こうして今朝も5時20分に風呂にお湯を入れる間仏壇の水を取り換えお線香をあげて風呂に入って3階屋根裏部屋に上がってPCを開くことができるだけで今日もラッキーだと思うようになりました。去年までは当たり前に思っていたことが有難いのです。そういう意味では老いるということは単純に帰り生きてるだけで有難いと思えるようになったということは素晴らしいことではないかと思います。

昨夜から雨のようで普通は風呂の電気は必要ないのですが今朝は薄暗く点けて入りました。この季節の雨は今までは心が安らぐのですが何となく気が沈みます、でも落ち着きます。

昨日は自転車で往復8㎞病院と市役所を回りました。午後は疲れて何もせずテレビの前で半分は眠りました。筋力が弱っているせいでしょう。でも体は少ししっかりしてきました。医師には注意して乗るように言われました。帰り裏通りで私より2,3歳上と思われる男性がよたよた自転車をこいでいるので声をかけました。顔色があまり良くないと感じました。昨日の朝は久しぶりに家内の姪夫婦がきました。夫は70、姪は64,5やはり若いです。姪は私たちがフランスから引き揚げた歳より1年多いくらいです。今考えると60代初めは夢のようです。

この頃はめったに来客はないのでやはり活気づきます。クルマを手放してから年上の友人の家をまだ訪ねていませんがその内自転車で行ってみようと考えています。もう少しで個展の額装は終わりであとは案内状の宛名書きがあるくらいなので屋敷内の雑草が急に伸びたので刈らねばなりません。軽い電動草刈り機がありますが腰を痛めないよう注意が必要です。今年は何とか住居の屋根を銀で塗らねばと思っているのですが体調が許すか、銀のペンキは2年前に買ってそのままです。去年は体調が悪く無理しませんでした。フランス時代も部屋のペンキ塗りも電気の配線も便器の石灰の付着も硝酸などで溶かしたり17世紀の建物を懸命に修理しました。家主は賃貸を申告しなかったらしく入った当初もぐりで住んでいた子持ちの女がいました。今考えると戦前か戦争直後の映画のような現実で同時期パリに居た日本人同業者でこういう住居にいた人は少ないと思います。夜遅く映画などから帰ると階段の上がり口に酔っ払いが寝ていて家内とそれをまたいで上がったものです。また皆黒い子猫と母猫が住みついていましたがある日母猫が殺されたか轢かれたかで居なくなって5、6匹鳴いていましたが皆居なくなりました。本能的にそれぞれ独立していったのでしょう。今思うと1970年代に渡仏したことは実によかったと思います。パリ特にマレー地区(パリ20区の3と4区の通称)には廃墟が外から見えない奥に結構ありました。

有名な映画「第三の男」の制作の経緯は敗戦直後のウイーンの廃墟をなんとか映画にして残そうとしたのがきっかけなそうです。監督はイギリスの名匠キャロル.リード、キャメラマンも名手でその相談をウイーン郊外の湖畔に有名なレストランカが数軒あるらしくそこで話し合いがもたれました。レストランの主人は世界的な映画監督に少しでも喜んでもらおうと友人の音楽家でチター奏者を呼んで弾いてもらったそうです。その音楽に感動し映画の主題歌を依頼し映画もその音楽も世界で喝采されました。この話は名は忘れましたが戦後音楽留学をした日本女性がアントン.カラスの知遇を得てチター奏者になりました。そのときこの作品にまつわるエピソードを聞いたそうです。このチターという楽器はかつてドイツやオーストリアの音楽大学ではピアノ、ヴァイオリンと一緒にチター科が必ずあったそうでゲルマン圏では大切な楽器だったとのことです。この女性のチター曲のSPレコードコレクションをラジオで聴きましたが心に沁みるものでした。美輪明宏は先日今の音楽にはメロデーもハーモニーも無くあるのはビートだけでこんなの音楽じゃないといってました。リズムの強さを競っているうちに音楽がエモーションを掻き立てるだけになってしまいます。強さと個性といって異常さを競っている間に音楽の女神は姿を消してしまいます。人間が本当に心に沁みる音楽、文学、絵画などを経験したときは心は豊かになり人を傷つけようとはしないでしょう。ナチは意識的計算的に国民の感情を扇動しました。音楽が一番効果があったでしょう。ロックコンサートなどが若者を魅き付けるのは何千何万という聴衆が醸し出す独特の魅力の虜になるからでしょう。音楽の質とは関係ないかも知れません。演出の力でしょう。行く前に虜になるためにいく己自身それを期待して洗脳されるのでしょう。それは音楽ばかりでなくあらゆるファッション(衣類。食品、クルマ、生活の隅ずみ)と低通している意識でしょう。アナログ人間の私にはデジタル文明は合いません、否応なしに世界はそうなっていきます。現実の片隅でできるだけ目一杯気に入った生活を維持しようと努めています。語り合える友人も亡くなっていきます。でも若くして死んだ人生の友と再び語り合うことができるようになりそうです。これも歳をとる効用かも知れません。