昨夜寝る前に11時ごろ床にうつ伏せになってEテレを回したら石牟礼道子のドキュメンタリーをやっていました。かなり眠かったのですが我慢してみましたが途中から消して寝ました。彼女は既に車椅子で嘗て取材した水俣患者を再訪した模様を報じていました。パーキンソンで90歳で施設で亡くなったそうです。代表作「苦界浄土ー水俣病患者」を昔読んだような記憶がありますがさだかではありません。或いは「唐行きさん」の作者と混同しているのかも知れません。最近自分の脚腰の痛みに捉われていて弱気になっていましたが水俣患者の古いドキュメントを見て自分の弱さが恥ずかしくなりました。かなり眠くなりテレビを消して眠りました。翌朝5時20分に目が覚め風呂にお湯を入れて8分半の間テレビのEテレを見たらちょうど日曜の宗教の時間にイスラエル人女性記者でパレスチナ占領地区の担当でパレスチナの真実を伝え続けているアミラ.ハス氏のインタヴューがあり風呂に入ることを止めて30分ばかり聴きました。彼女の両親はユダヤ人強制収容所の生き残りでイスラエルに移住しイスラエル人がパレスチナ人にかつて自分たちがされたと同じことを今度は加害者としてやっていることに非常に痛みを感じていたそうでイスラエルに生まれたアミラ記者もそのことを同じく痛みと呵責を感じてそれを世界に伝えていて時としてイスラエル国民の一部から非難されてもいます。番組を途中から見ましたがイタリアの作家プリモ.レーヴィについてやっていました。レーヴィはイタリア系ユダヤ人でレジスタンスに参加して1943年にナチに捉えられすぐ強制収容所に送られ1年半後に解放され後化学者として働きながら収容所での体験を書いて世界的に有名になりました。彼はイスラエルのパレスチナ人に対する行為を非難しつづけましたが50歳のときアパートの階段から落ちて死にます。自殺か事故かは分かりません。アミラ氏が最初レーヴィのことを紹介したのは自分と同じようにイスラエルのパレスチナ人にたいする行為を非難するユダヤ人の有名な作家を例にだしそして強制収容所の生き残りであった彼女の両親の心の痛みへとつなげていったのだと思います。昨夜寝る前の石牟礼道子さんの水俣のドキュメントと目覚めてすぐアミラ.ハス氏のパレスチナ問題と期せずして私の怠惰の心を世界の現実へ引き戻しました。アミラ氏は福島原発事故の処理現場や沖縄を訪問して現地の人たちの考えを聞き原発が危ういところに立っていることを感じ沖縄では彼らの運動が大勢に追いやられて影を薄めている実情を感じました。彼女は取材して書きたいことが心の中で山積しそれが心臓に突き刺さっているといってました。
これらのことが引き金になりわが58年のアーチスト人生いかに中途半端だったかを思います。ただ中途半端ながらそれを割り切らずに忸怩たる思いを継続してきたのがせめてもの救いとも思います。歳を取るに従い自分は子も育てず碌な仕事もせず82歳まで生きてきたこれからは生きるためにできるだけ無駄はしていけない最低のエネルギーで生きようと考えています。そして自分が真剣に考えたことをブログを通して伝えたいと思います。
アミラ氏は最後にあれだけ苦難を強いられながら神を信じ子を愛し絶望しないで生きているパレスチナ人をみてそこに希望を感じていると結んでいます。