今夜BS3で毎週ある「英雄の選択」があり珍しくテーマは江戸川乱歩でした。彼の作品で一番知られているのは「怪人二十面相」ですがそれは戦後大人向けの探偵小説の執筆を辞め探偵専門雑誌「宝石」の編集長として松本清張、山田風太郎、SF作家の星新一などを世にだしています。そして私財を投じて乱歩賞を創設してもいます。探偵小説がジャンルとして確立するに大いにこの賞が貢献しています。彼が残した蔵書は2万点にも及んで今も孫が管理しています。その範囲は広く精神分析、衛生の専門書、犯罪者に泥を吐かせる会話術方法など多方面に亘っているのにはびっくりです。彼が外国の作家で影響を受けたのはコナン.ドイル、エドカー.アラン.ポーなどで江戸川乱歩は彼をもじったものです。彼は1936年2.26事件以来軍部が政治までも牛耳るようになり太平洋戦争に入る頃は文学、演劇、映画などに干渉するようになり彼の小説は部分的に書き換えを要求され遂には発売禁止になります。その頃は全国民一致で戦争に勝たなければならないと挙国一致体制がとられ戦争や国民の一致に関わらないものは禁止されました。このような弾圧に抗した或いは無視した作家は詩人の金子光晴、谷崎潤一郎、江戸川乱歩などと言われます。彼は初めて日本に探偵小説、怪奇小説のジャンルの開拓者と言われます。彼の愛読者は特殊な愛好者でした。しかし軍からにらまれ編集者から注文が来なくなり東京への爆撃も激しくなり疎開します。戦後すぐに帰京します。すると若い編集者が長編の推理小説を依頼にきます。彼は考えた末注文をことわります。理由は彼の読者であったひとが戦争中と敗戦後1,2ケ月も立たないのに鬼畜米英が民主主義万歳を平気で唱えるようになって彼の読者が信じられなくなったことと彼の探偵小説が古くなったのではないかという疑問だったと言われます。彼は東京に住む多くが大学を出る時代になってそういったサラリーマンの言っている表面とその下にある別の要望的自分の乖離というか差を目ざとく描いています。日常的己れといつも自分に忍び寄る欲望的自分との違いなどを描いています。精神分析学を開拓したフロイドからも学んでいます。彼は科学の知識からも沢山援用していますが彼は科学を深いところで信用していなかったと言われます。科学が往々にして誤まることを作品で書いているので真っ先に発禁になってもおかしくありません。彼は戦後、彼の読者の戦前戦後があまりにも体たらくに価値観を変えたことに作品を書かなくなった原因があるのか彼自身発言はしていません。戦後彼が唯一発表した作品がたった一つのシリーズ「怪獣二十面相」の何十冊かだけ、あとは自叙伝風な記録だけです。戦後は探偵ものも推理物も書きませんでした。私も怪人二十面相をわくわくどきどきしながら小学6年生のころ読みました。映画化もされ片岡千恵蔵が明智小五郎役で変装して驚かされました。私が敗戦を境に1ケ月もしないで小学校の校長が国のために命を投げ出す愛国心を持ちなさいと言われた言葉も乾かないのに今までの日本は間違っていた。これからは正しい民主主義というやり方で日本を変えていきます。子供心におかしいと思いましたが大人を糾弾するなんて考えてもみませんでした。当時小5でしたから。しかしパリ生活の30年の間に山本七平氏の本を読んでからあとは小松氏の「虜人日記」を読んでから敗戦後日本人が民主主義国家に生まれ変わったのではなく敗戦とアメリカ(GHQ)の圧力で徹底的に日本の龍背骨を叩き壊そうとしたのです。戦争中と同じく映画や出版や日本伝統の武道を禁止しました。しかし朝鮮動乱が勃発しアメリカが参戦すると防波堤役としてまた弾丸などの供給としての役割を担わせるのが得策と豹変し日本の締め付けを緩めましたし再軍備をさせました。日本を共産圏の盾としたのです。私は敗戦によって民主主義国家に変貌したかに見えますが今はこういいう政治体制でいますがまた2.26や5.15事件が起きればまた専制国家に逆戻りするでしょう。それは日本人は「群れて行動」する国民性でそれから外れることを極端に恐れる国民です。そして群れて行動していれば何を考えようと問題なく生きられます。群れの考えの真逆の考えを表明することは相当のストレス、エネルギーがかかります。だから日本人は圧力がかかると黙ってしまいます。