お盆過ぎたら急に涼しくなり大いに助かります。お盆中は何もなかったので数年前から考えていたことを実行することにした。アトリエの高さが3.6mありそこに鉄の梁が4本むきだしになっていて下から見える底辺の部分だけ赤、黄、緑、紫で塗ろうと数年前から考えていましたが高いし色んなものがアトリエにあり片付けるのがやっかいで実行しませんでした。壁も10年くらい塗りなおしていないのでなんとなく薄汚れていて空間がきりっとしなくなっているので空間にめりはりをつけようと考えていました。もう3年くらい高さ2m.の脚立に登っていないし体も効かなくなっていますので実行できませんでした。しかしことしは震災がありかなり内部のものが壊れ1ヶ月くらいかかって片付け落ち着いたものの暑さも手伝ってこの2ヶ月は回転休業でこのままだらだら9月を迎えるのは避けたいので急に実行しました。案ずるよりは生むが易しで半日ずつ2日で終りました。私の職業で一番大事なものは銅版を印刷するプレスですが私のは特注で1.5トンあり電動です。しかしモーターが動かないときのため直径1.2m.の鉄パイプに6個の腕(ワーム)と中心に軸がありそれをはめて手動で回転できるように補助としてあるのですがいままで使う必要は1度もありませんでした。8,9kgあります。これに4種の色を塗り分け壁に取り付けたら迫力があるといつも考えていました。これは梁の底辺を塗るより遥かに大仕事です。それは格好良く安全に取り付ける難しさです。色々考えて滑車で吊り上げて固定することにしました。友人が滑車探してみるといってくれたのでそのうち固定でき9月から改まったアトリエで仕事を再開できそうです。なにしろボロ家を繕いながら利用しているので苦労しますが金にあかして立派なアトリエを最初にばーんとつくるより除じょにつくり上げたほうが雰囲気がでるものです。音楽も思いがけない専門家の友人がひょっこりきて彼の国際パテントである音の雑音を取り除く部品を挿入してくれたので少し引き締まった空間で音楽を聴くのも楽しみです。自分ひとりで空間をつくったように考えますが実は色んな人の心が参加して出来上がっていくのです。只今回の大地震で畳1畳半、2枚の天窓が開かなくなり例年そこに1枚網戸を入れるのですがそれができませんで空気の通りはちょっと悪かったです。でもそれも終わりです。時はあっという間に過ぎていきます。山頭火など仮住居に滞在してはそこをあとにして放浪(行乞)の旅にでてまた俳句仲間に紹介してもらって仮の住居にしばし滞在し59歳の生涯を閉じました。かれの人生は大変でしたが、今彼の作品は多くの現代人の心を洗ってくれます。現代の日本の住居は平均30年で建て替えます。もったいないです。繕って100年はもたせたいものです。住居がそんな具合なので人間にも重厚さがでなく安っぽいのでしょう。人間が安っぽくなると政治も、芸術も、なにもかも深みに欠けるようになります。今どんな家にも安っぽい衣類が500枚くらい眠っているのではないでしょうか。大量生産、大量消費、大量廃棄の文明はかなり人間の内と外を駄目にしたのではないだろうか。掃除をすると心の掃除になると禅宗では特に掃除を重んじています。掃除ばかりでなく身辺を整理すると心も人間関係もすきっとしてくるのではないでしょうか。わたしは掃除好きでないのでいう資格はありませんがたまに掃除とくに雑巾がけをするとこころが落ち着きます。今年、2年ぶりでシャワー室を塗りました。前回少し塗り残しヶ所があって気になっていました。今日水性ペンキは実に強くなりました。接着剤やペンキ類の進歩はすごいものがあります。日本人は何でも人に頼むようになり過ぎてしまっています。これから何か起こったら何にもできないのではないでしょうか。とにかく多少不細工でも自分でやることは楽しいものです。今の現役の人たちは休みの日にそんな余裕はないのかもしれませんし第一工具が揃っていないでしょう。私など大抵は揃っています。まだないものは電気溶接機、電気釘打機、電気カンナくらいです。道具好きは母親譲りです。親父はなにもできませんでした。不器用者でした。今日は8年間お世話になって2ヶ月前亡くなった友人の偲ぶ会がありその発起人になっていて彼の奥さんから最初に何か喋るようにいわれています。このようなことは稀ですが真心こめて思い出を語りたいと思います。クリスチャンですのでお盆は関係ありませんでした。1週間前鎌倉に墓地を求め納骨されたということでタイミングもいいです。アポリネールの詩に「ミラボー橋の下をセーヌが流れ日が暮れて鐘が鳴り月日は流れ、私は残る・・・・・」がありますが友人の多くが私より若くして逝きます。彼らの分頑張らねばとこの頃元気が出てきました。