今日は少しゆっくり起きました。この2,3日ロールキャベツなどで奮闘して疲れたので6時に起き風呂に入り家内を起こし室内トイレを捨て家内が風呂に入ってる間に食パン半枚を二切れミックスチーズを載せてオーブンで8分焼きます。それと自家製ヨーグルトにブルーベリージャムを入れ家内だけそれに練乳を入れます。やっと体重も32キロ台になりました。コーヒーを大キャフィチエに沸かしそれで1日間に合います。我が家は来客も結構あり我が街で一番安い焙煎した豆1㎏入りを買います。そして挽く前にフライパンで5分ほど焦がしなおします。そうすると皆美味しいといいます。1㎏で¥1,000です。私の収入ではこれで充分です。私の所は気分よく歓迎するのでコーヒーも実際より美味しく感ずるのでしょう。気分も味のうちです。
わが家ではハンバーグはまず作ったことがありません。今夜NHKのEテレでハンバーグ作りの番組がありお美味しくできそうなのでその内やってみましょう。1昨日電気魚焼き器のタイマーが壊れたのでホームセンターに行って魚焼きの網など研究に行ったら昔使っていた蝶番式で底が石綿(今はセラミックになっている)のがあって2日後にセミプロ用のガス台が届くのでそこでこの網で焼いたら意外と美味しいかも知れません。第一安いしすぐ焼けます。洗うのも簡単です。今日皮つきの青魚の焼き方の番組がありたとえばサバは3枚におろし金串を縦に3本刺し皮に太い4,5本束になった針で皮を突っついて穴をあけ塩も振って皮から先に焼くと絶妙な焼きサバができます。店では備長炭を使いますが家では前述の金網でガス台で充分焼けます。今度買ったガスコンロは同じ大きさの火口が3つ横に並んでいるので料理がし易いです。火口を細めれば小さい直径の火口として使えます。火口が強くないと中華の炒め物は美味しくなりません。昨日リサイクルの店で大きな部厚いアルミニュウムの無水鍋が¥2,900でありました。冬は多くの時間台所に石油ストーブを点けるのでこうゆう鍋は利用価値がありそうです。リュックに入れて(入らないかも知れない)自転車も片目ではやはり危ないので友人に頼むしかありません。
もう冬籠りの体制もできたので閉じ籠って考えたり文章を書いたり音楽を聴いたり止めていた読書も出きるかも知れません。先日買った山本七平の業績をまとめた本はあれ以来全然読んでいません。本屋で立ち読みしただけでもう確認できたのかも知れません。ものの数分で1冊の本を全部把握できる人がいるそうです。頭の中で凄い計算ができるように神業的把握能力のある人はパラパラめくっただけで全体を理解できるのでしょう。私は世の中に天才と言われる人は脳の回転が凡人とは全く違うと思います。思考回路が違うのでしょう。
我々凡人は地道に積み重ねてあるとき思わぬ飛躍を待つきりありません。人生の価値は所詮自分で感得した量です。譬え微量でもそれに感動すればいいと思います。食の感動だって本人が一杯の粥と梅干で至福を感ずるなら山海の珍味で美味しく感じない輩より天の祝福を受けていると言えます。自足に勝る境地は無いでしょう。ギリシャの哲人が樽に住んで王が召し抱えたいと訪れたとき丁度王の影が太陽を陰らしたのであなたが私にすることはそこをどくことだと言ったとかエピソードが残っていますが昔は人間がそれぞれにBigでありましたしその生き方に命を賭けていました。洋の東西を問わず人間が気悠壮大でした。そしてそういう人間の壮大さを貴人は大切にしました。今人間は昔に比べたら物質的にも法的にも守られていますが逆に勇気や公正や正義が地に落ちました。「命」を賭けられなくなるということは精神の礎が崩れるということのようです。
人間がただそこに居るだけで存在感があった明治期の軍人を当時士官学校を出たばかりのマッカーサーが日露戦争参観の折明治の元勲をみてそして百年後の東京裁判の軍人たちをみて人種が違っのかと言ったと伝えられています。現代ではまず金が稼げるから職業を選ぶそして有名になってから本格的に蓄財に励むようなような人間が圧倒的に多いです。私はそれを駄目とは言いませんがその精神構造では本当に偉大な人物には決してなれないことは確かです。
私はクレーが1914,5年に彼の日記に書いたように「靴の踵についた泥ぐらいの値打ちしかない」と当時の精神情況を述べています。以来それを心に刻んでおります。人間はこうあるべきという観念が強く従って時代に乗ることはできません。それが今失敗ではなかったと思い始めています。人間を基準にし過ぎるととんでもないことになることを人生の途上で何度も経験しています。青春を最後まで貫くことが未熟のままでも大切なことをしみじみ感じています。それだけが私の奥で暖かい燈火となっています。大人になりきれない私です。