愛する魂の冒険者たちへ

 

 

 

あるとき、次男が、

 

幼なじみの友達と

 

泊まりがけで

 

鎌倉に遊びに来たことがあって、、、

 

 

 

 

(うちに泊まっていいよ、

 

そのあいだ、

 

パパは

 

田宮さんちにお世話になるからと

 

言ってあったのです)

 

 

 

 

当日、到着した次男が

 

荷物を置いて

 

いっぷくしたあとに

 

「特に予定立ててないんだ。とりあえずご飯食べてくるよ」

 

と、にかっと嬉しそうに笑って

 

友達といっしょに

 

出かけていきました。

 

 

 

 

 

それ、いいねえ、と思いましたよね。

 

青春、楽しんでね!

 

 

 

 

 

さて

 

人生でも、

 

生まれる前に、

 

特に予定を立てずに

 

地球を楽しみに

 

生まれてきている魂もいると

 

聞いたことがあります。

 

 

 

それ、いいねえ、と思いましたよね。

 

人生、楽しんでね!

 

 

 

 

 

はあ〜

 

地球よいとこ

 

いちどはおいで〜

 

どっこいしょ!

 

 

 

 

 

 

 

そういえば以前

 

鎌倉の砂浜を散歩していたら、

 

お馬さんと出くわしました。

 

 

 

数頭のお馬さんが、

 

マスクを着用した紳士とご婦人を乗せて、

 

砂浜の上を歩いて行きます。

 

 

 

お馬さんの優しい目って、

 

つやつやしてて、好きだなあと思うんです。

 

 

 

 

 

 

砂浜にもう少し草が生えていれば、

 

道草を食うこともできたでしょうに。

 

 

 

何なら僕の家に遊びに来てくれれば、

 

庭にたくさんのおいしそうな草が生えているよ・・・。笑

 

食べて食べて。

 

 

 

落とし物されそうだけど。

 

 

 

 

そう、

 

道草を食う

 

という表現がありますが、

 

これってもともとは、

 

 

 

 

お馬さんが目的地にたどり着くまでの間に

 

道端に生えてる草をむしゃむしゃ食べながら

 

のんびり行く様子

 

から生まれた

 

慣用句らしいですね。

 

 

 

 

 

という事は、

 

昔の人の誰かさんが、

 

道端で草をはんでいるお馬さんを見て、

 

道草を食う

 

という表現を思いついたわけです。

 

 

 

 

 

「お馬さんってのは、

 

そういうもんだよね、

 

道草を食う生き物なんだよ」

 

っていう目線で・・・

 

 

 

 

誰かさんが

 

お馬さんを見ていた気がして・・・

 

 

 

 

なんとなく

 

ほのぼのとしてきます。

 

 

 

 

 

人の場合は

 

「道草食わないで帰ってきなさいよー」

 

なんて

 

主に子供に対して言いますけれど、、、

 

 

 

 

道草の部分に、

 

むしろ豊かな何か、

 

思い出を作ってくれる何かがあるような気もします。

 

 

 

 

おおいに道草食っておいで

 

と誰かがにっこりほほえむ

 

夏の空

 

 

 

 

 

定規で一直線に線を引くように

 

目的地にまっしぐらに行くのも

 

悪くはないけれど、

 

どちらかと言うと

 

道草を食うのが

 

僕は好きです。

 

 

 

 

 

 

子供の頃、

 

わざと遠回りして帰ったり、

 

 

 

山の斜面で遊んだり、、、

 

ターザンごっこやってたら

 

ロープから手が離れて

 

斜面を転げ落ちたり(よくケガしなかったぞ)

 

 

 

この季節だと

 

プールの帰り道に

 

用水路の水を

 

頭から浴びたり

 

飲んだりしました。

 

 

 

カンカンデリのお日様の下、

 

用水路の水は

 

透き通って冷たくて

 

不思議な甘みがありました。

 

(飲まない方がいいと思います。よいこは飲んじゃダメ!)

 

 

 

 

 

 

何かが欲しくて、

 

何かの景色をみたくて、

 

一生懸命、目的地を目指して、

 

前に進むことがあります。

 

 

 

それは素晴らしいことです。

 

 

 

 

けれど、

 

欲しいものを、

 

欲しいと思った瞬間を、

 

手に入れるその前に、

 

 

 

歩いている道の途中で、

 

たくさんの大切なものと出会う。

 

 

 

 

 

だれかと笑いあったり、、、

 

手を繋いだり、、、

 

おしゃべりをしたり、、、

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら

 

そっちが

 

本当の目的なのかもしれないと

 

感じることもある

 

今日この頃なのです。

 

 

 

 

 

(ひとそれぞれに答えがあると思います)

 

 

 

 

 

 

 

 

きっとふるさとに帰ったらすべてがわかるんでしょうね。

 

 

 

 

 

いま、回り道をしているように感じて、

 

もどかしいと感じる方、

 

道草を食うことや

 

回り道は無駄ではなく、

 

そこには、あとになってわかる意味や

 

尊さがあることも多い・・・、

 

 

 

 

この見方を、ひとつの参考にしてみてください。

 

 

 

特に、

 

波動がぐんぐん上がっている夏のこの時期は

 

道草を食うことや

 

回り道に見えることの中に

 

贈り物があるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

いずれにしましても・・・

 

あなたはこれから、

 

日々のかけがえのない瞬間の中に

 

たくさんの宝物を見つけながら、

 

素晴らしい開運の道を

 

進んでいかれることと思います。

 

 

 

 

田宮さんとも、お散歩で道をそれて

 

歩き回って、楽しいことに遭遇すること、

 

よくあります。

 

 

 

 

それでは引き続き素敵な夕べをお過ごしくださいね。

 

 

 

(この写真は以前、八ヶ岳に行ったときの写真)

 

今日も命にありがとうございます。

西田普

にしだあまね