愛する魂の冒険者たちへ




父母の住まいに参りまして、

 

何をしたかと言いますと、、、

 

まずは、母が好きなケーキを食べてから、、、

 

 

 

 

 

 

「般若心経(はんにゃしんぎょう)」を

 

唱えさせていただきましたァ〜!!!

どりゃあ!!!(氣合い)




人間界に、

長く伝わっている教えの中には、

キラキラ輝く星のような

素晴らしい知恵が、

きらめいていることがあります。






「般若心経(はんにゃしんぎょう)」

 

もその一つです。

只見での自然ヨガ生活でも、

 

楽しみの一つだったのが

「般若心経」を朝、起床後に唱えることでした。




ヨガで、般若心経を唱えるっていうのも

 

おもしろいですよね。

沖ヨガならではかもしれません。





呼吸法を兼ね合わせて唱えるんですが、

「文字」を「音」にして、

細胞が震えるくらいの声を響かせることで、

自分や、その場の波動が、

 

めっちゃ上がるんですよ。




ご存知の方も多いかもしれませんが

般若というのは、

パンニャ、っていうサンスクリット語(大昔の言葉)に

 

漢字をあてたもので、

パンニャ、とは「偉大なる知恵」という意味だということです。







般若心経、唱えていると、

 

理屈では説明がつかない、

心も体も、周囲の空間まで、

 

奥深くから洗われる感覚がしてきます。




父母の住まいや

 

鎌倉では

 

只見でやるほど、大きな声では唱えられませんが

 

(そりゃそうですよね)

それでも、唱えると、ものすごくスッキリします。




佐藤松義先生によると、

 

沖ヨガの道場では毎朝、

般若心経を唱えていたそうです。




そして、たくさんの人が、心と体の病から脱し、

 

健康に導かれ、

 

あるいは、現実的な成功や、幸福を手にしていったそうです。




「呼吸法を兼ねて、息が続く限り、

ひといきで唱えられるところまで読みます」

とのことで、「長息は長生きに通ず」。





体は、呼吸が深く、長くできるようになることで元気になり、

心は、知らず知らずのうちに、

般若心経の内容と共鳴し・・・

深く、深くスッキリしていきます。





自分のエネルギーフィールドの中にある、

感情、思考、思い込み、

 

モヤモヤした淀みのようなもの、

カルマ的なものも、「お掃除されていく」って感覚が半端ないんです。





これは、「沖道ヨガ生活行持集」に

掲載されている、般若心経と、般若心経の意訳。

 

 

 




使い込んでいて、ボロボロです。

僕にとっての般若心経はこれです。




長いですが、転載させていただきます。





「摩訶般若波羅蜜多心経」まかはんにゃはらみたしんぎょう


観自在菩薩 かんじざいぼさつ

 

行深般若波羅蜜多時 ぎょうじんはんにゃはらみつたじ 

照見五蘊皆空 しょうけんごおんかいくう

 

度一切苦厄 どいつさいくやく

 

舎利子 しゃりし

色不異空 しきふいくう 

 

空不異色 くうふいしき

 

色即是空 しきそくぜくう 

 

空即是色 くうそくぜしき 

受想行識 じゅそうぎょうしき 

 

亦復如是 やくぶにょぜ

 

舎利子 しゃりし

是諸法空相 ぜしょほうくうそう 

 

不生不滅 ふしょうふめつ 

 

不垢不浄 ふくふじょう

 

不増不減 ふぞうふげん 

是故空中 ぜこくうちゅう

 

無色無受想行識 むしきむじゅそうぎょうしき

無眼耳鼻舌身意 むげんにびぜつしんい

 

無色声香味触法 むしきしょうこうみそくほう

 

無眼界乃至無意識界 むげんかいないしむいしきかい 

無無明 むむみょう 

 

亦無無明尽 やくむむみょうじん

乃至無老死 ないしむろうし  

 

亦無老死尽 やくむろうしじん

 

無苦集滅道 むくしゅうめつどう 

 

無智亦無得 むちやくむとく 

以無所得故 いむしょとくこ 

 

菩提薩埵 ぼだいさつた 

依般若波羅蜜多故 えはんにゃはらみつたこ

 

心無罜礙 しんむけいげ 

 

無罜礙故 むけいげこ 

 

無有恐怖 むうくふ 

遠離一切顛倒夢想 おんりいつさいてんどうむそう 

究竟涅槃 くきょうねはん 

 

三世諸仏 さんぜしょぶつ 

 

依般若波羅蜜多故 えはんにゃはらみつたこ 

得阿耨多羅三藐三菩提 とくあのくたらさんみゃくさんぼだい

故知般若波羅蜜多 こちはんにゃはらみつた

是大神呪 ぜだいじんしゅ 

 

