一人の人間が世に出たり一つの傑作が世にでるには神の僥倖としかいいようのない人との出会いが必ずといってもいいほど存在するものだ。城山三郎が東京裁判でただ一人の文官の死刑者広田弘毅の小説を書こうとして遺族に面会しようとしても一切できず門前払いであったそうですがあるとき文壇のゴルフ大会があってたまたま大岡昇平とタクシーで3時間同乗する機会があり弘毅の遺族に会えない話をしたところ彼は弘毅の三男と小学時代からの友人であり彼のほうから頼んでみると約束してくれ後会うことができ多くの貴重な話を聞きだすことができました。また一生結婚せず母とくらした弘毅の娘二人から話を聞こうとしたら拒絶されたそうですが粘りに粘って襖の隣で弘毅の三男である兄と二人の姉妹との父との話を城山が別室で聞くという形で記録したそうです。弘毅が処刑される前彼は子供奥さんに彼のことは一切話してはならないと云い含めたそうです。それを遺族がしっかり守ったということです。目下城山三郎の弘毅の伝記小説「落日燃ゆ」の四分の三ほど読み終えたところですが弘毅は戦犯として巣鴨に収監されるとき彼自身どんな理由かわからなかったそうです。同じ巣鴨に収監されている元陸海軍大臣で弘毅の和平路線を踏みにじった何人かが彼を収監の中にみてみな意外な顔をしたそうです。弘毅は命を張って最後まで和平の糸口をみつける努力を続けたそうですがことごとくかれの努力を軍部の暴走というかたちで無にしたそうです。かれは常々外交の敵は米英ソでなく軍部だといっていたそうです。誰がみても広田弘毅は戦犯になるべき人ではなかたようです。そして彼は一切の弁明をしなかったそうです。政府が軍部の暴走を止めようとして上海から軍隊を進撃するなと命令しても南京を陥落させもっと奥地の漢口まで進撃したそうです。そのため南京虐殺というぬぐいされない傷と恨みを中国にあとあとまで残す事になりました。その当時南京には30万はいないので30万虐殺はあり得ないという専門家もいますが中国にいっていた人たちからわたしが聞いた話でも強姦したあと大根を膣に差し込んだり部落の土塀の門を開けないと部落に火をつけてあぶりだしたそうです。戦争は大なり小なりこんな事をするのかもしれないが中国ではちとひどかったようです。ビルマやインドネシヤでは敗戦後も現地に残って軍事指導者となって帰国せず現地の独立運動を助け骨を埋め勲章をもらったひともいます。エリート教育を受けた軍の幹部の半分以上は背走するようになるとひ弱い馬脚をあらわして部下に軽蔑されたそうですが本当の武士道精神をもった部下を愛した上官もいたそうです。わたしが城山三郎に感動するのは昭和20年8月14日まで日本人がもっていた愛国精神の核を失わずに人間の正義を考え続けそれを不当にも日の当たらないまま逝った人間の真の姿を掘り起こすことを一生やり続けたことです。敗戦以来日本人が駄目になったのもこの敗戦以前の日本精神というものをとことん追求することなしに簡単に日本丸の舵取りを安易に切り替えたところに日本人の真の自信を形成できなかった欠陥があるとわたしはみています。戦前の日本人の精神の核を維持できていたら古老など若いお前らそんなに金金っていうな贅沢するより人の道が大切なんだ。仕事は社会を動かすために大切なので知識層は命をかけて勉強をし日本の舵取りを誤らせないようにしなければならないんだと。しかし軍部の暴走を政府が止められなかったのは国民が中国進軍に熱狂したから軍部も国民の輿論を味方にやりたい放題しました。この戦争は日本が負けてよかったという人はおそらく多数でしょう。もし途中で講和が成立し戦争が終わっていたら今頃軍部の横行は目にあまっていただろう。しかしまけた負の遺産は自分の国を自分たちで守れないで63年きてしまい自国を守るという意識がほとんどなくなってしまったこの危機意識の失せた腑抜けの国民にしてしまった、したがって教育の核になる人間の目標もなくただ利益をあげることしか目標を設定できなくなりました。この混乱の源が精神的な敗戦処理を行わなかったことが原因とわたしには思われます。一国の復興には魂の復興が欠かせません。今必要なことは日本の自然と農村の再生、米をつくることが国の根本であり日本人にとって主食は米でありそしてそれに見合った副食がありそして国民総勤勉であり日本が食糧ばかりでなくおおくを自給自足にもっていき豊かになり余裕の分で困っている国を助ける、基本的には自立できる国にしなければ国民に真の自信と独立心は形成できないでしょう。このように述べると戦前の天皇中心の日本に逆戻りと思われるかもしれないが人類が知的にもっともっと進化すれば天皇制とか王政など必要なくなりますが現在のレベルではこういった機関の存在が機能するでしょう。