「見ざる、聞かざる、言わざる」は日本社会で無難に生きる人生訓なのです。私が日本人は絶対変わらない言う背景に「群れに合わせる行動」にあると確信します。ただ幕末までは命を賭けて自分の信念で行動する勇気がありました。しかし特に敗戦以来命を惜しむようになりました。戦争中の特攻隊の18~28歳くらいの若者の如何に純粋だったか記録をみると分かります。それが敗戦になった途端「特攻くずれ」などといいます。半年一年前までは「特攻は軍神と言われその家は村や地域から尊敬されていました。敗戦後彼らの庭に建てられた顕彰碑を疎ましく思う家族が多いです。こんなこと外国ではあまり無いでしょう。日本人は変わり身が速くなりました。私が日本人を評価しないのはこの点だけです。自分の価値を持たないと生きてる限り群れの行動に付いていくだけそれは奴隷と同じです。そしてそれが人への裏切りであることも意識できません。日本にキリスト教や唯一神教が根付かないのはここに根があります。私が日本人に切望するのは集団無意識層からもう一枚皮をむいて自己に向き合うことです。そこは荒野でもありしたがって孤独です。私がむしろ欧米人により親和を感じるのは自己と向き合っているから孤独の質が同じからです。これから世界の人々は皆自己をベースに連携していかなければ地球号は遭難していくかもしれません。将来自己という人間の基礎がもう一皮を剥いて生物との共通地盤までいくと思いますし若しかしたら鉱物と交信が可能になるかも知れません。インドでは結婚その他の機会に宝石を買う習慣がありそれをアドバイスする占星術師がいます。その宝石が発するエネルギーみたいなものが事故を未然に防いだり、持病を治したりするそうです。この頃では科学のせいで迷信呼ばわりされるかも知れませんが真実かも知れません。科学はまだ死後の世界の有無は分かっていません。今のところそれは遠い先か科学では分からないかも知れません。我我の周りに宇宙人がうろついていても見えませんから死後宇宙人のように我々には見えなくとも死者は存在しているかも知れません。科学が進んだといってもまだ火星に人間が到達もしていません。文明化してまだ3万年です。文学作品が読まれるようになって400年の間に戦争でない殺人が1/10になったとあります。文明化すればするほど殺人は減ります。恐らくもっと進んだ惑星では殺人は皆無というところがあるでしょう。そうして平均寿命も長いでしょうしそれを負担に感じなく喜びと感ずるでしょう。そんな惑星も相当あるのじゃないでしょうか。今の地球は「金」が最高、絶対無二の価値ですがこんな価値十位くらいにある惑星もあるでしょうし金というものが存在しない惑星だってあるでしょう。我我の文明はこの大宇宙の中でも特殊なのではないかと私には思えます。人間は金が無くとも健康でなくても最高に生きることは可能です。そのことを知ったことがこの世に生まれた意味と思うようになりました。
急に寒くなって落ち着いてきました。今年もあと50日足らずとなりこちらからも緊張します。今年は後半は病気や不調に煩わされました。しかし12年前の東日本大震災で3階屋根裏の被害、特に音楽を聴く装置が吹っ飛んで以来11年間音楽をきかなくなりましたが今年姪に森進一が古賀政男の歌だけ歌ったCDを見つけてもらって聴き出してからシャンソンやモダンジャズ、クラシックも聴くようになりました。まだ本格的ではありませんが大震災では家族を亡くし家を流された人も沢山います。そんな人の精神的なショックは私の比ではありませんが私なりにショックはメゾチントの引退まで尾を引きました。造り上げることは大変ですが壊れることは10分でできます。人はこのくらいでというかも知れませんが日々の制作の緊張の糸が切れるとなかなか戻らなくなります。以来音楽を全く聴く気になりませんでした。恋愛や愛も長い間築いたものが一瞬で裏切りや反故にされたときのショックは恐らく人生が吹っ飛ぶか終わりと思うでしょう。愛を失って離散する家族も多々あるでしょうが「愛」を失うということの喪失した人生は大きなものでしょう。恐らく人間はそれに真剣に向き合わずずらして向き合っているからなんとか持っているのでしょう。真剣に向き合う職業である小説家が往々にして自殺をします。