是大明呪 ぜだいみょうしゅ 

 

是無上呪 ぜむじょうしゅ 

 

是無等等呪ぜむとうどうしゅ 

能除一切苦 のうじょいつさいく 

 

真実不虚故 しんじつふここ

説般若波羅蜜多呪 せつはんにゃはらみつたしゅ 

 

即説呪曰 そくせつしゅわつ

羯諦羯諦 ぎゃていぎゃてい 

 

波羅羯諦 はらぎゃてい 

 

波羅僧羯諦 はらそうぎゃてい 

菩提薩婆訶 ぼじそわか 

 

般若心経 はんにゃしんぎょう





回向文(えこうぶん)

願わくばこの功徳(くどく)をもって あまねく一切に及ぼし

われらと衆生(しゅじょう)と皆ともに 悟りの道を成ぜんことを





般若心経・意訳〜偉大なる智慧の真理を把握(はあく)する肝心な教え


真理を観る心の開けた悟りの人は、

その深い智慧によって、

肉体も精神作用もすべて空無であると達観して、

一切の苦しみや災厄(さいやく)から免(まぬか)れる。

諸子よ、肉体はすなわち無である。

感覚や、想念や、意欲や、

あるいは自我というような精神作用もまた無である。

諸子よ、すべてが空無であるということは、

それらが生ずるものでもなく、滅するものでもなく、

けがれもせず、清くもならず、

増しもせず、減りもしないということである。

だから、空無の世界には、

肉体も、感覚も、想念も、意欲も、自我も、

目も、耳も、鼻も、舌も、身も、意も、色も、香りも、味も、

触れるものも、思うことも、

見る世界も、かつて経験した世界も、

盲目的本能も、本能の尽きることも、

老死も、老死の尽きることも、

苦悩も、愛執(あいしゅう)も、

安心も、修行も、知ることも、得ることもないのである。

真理を求める悟りの士は、このような徹底した智慧によって、

心に一切のこだわりを持っていない。

こだわりがないから、恐怖が無い。

恐怖が無いから、あらゆる迷妄邪悪(めいもうじゃあく)な観念から離れて、

永遠にして聖楽なる境地が得られるのである。

過去も、現在も、未来も、いつの世の自覚者も、

この偉大なる智慧によってのみ、

その尊厳な普遍的自覚を得られるのである。

だから、この偉大なる智慧こそ、

最も神秘的な呪文であり、

暗黒を照破する呪文であり、

地上最高の呪文であり、世に比類なき呪文である。

この呪文は、真実にして虚妄なく、

世の一切の苦難を除くものである。

では、その偉大なる智慧の呪文を説こう。

知るのだ。行じるのだ。知行合一したところに本当のものがあるのだ。





〜〜〜




般若心経もさることながら、

 

「意訳」の部分も、

 

浄化パワーがすごいんです。

 

ピンときたらぜひ、音読してみてください。

 

 

 



この中に、

 

「不生不滅(ふしょうふめつ)」

 

つまり

「生ずるものはなく、滅するものもない」

という、ディープな一節があります。






毎朝、呼吸法をかねて

般若心経を読経をしているうちに、

この言葉が、からだに染み込んできたんですよね・・・






肉体をもちながら、

「不生不滅」を深く味わうことができるし、

日々を生きていける。




そこには、この世の一つのおもしろさがあると思います。






「不生不滅」ということは、、、と

自分なりに考えてみると、







生じない。滅しない。

すべては一つのものの変化・・・

だとしたら、

自分がほんとうにやりたいことをやるのが自然。

分かち合うのが自然。

困っている人がいたら、助け合うのが自然。

自分がどうにも困ったら、助けを求めるのも自然。

それぞれが自分で立って生きるのが自然。

豊かであるのが自然。


だから、なにも心配しなくていいですよ。


貴重な命をいかして、よき教えを実践し、

本当にやりたいことを、

思いっきりやって生きましょうよ。


となります。






なんだかちょっと、過激ですよね。

 

般若心経。

 

そして、唱えるとスカッとさわやか、

 

浄化パワーも半端ないです。

 

素敵な教えを伝えてくださった、

 

諸聖人の皆様に、深く感謝いたします。

 

 

YouTubeでもお届けしようかな?☺️

 

 

 

 

 

 

あなたが魂の望みを刻々と叶えていかれることを

 

心から応援しています。

 

 

引き続き素敵なゆうべをお過ごしくださいね。

 



今日も命にありがとうございます。
西田普
にしだあまね