かつては私もリベラル傾向だったと思う、で気が付いたらリベラルで左派傾向を自称している人たちを責任のある大人として見なくなっていた。理由は簡単だ、子供や独身の時とは違って守らなければならない立場になったからだ。しかし、結婚して子供のいるリベラルで左派傾向の人達もいるから、それは根本ではない。そもそもリベラルというものが、いつの間にか、やさしい的(思いやりがある)な事柄を表す標語になっているような気がしますけど、自由主義者のことを指す言葉で左派は集産だから自由主義者の集産主義って、本来は相容れない。なのでもともとの意味を改変し弱者にやさしいがリベラルとして、左派の社会主義よろしくと国の扶養を強力に推進しようとするのですが、認知のゆがみも相当で、弱者にやさしい私というても、陰陽という理解もなく、この弱者に該当するのはあくまで自分たちが味方しているが「欠かせない」ものなので、それに反発しているのは差別主義者という具合でやさしいとは博愛主義のすべてを引き受けるというものではなく、恐らく平等という概念からの変質だと考えられますが、本来、平等というものは冷酷で能力主義であったりソ連のように労働者が平均となるとそれ以下は存在していないことにされて、集産の権威主義国はそのラインを上位にいる人たちが線引きしていることから「自分たちが味方している」が発生するのも頷けるというもので、偏向の博愛をもった権威、社会主義者というのが正しい呼び方なのでしょう。偏向の博愛をもった権威、社会主義者と胸を張って主張しているのなら、そういう主張なのですねとなりますが、イメージが悪いのでリベラル左派という名を隠れ蓑にしている。ちなみにネットウヨも個人主義ではないので正確にはネットホシュが正しい呼びかたでしょう。

 

 

リベラル 自由主義

保守主義 個人の責任 統治

左派 集産 労働者 平等

右派 個人主義

 

自由と公正や権利、人権を守るには国家=力は必要、その力を敵視し反対勢力の立場で家父長制を貶めながら国連や海外に言いつけてやるという終わりの会の延長を大人になっても辞められないで、また、最近、トランプのモンロー主義が出てくると、9条 平和 軍事を毛嫌い、などを掲げていた人がアメリカより中国との同盟が必要、虐殺や強姦があっても土下座して軍事大国に逆らうなというような趣旨をXに投稿していて、主義主張の自由と公正や権利、人権を守るが張りぼてであることを表明、これまでさんざん9条 平和 軍事を毛嫌いをうたいながらそれはないだろう、そこは意地を…と思ったが最初から空虚な主張だったのだろう。

 

さらに僕達はそう遠くない未来、風を受ける側から風をおこす側になるでしょう。最後にこんな話を紹介させてください。ある日、生徒会の意見箱に右翼や左翼といった言葉を使って特定の政治思想を中傷するものが投書されていたことがありました。 どう返信しようかと悩み、そのまま机に置いて帰った次の日、誰の字とは分かりませんが、しかしはっきりと次のようなことが書かれていました。「片方の翼だけでは、鳥は空を飛べません」僕達が大鵬ならば、両方の翼を自在に使いこなせる大鵬でありたい。大鵬は古代中国における季節風の象徴だという説があります。中国大陸の南、太平洋を吹き抜ける季節風は、古来より貿易船の帆を押し、東西文明の融合、新たな文化の隆興を育んできました。

 

 

これ随分前に話題になったものです、18歳に突っ込みを入れるのもお恥ずかしい限りですが考究が足りないので提言させてもらうと、左翼と極左翼の両翼で飛んでいます。しかし本来右翼が付いているところに極左翼が付いていて妙な方向に誘導しよう惑わすので同じところをぐるぐる旋回しかできないでいて、もう長い時間が経過しました。妙な方向とはアメリカにモンロー主義を出されるとたちまちぼろが出る張りぼての主義主張のことです。そうです、守らなければならない立場になるまえに特定の政治思想に批判的精神を持てる方が大した学生で、この学生さんのように大鵬といって簡単にぼろが出る主義主張を振り回していたのが同じところをぐるぐる旋回させていたものの正体で偏向の博愛をもった権威、社会主義者に大うけするのも頷けます。

 

 

ジョナサン・ハイトのThe righteous mind(正義の心)には理性は情念の奴隷であり、サルと同じく集団性になる性質を人間は持っていて国それぞれに特有の文化形成があってそれが共感を生み出したりする。道徳(正義)にもいろいろあってリベラルが考えるものだけが物差しではなく、そこには忠誠心、神聖、権威、ケア、公正、自由があってアメリカリベラルの民主は後ろ3つを重んじ共和党は前の3つにも重きを置く、それを無視して下の3つだけに焦点を当てて道徳を語るから分断が生じる、というのはアメリカの話で核兵器保有国で自分の身を自分で守れる国なので分断があっても、政権が変わればひっくり返したりするので、それは一つの傾向で済むかもしれませんけど、日本はそうはいかないのは上でも示したように自分の身を自分で守れる国でもないのに、言葉遊びに付き合っていたら、分が悪くなると前言を簡単に覆し「アメリカより中国との同盟が必要」「虐殺や強姦があっても土下座して軍事大国に逆らうな」というような考えを露呈するのは何も個人だけではなく、政治も原発一つにしても責任を取りたくないので数十年放置、また「国それぞれに特有の文化形成があってそれが共感を生み出す」を大事にしないで欧米リベラルの真似をして「国それぞれに特有の文化形成があってそれが共感を生み出す」を破壊しかねない共生なんたらの移民政策に邁進しているけどアメリカのように一つの傾向で済まないということへの理解はないようです。