名港!

 

 

あたりはすっかり日没を向かえ真っ暗になりました、ナイトクルーズの始まりです。

左手前にタグボードが留置されていますね。

 

 

 

さて一貫の離岸作業を見学し終え、続いて船内の見学をしようと思います。

5Fから7Fまで3層吹き抜けのエントランス。青い蛍光照明はエレベーター設備。

 

 

 

5F 軽食を提供する『ヨットクラブ』

 

 

 

 

 

600~700円相場で食事ができるようです。

 

 

 

大きな窓から広大な海を一望しながらの食事って優雅ですよね。

 

 

 

『ヨットクラブ』内の展望通路「プロムナード」を奥に進んでいくと、シアターラウンジ『ミコノス』があります。

 

 

 

この日は映画が上映されていました。

3年前に乗船した際は、ピアノ生演奏ライブを無料で鑑賞させていただいたことがあります。

 

 

 

ヨットクラブの左隣に船内レストラン『サントリーニ』
ディナー2,100円(小人1,200円)、モーニング・ランチ1,100円(小人800円)

私は翌日のモーニングのみこちらでいただきましたので、詳細はのちほど。

太平洋フェリー『いしかり』1日目の夕食から名古屋港出航 2021.06.25|kitamitiのブログ|blue sky - みんカラ

 

 

 

アクリル板のピアノ(現在使用禁止)

 

 

 

キッズルーム

 

 

 

ショップコーナー『Souvenir Shop』

お土産物などが売られています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、”40代から始める終活”の一環で、極楽浄土へのパスポートとして寺院の御朱印集めを趣味にしていますが、こちらでは御朱印ならぬ「御船印」@500円を購入しました。

 

「第四十六番社 太平洋フェリー」と書かれてあります。

 

 

 

パチスロとUFOキャッチャーが置かれたゲームコーナー。

深夜、露出度が高い洋服のヤンママがお一人で熱心に遊んでおられました。

 

 

 

昭和レトロな「記念メダル販売機」がありました。

意外とまだ活躍しているのですね。販売数が気になります。

 

 

 

 

 

展望大浴場、向かいは女子となっていて航海の向きで景色が異なるような設計になっています。名古屋⇒仙台へ北上だと男子浴場からは太平洋側の景色で、夜だと明かり一つ見えません。女子浴場だったら東海道沿岸が見えていることでしょう。

 

 

 

ちょうどノーゲストのタイミングだったので撮影できました。

なんといっても22時間の船旅だったので、結局、晩・翌朝・翌午後と3回も入浴させていただきました。22時間乗船して2時間はこの展望大浴場で過ごしました(笑)ジェットバスが気持ちいい♪

 

 

 

マッサージ機@300円(15分)、エコノミー症候群で固くなった身体をほぐしていただけました。

 

 

 

私はもちろん一番安価な二等客室@20,000円(車両コミ)

仕事で乗船しているんだから経費削減は最重要事項であります。

 

 

ではではおやすみなさいZzz・・・

 

 

翌 朝

 

 

🕗 8:00

 

銚子半島の最東端の犬吠埼近くを航行中。

黄砂の影響で遠景が良くありませんが、なんとか肉眼で確認できました。

 

 

 

後方オープンデッキから見る水しぶき痕って素敵ですよね。

 

 

 

昨晩は、乗船前に買っていたスーパーのお弁当@297円(税抜)と第3種ビール@100円(税抜)で一人打ち上げを堪能しましたが、翌朝は朝食バイキング@1100円でいただくことにしました。

 

 

 

これといって特筆するメニューでもありませんが、とにかく野菜不足を補いたいので、サラダ―バーがありがたい。

 

 

 

食後は、普段持ち歩いているPCで事務作業。

ちなみに衛星回線を通した船内Wifiは事前予約制となっていて1,078円/日。

私はエクセルしか使わないのでオフライン作業で問題なし!