人間の実存を考えると本当は皆綱渡りをしています。自殺を人生で2,3回考えない人はいないとよく言われます。誰にとっても人生は厳しいものです。そこに同情や友情など生まれるのでしょう。私は年取って愛を努力してはぐくんできて本当に良かったと思います。一生独身で立派な人生を全うする人もいます。その方が自由で思い切って仕事ができるのかも知れません。でも配偶者や恋人や子がいるのが自然です。複数で居ることによる愛のかたちも人間をより学べるでしょう。87年の我が人生を振り返って無事ここまでよくこれたとつくづくラッキーだったと思います。現在離婚は欧米では50パーセント或いはそれ以上、日本でも35パーセントはいってるでしょう。新しい男女(男男、女女も入れて)の長続きする愛のカタチをつくらなければ精神は不安定になるでしょう。これからの世の中は今よりより孤独になるでしょう。それは社会の変化が大きくそれに合わせて生きるにはよりストレスがかかるでしょう。それを乗り越えるには安定した愛情が大きな役割を果たすでしょう。私が二十歳代には社会にもっと余裕があり大学出て10年くらい画家になろうとしてあきらめても社会に復帰できました。しかし現在は学生運動も無く、就活も3年生から始めます。大学でて単純に2,3年浪人したら何処の会社もとってくれないでしょう。そう言った意味では社会に余裕が無くなったものです。この傾向はますます大きくなるでしょう。或いは中学生から将来の職業を決めないと食べていけなくなるようになるかもしれません。そういった枠組みから外れてもやっていけるのはミュージシャン、アーチスト、芸能人、物書き、フリーのジャーナリストやカメラマンなどでしょう。あと冒険家がいます。そして残りの大多数の2,3パーセントが文明をけん引して残りは二十歳になると一人10万円くらいもらって働く必要は無く自分の好きな趣味をやって一生を終わるような社会になる可能性はあると思います。その趣味が凄いものを生む可能性もあります。とにかく生産の99%はロボットやAIがやるようにはなるでしょうしタクシーも自動運転がやるでしょう。かえって地球の自然は回復するでしょう。それには2,3パーセントの超エリートが稼いでくれないとできません。私は若い頃はこの世に人間として生まれてきたことにむしろ悔いていて梅の木にでも生まれてくればよかったと思ったものです。しかし漸く85,6になって人間に生まれてきてよかったと心より4思うようになりました。そして頭の中には無限に未知の世界が詰まっていると感じています。生命現象は摩訶不思議です。腸内細菌が脳をコントロールしていると最新の科学はいっています。腸内細菌は体の一部ではない他人です。しかし共生することによって親戚からむしろ体の一部化してしまうのでしょう。他者は己れ、これは私が信奉する「自他一如」と同じです。地球人がこれまでに得た知識はまだまだ初期段階で金が最高の価値というぐらいの程度です。人類はもっと高度に進化する可能性を秘めていると私は思っています。とてつもない「命」の価値を。
今日は私としては非常に私らしくないことを書きますがこれは私が実際体験したことで私自身不思議と今も思っています。
9月に救急車で入院しました。入院して分かったことですが38.6℃で3日間水もほとんど飲めない状態でした。2日救急病棟にいて腎盂炎が特定され循環器科の病棟に移され一日抗生物質の点滴で体温も正常に下がったその夜中ベッドに渡してある真っ白いテーブルの上に15㎝X10㎝くらいのセロハン状の半透明の袋が2倍、4倍、8倍そして厚さを増し50㎝X40㎝X10㎝くらいに大きくなったら大きな透明のくらげのようなカタチの生き物が二つ激しくおどりだしました。高さは脚が1メートルくらいあって頭はタコのようでその動きの激しさは半端なものではありません。10分くらい踊っては消えまた現れては踊り最後は畳くらいの透明のまま畳くらいの大きさになって消えました。その翌日真っ白なベッドのテーブルに15㎝X10㎝ほどのセロハン状の袋が現れ朝食のデザートのフルーツゼリーを耳かきくらいの量をテーブルに置いたらそのセロハン状の袋がそのゼリーの上に覆いかぶさってみていたら薄緑色が飴色になって消えました。