ここ3日ほど連日35℃を超す暑さですが何とか過しています。昨日は7時半から始めて能シリーズ2を2枚刷り版を洗って終わったのが10時半その時のアトリエの温度が34℃で印刷中にインクをつめた版が乾かないかと気が気でありませんでした。でも何とか2枚できました。34℃となると油性のインクでも油成分が蒸発します。猛暑中は印刷はしません。
今日は2ケ月に1回の黄斑前膜の術後の定期検査です。間もなく丸2年になりますが通わなければなりません。これで目を管理してもらっていると思えば煩わしくも思いません。自転車のタイヤの空気がないのでパンクかなと思って自転車店にいったら4月以降空気を入れないんじゃ多分パンクではなく抜けたのだろうといっていれてもらいました。
去年買った大型店が閉店しその姉妹店がまた今年3月に閉店しもう一軒は遠いので行く気がしません。それで別系の大型店に行きました。いろいろ点検してもらいましたが只で有難かったです。
帰りあまりに暑かったので公園の水道で頭から水をかぶりなんとか帰宅しました。小さなポットに氷水を入れて持っていったので本当に助かりました。暑さに超弱い私ですが点滴も打たずに頑張っています。
実は昨日メールが入りました。年に2回くらい交信する大学の寮で1級先輩の方でメキシコに50年以上住んでおられます。大学時代は空手部の猛者で宮本武蔵みたいな人と思っていました。彼は同室の後輩に毎日額を剣道の竹刀で叩かせていたそうです。その彼が大学卒業して敗戦後漸くボロ鉄を使って建造したカツオ釣り船をメキシコに届ける船長補佐として出航しましたがその船がハワイの手前で浸水しドックに入れて3ケ月穴を補修して漸くメキシコについたら注文主が倒産してスタッフが帰れなくなりました。以来思っても見なかった以後メキシコぐらしが始まります。その後日系一世の名家の御嬢さんと結婚し娘二人ももうけました。商売も順調にいってたあるとき中国の算命学に出会い興味が湧いて日本の宗家で徹底して研鑽を積みたいと奥さんにいったらいいという返事で軌道に乗った商売を閉じ日本の宗家で丸2年研鑽を積みメキシコに帰ります。算命学の印可を取得したから金が入るわけではなく奥さんが生活を支えていましたが奥さんが60代前半でなくなりました。それからも彼はメキシコの人々に算命学と人間学を教え続けます。そして今彼は85歳この1年来お弟子のひとりがメキシコシテイから1,200㎞離れた牧場内に講演室を備えた建物と別棟に彼の住居を新築してくれ基本的にはそこで生活していますがこの1年来奇跡が起きたように月のうち半分メキシコシテイを中心に講演に招ばれ特に女のグループが多いそうです。今までは最低の収入でしたが今急にお金が入るようになりました。自分でもこの運命の転換にびっくりしているほどです。今年はメキシコ人の世界的なオペラ歌手とピアニストを連れて短期間日本でのコンサートの案内役に頼まれ娘さん、実家に寄る時間が無く帰ったので9月にたった1週間家族と友人に会いに帰ると昨日連絡がありました。私には途中下車して3、4時間会おうと言ってくれてます。勿論快諾しました。私には60年ぶりです。
年に2回くらいの交信ですが文章の端々にでる人間の了解は私などとは次元が違います。なるほどと感心します。算命学とは人間内の宇宙と大宇宙の調和学かなと思うほど分かり易いです。我々の卒業した水産大学(今の東京海洋大学)特に寮は軍隊みたいなところがあって先輩後輩の言葉遣いもはっきりしていました。そんなところを卒業した先輩の彼が全くタテ的感覚がなく人間を水平に見て言葉遣いがデリケートで最初びっくりしました。やはりメキシコでこれだけ尊敬されているにはそれだけの理由があるのでしょう。私もフランスで彼のような人間になりたかったのですが引き揚げてしまいました。
私の理想自分のことを一生懸命やっていつの間にかメシが食えるようになるそして最晩年にはある程度の金があるという人生です。残念ながらその2歩手前で終わりました。しかし身近に彼のような素晴らしい人生をみるとやはり勇気が出ます。9月の60年ぶりの再会が楽しみです。