昨夜BS3に「英雄の選択」で宮本武蔵が取り上げられた。彼の最後の数年間は熊本の細川公の客分として優遇されそのなかでも最後の数年間は人里はなれに住んで有名な「五輪書」を書き上げました。今では世界の言語で出版されていますが私の友人で国際企業コンサルタントで日本の実業界に少し知られた南ア連邦生まれの彼も英語版を読みましたがさっぱり分からないと言いました。目には感覚器官としての目と内を視る目とあり外の目は全体を見渡して一点に集中してはならない、内の目すなわち心眼は相手の心理まで見通すくらいと集中が必要というように受け取れます。これは何も武芸だけの書ではなく文化一般、哲学にも通じる生き方の書でもあります。彼の水墨画にまっすぐな垂直な細い枝に止まり枝を這っている虫を狙っている鋭い目のもずを描いた絵があり普通の絵師だったらこういう命のやり取りの緊迫感をモチーフにはしません。すごい作品です。彼は墨絵の世界でも新境地を開いています。一生主をもたず全国の大名の客分として丁重に招かれました。したがって全国の文化や技術などを知っていて各大名はそれらを取り入れたのではないでしょうか。細川家は文化を貴ぶ大名としては有名で当時熊本まで京や江戸から著名文化人を呼んでいたことが記録で分かります。彼が19歳で闘った関ケ原の戦い以後は九州の黒田長政側に参加して徳川側で働いたのと最後は島原の乱に跡継ぎと甥とカタチばかり出征してあとは実戦で闘うこともありませんでした。もし彼が何処かの大名に仕えたとしたらかくも有名には成らなかったでしょう。それは日本中を歩かずしたがって珍しい文化や技術をしることも無かったであろうから魅力的とはいえなかったでしょう。そしてもはや剣術の時代ではなく鉄砲が戦争の主役でした。武蔵もそのことは重々心得ていて浪々の自由な身を選びました。豪傑で有名な後藤又兵衛もフリーサンスでした。私は「五輪之書」は一度通読しましたが20代で何もわかりませんでした。その頃はインドのタゴールの詩集を愛読していました。大体私は読書家ではありません。もしかしたら今が「五輪之書」を読む時期かもしれません。老子道徳教も宇宙の混沌からすべてが生まれたとあり20代では何が何だか特に禅の房残

坊さんが書いたものはますますわかんなくなりました。一番分かったのは横浜国立大のアメリカ文学の先生が英語から翻訳したものが分かりました。地球物理学者の寺田寅彦も老子道徳教をドイツ語で通勤の電車の中で読んでよくわかったと書いています。かつて日本の建築家がエレベーターのことを「自動昇降機」といって注文者を煙に巻きました。権威づけたいからです。あちら言葉をそのまま使ったりと。一握りのインテリと多くの大衆を隔ていわゆる「ひょうたん文化を維持しようとしました。今は有難いです。パソコンもっていれば大学出るくらいの知識は身につけられます。話はいつものように横道にそれましたが現代世界は何が真実で何がフェイクニュースか区別ができなくなりつつあります。こんな時こそ「五輪之書」や老子道徳教を真剣に紐解く時でしょう。