或いは当分人類は本当の知的レベルがあがりこのような機関が必要ないほどに進化できるかはなはだ疑問ではあります。民主主義というシステムだけが唯一絶対の権威であるような社会はユートピアかもしれません。人間は常に権威というものがないと統率されません。そこに魑魅魍魎の跋扈する場が醸成されるのでしょう。世は権威の闘いの中で勝ちを占めたものが時の権威の座にのぼりそれが弱まると次ぎの権威がその座をうばう。人類が存続するかぎり永久に闘争はなくならないでしょうがそこに不正や不正義がないように十分国民が知的に進化する教育の国家にならなければ再び太平洋戦争突入のような誤りを繰り返すことがありうるだろう。世界が何とか平和を維持するには各国の指導者の粘り強い忍耐をもつことが必要でしょう。20世紀までは欧米いわゆる白人の生んだ人間観、指導原理でおこなわれてきましたが21世紀はアジアの人間観の原理によって新しい文明を生まなければ人類は坂をころげ落ちることになるでしょう。今アメリカの多くの州の経済が破綻から破産状態になってきているようです。世界一富める国と思われていたアメリカに大きな穴がぼつぼつあきはじめていることが急に顕在化してきました。これはわれわれ素人の目には経済、金融が実業から幻想産業になりそれがさらに幻想化し実体の無いものになってきてしまった。これは何も経済、金融ばかりでなく文化も実体の無い質のないものがメデアの力によってあたかも価値のあるものに仕上られそれを短期間に終息させまた新しいものにとって変らせないと経済金融が機能しなくなるシステムが20世紀のシステムなのである。これは安い石油のエネルギーによって現出維持された文明である。地球を痛めつけた文明である。これが永劫に続く筈はなく20世紀型文明の終焉は急速にその姿を現してきました。地球に存在する人間以外の存在物からの逆襲ともいえます。とにかく白人の覇道から自然との共生と人間が自然の一部との認識をもつ東洋の理念の復権の新しい文明への自覚を持たねばと考えます。また世のため国のために尽くし顕彰されず不当に死んだ同胞を埋もれさせておいては日本人の自信と勇気を再生することはできないでしょう。子供たちは近代、現代史を十分学ばなくてはならないだろう。国立大学は数年前から第3セクターになり予算など減り産学協同をする学部も多く企業から金がでる学部は研究費も潤沢だが陽の当たらない基礎研究などはどんどん研究が進まなくなる危険があります。大学でさえ企業の利益のための研究がおおくなると学問そのものがデフォルメされ利益を求めるだけの方向がますます顕著になり文明の危機、従って人間解体への危機はさらに突き進むでしょう。利益オンリーの文化がこれだけ若者のエネルギーを萎いさせています。何回も書きますがモードのコレクションのデフィレ(発表)観ていると人間真面目な顔してこれほどに馬鹿になったのかと感じます。これをしないと生地メーカー、プレタポルテ、ハンドバック、帽子、靴アクセサリー、、化粧品、美容師。小売店、モード雑誌etc存続できないのです。クルマメーカーがつぶれると子、孫、零細下請け、販売、専門誌など膨大なそこで働く人間が食えなくなります。このようにして文明はなりたっていますが結果地球資源の枯渇と環境の汚染や地球環境の危機的状況が顕在化します。人類が文明なるものをやりだしたときから今日の情況は必然だったのかもしれません。しかし今生きている我々は短期的にでも地球と日本を蘇生しなければなりません。日本は価値の転換をはかれば非常に有利だと思います。将来金より水が貴重になると予測される今日自然を守ればまだ水の心配がなく農業をする農地もまだあるし、養殖漁業も進んでいる、林業だって再生可能です。アメリカなど長い単一栽培で土の無機化が起こり地下水の減少、更に温暖化による砂漠化は進み一大食糧生産大国が将来どうなるか心配です。海水の淡水化の技術でも日本は進んでいます。それをシステムぐるみ売り込む体制は一歩遅れているとクローズアップ現代でいってましたが。とにかく将来にむかって日本は有利だと思います。日本という国を誇りがもてる国に再生していくことが何よりも大切で戦争中のように国民の魂が乗っ取られるようなことのないよう冷静であることも大切である。これは何も日本ばかりでなくナチスに乗っ取られたドイツ国民にもあてはまることです。この頃皇室のことを自由に論じられないような雰囲気が何となく醸成されているような気がするのですが。シベリヤ抑留のとき収容所で少数のヤクザもんに支配されたにがい経験があり日本人の悪いこの面を常に自覚することは大事でしょう。とにかく日本を神がかった国にしない注意が必要です。政治見ていると日本がよくなる兆しはまだ残念ながら感じられません。でも大丈夫でしょう。