私は月に1,2回2キロほどの白神こだま酵母でパンを焼きます。もうかれこれ6年ぐらいになるでしょうか。パリ時代は10年以上納豆を自作して友人たちにあげて喜ばれていました。パンづくりは年とってくると練るのがたいへんです。腰を入れてやらないととても腕だけではつかれます。パンも発酵食品です。何か発酵食品のわかりやすい本をさがしたら最近人気の発酵学者の小泉武夫さんの本をみつけ三分の一ほど読んだところです。日本も他の酪農の国々に負けず発酵の国であることが分りました。まず鰹節、納豆、味噌、醤油、糠漬けなどが代表でしょう。その他魚と飯を漬け込んだもの、魚醤など日本の緑茶などは摘んだ葉をすぐ蒸すので発酵茶ではなくウーロン茶は摘んでしばらくおくと葉についていた酵素が作用して変化させるそうです。同じ葉に細菌をつけて発酵するのは酵素発酵とは違った効用がでるそうでプーアル茶がその代表で4,5年前本でプーアル茶がウーロン茶よりいいと知って以来ウーロン茶の変わりにプーアル茶を常飲してます。この茶は脂肪分を分解するそうです。私は朝は緑茶をミルで粉末にして大カップに一杯、同じく大カップに一杯インスタントコーヒー砂糖を入れずに飲みときどき食パン一切れにジャムか溶かすチーズをオーブンで焼いてそれだけです。たいていはお茶とコーヒーだけです。そうするとお昼には結構お腹が空きます。11時には昼飯です。とにかくよくお茶類はのみます。昼はプーアル茶これは何回もでるので経済的です。私はお金を一杯つかって活動的よりも金使わないで心配をしないほうがよりよい生き方と思いそう実行しています。生来隠者的にできているのでしょう。心安らかで誰がきてもゆったりして歓談したほうがいいと思っています。岡倉天心の‶茶の本"に先ずお茶を一服立てて心をなごませよう、と書いています。皆他よりもいい車や家に住んだりまた文明が生み出す利器をできるだけ利用しようと懸命に金を稼いでいますが昔とちがって食えないということはないのでもうすこし心をゆったりできないのだろうか。何はなくてもお茶一杯で歓談できる筈です。とにかく人間が文明に追われるようになってしまいました。ギリシャ時代樽の中に住む乞食哲人がいて王がとりたてるからお前の知恵で仕えなさいといったところここを離れる気はありません。自由が俺には何よりも大切だと答えたという話があります。人間が金以下になりすっかり栄光を失ってしまったものです。宗教家の紀野一義氏が昔の日本人は‶ただやる"ということのできる人がいたが今は金のため何々のためといって‶ただやる"ということができなくなったと嘆いていました。これは何も日本ばかりでなく世界に起こっているいることです。社会が人間をつくるので金中心の社会ならそれにそくした人間ができるわけで不思議でも何でもありません。話はいつも横道にそれますができるだけ人類が長い時間をかけてつくりあげた発酵食品を自らつくって、できるだけ米を食っていきたいものです。このままいくと死んでも腐らなくなってしまうかもしれません。微生物もよりつかなくなるかもしれません。