昼食のときはフルーツゼリーの蓋を全部取りセロハン状の袋でゼリーの入れ物を覆ったらゼリーの表面が乾燥しました。そんな中テーブルの表面がつるつるの白い表面が無色のままいろんなひだ模様が現れてそれが変化するのです。丁度看護師さんが膳を持ちに来ますが私がフルーツゼリーをその得体の知れない生き物に上げていることをしっているのでフルーツゼリーは持っていきません。彼女らにテーフルの表面が変化するといっても白いつるつるとしか見えないといいます。また二人用の病室の天井に35㎝くらいの正方形で厚さ8㎝くらいのくもりガラスいろのプラスチックの空気取り入れか何かの覆いがありその中に半分くらいスズメバチ様のハチが羽音を唸らせてそのプラスチックの覆いが落っこちるくらい振動しています。看護師さんとリハビリ士に見てもらってもハチも見えないし音も聞こえないというのです。これらの現象はおおどこ2日間でした。それから病室の頭側の広い白い壁の80パーセントにモノクロの写真が写るようになりました。多分ロシアの河のようでボートに4人が手漕ぎボートに乗って大きく映っていました。巾2キロはある滔々と流れる大河です。また椰子の木が映っているので中近東かエジプトあたりではないかという風景も写りました。これも2日ぐらいで終わりました。フルーツゼリーも毎回未知の生物に与えてしまうと自分で食べられないのでこの実験は3回位でお終いにしました。このことに関わっていると病み上がりの身にすごくつかれました。それでも対話したいので白壁に大きく模様がでてきて私に対話したいようなので私の日本語の質問は相手は分かりますが決して日本語でも他の言語でも答えないのでこちらから提言しました。私の質問が当たっていれば私が両腕で丸を描き間違っていたらXを作るとしました。彼は他の宇宙から相当前に地球にやってきて日本人の体の中に住み着いて戦国時代、第二次世界大戦にも活躍したというのです。地球に文明が生まれてたったの3万年、宇宙には30万年前に文明が生まれた星、300万年前に文明が生まれた星、3,000万年前に文明が開化した星とこの宇宙にはいろんな段階の星が無数にあるのだ。彼の惑星の文明は1,000万年も昔に文明が始まったので瞬間移動も容易いのだといいます。彼は日本人の体の中でフリーのジャーナリスト兼カメラマンとして仕事をしているそうだ。ウクライナ戦争にも行ってきたという。前述のロシアの大河、中近東の椰子の風景は彼が撮ったものでは無いと言いました。また彼に私が好きな歌謡曲が聞きたいと言ったら「湖畔の宿」「夜のタンゴ」など掛けてくれましたが一番好きなのは「別れのブルース」「幻の影を慕いて」ですがそれが無いと言ったら漸く時間をおいて掛けてくれました。それは隣のナースステーションからラジオを通して聞こえましたが看護師さんたちはそんなの聞こえないと言いました。看護師の当番は2週間に一度くらいで回ってきますが私がいろんな音や幻影が見えるのを覚えていて2週間たった頃は意識して関わらないようにしていましたので現れないと答えました。今でも強烈に覚えているのはクラゲの激しい踊りとスズメバチのケースの中での羽音のすごさです。あと壁一面の大河と椰子の風景です。退院する時その生物に我が家まで来てくれたらまた対話をしようと言いましたが我が家に戻っては何も起きませんでした。このことを姪に話したら彼女の当時31,2歳の娘が膠原病に罹って一番悪い症状の時時々歳老いた賢者風の男が現れアドバイスをしたそうです。でも症状が苦境を脱してからは現れなくなったそうです。姪は高熱の症状を脱した直後の幻想ではないかと言いました。今思い出してもそのくらげ踊りはすさまじいものでした。大抵の宇宙人映画など「ET」みても頭と腕と脚人間と変わりませんが他の惑星の生命体は人間に見えないかもしれませんし全く想像を超えるもので生命体といっても地球上の生命体とはおよそ似ていないと思います。地球上の擬態をする動植物でさえ驚く能力があるのですから我々のすぐ横にいても分からないのじゃないかと思います、宇宙線が我々の体を突き抜けても分からないように。宇宙には何らかの生命体のいる惑星は無数にあると思います。それらは将来地球人の生き方に影響を与えると思います。金以上の価値を作れない地球人はこのままでは先細りになるきり無いでしょう。