 

 

 

🕒 14:20 福島県沖(南相馬市あたり)

 

12:50仙台港を出港した姉妹船・2代目きそ(2004年-現在)との”すれ違い”

船内放送でも30分前、15分前、5分前と必要以上に案内があったので、太平洋フェリーでは重大イベントとなっているのでしょう。

 

 

 

こちらの3代目いしかりの甲板デッキには大勢の人が”すれ違い”の見学にこられていて、対向する2代目きそからも手を振る人が見えました。

 

 

 

22ノット(約40km/h)同士の”すれ違い”なので、一瞬で遠ざかっていくんですよね。

 

 

名古屋港を出港し、約20時間経過して少々フェリーの長旅にも飽きがきているであろう乗客の皆さんにとってはちょっとは気晴らしになったかな。

 

ちなみに、普段よく乗船している名門大洋フェリー(大阪南港⇔新門司港)は各港一日2便運航(計4便)ですが、1便同士の”すれ違い”は0:30頃、2便目との”すれ違い”は2:00頃と2回の”すれ違い”がありますが、時間帯が時間帯なので船内案内もなく出くわしたことがないですね。

船舶の位置情報アプリ「MarineTraffic Ship Tracking」で調べてみようかな。

 

 

 

🕒 16:00 仙台港着岸30分前

 

出航21時間経過、ようやく仙台港が遠景に見えてきました。

 

 

 

北側のデッキに移動すると、塩竈湾、松島湾の離島が見えます。

 

 

 

東北電力の火力発電所、もう間もなく着岸。

 

 

 

22時間も乗船して後半は船旅にも飽き飽きしていたけれど、下船が近づくとなんだか名残惜しいものです。

フェリーから見える景色、海の上で一日中を過ごすという非日常、仕事で乗船したとはいえ優雅な休日を堪能できました(≧▽≦)

 

 

16:30着岸、まずは徒歩客の下船が始まり、続いて車客の下船となるのですが、月一乗船している名門大洋フェリー(大阪南港⇔新門司港)だと徒歩客下船後おおよそ30分待ちで下船できるのが、この太平洋フェリーだと10分程度で下船できました。

乗客数にもよるので一概に言えませんが、車止め撤去作業の台数が少ないのでしょうかね?

 

 

 

🕒 16:45 仙台港フェリー埠頭

仙台市宮城野区港3-7-1 <Googleマップ>

 

 

四方海に囲まれ、スマホ電波もほぼ使えない環境(沖に近づいているときは繋がります)、日頃の雑踏から抜け出させていただきました。

 

 

コスパですが、陸送移動だと

名古屋~仙台の高速代がおおよそ15,000円、

距離800km/燃費10km×160円/L=約13,000円

合計28,000円

 

フェリー2等エコノミー20,000円(車コミ)は所要時間を除けばコスパ良いと考えれるのではないでしょうか?

 

 

 

 

WARNING

 

以降、心身に支障をきたす画像や文面があります。

東日本大震災被災者の方は特に閲覧注意願いますm(__)m、

 

 

 

2011.3.11 太平洋フェリー大丈夫だったのか?

 

今回、太平洋フェリー『乗船記』をブログ紹介させていただきました。

 

 

前述重複してしまいますが、もう一度行程を説明すると、

 

19:00名古屋港出航 ⇒ 16:30仙台港入港

 

14:30頃に福島県南相馬市沖を航海していました。

つまり福島第一原発付近。

それから、宮城県南東部・岩沼市仙台空港付近を北上。

 

 

「あの日」「あの時間」、このフェリーに乗船していた人は無事だったのだろうか・・・?

 

 

太平洋フェリーの2航路、苫小牧⇔仙台仙台⇔名古屋、そして緊急航路を地図にて編集しました。

 

 

隔日運航名古屋→仙台は運航されていなかったようですが、毎日運航苫小牧⇔仙台では前日19:00苫小牧港を出港した初代・きたかみ(1989年-2017年)が、当日10:00仙台港に着岸して停泊していたようです。

苫小牧からの乗客は下船、物流荷下ろしも完了し、乗務員はみな休憩中だった時刻に揺れ始めました。

レーダーに映る大津波を見て、船長が判断し航海士に指示した一声。

 

「津波第一波に直角に進め!」

 

 

名古屋のフェリー「きたかみ」引退 仙台で東日本大震災に遭遇|47NEWS(よんななニュース)

※ 画像は、FNNプライムオンラインより引用。

 

 

そして、4回の大津波をすべて直角に侵入し、その後苫小牧港に向かい、すぐさま救援物資や自衛隊の運搬にあたったのだそうです。もし通常航路で航海していたら側面から高波を受け転覆していたかもしれません。

 

当ブログ前半の『乗船記』では文章にこそしていませんが、津波の被害があった宮城県南部沿岸を船内よりしばらくの間見つめていました。そして、逆方向10mの高波が襲ってくる様子を目を瞑ってイメージしました。

 

 

震災で犠牲となられた方々の御冥福をお祈りするとともに、この大震災の記憶を忘れることなく防災に対する心掛けが深まるよう当ブログにおいてご紹介する決意に至りましたことをご承知いただければ幸いです。