人手不足に関する議論に釈然としないところが私にはありまして、それはことさら人口減が理由の人手不足を煽るが、国の政策は目的と実行していることに食い違いばかりが目立ち、人口動態の推移を確認しているのかすら疑わしい。3つの話に分けて書いていきたいと思います。

 

 

現実         国が推している政策

少子化        理系大学などの女性活躍推進(強行)

人口減少       地方創生

自動運転が必要    お前らはこれでも乗っておけや(ループを投げつけられながら)

人口推移の逆三角形化 福祉の充実

 

一つ目は労働人口についての話、日本人のやりたがらない仕事を外国人人材が代替してくれるという話も、永遠に外国人労働者に依存できるわけもなく、そうした仕事は昔は中卒や高卒の人が担っていたのが多く、そういう人たちを社会は必要としているなら、国は画一的な学業支援ではなく図5の表にあるように職業学科の就職率は高いので、職業学科の支援に重点を置き勉強の嫌いな人にはそちらに行ってくださいとお願いするのが嘘偽りのない態度というものですが、昭和42年 高校進学率 男子75.3% 女子73.7%が令和2年になると95%を超えているから国の推進がいまさら必要だとは見られないが高校無償化として一律の政策を推進している。これは少子化の話も同様に女性の活躍をとして理系の大学の促進を政府がしているが、その高学歴が少子化の理由の一つでもある。良い顔をしたいのと現実の問題が並んだ時に良い顔をしたいを選んでいるのが現状、しかし、良い顔をしたところで現実の問題は解決しません、目的に沿った対策が必要です。

 

図1

図2

 

図表1-3-32 有効求人倍率と完全失業率の推移(図)

図2-2出典 一般職業紹介状況(職業安定業務統計)|厚生労働省

1986年~2020年(4月)における全国の有効求人倍率の推移を表すグラフ

図2-3出典 独立行政法人労働政策研究

図1 グラフデータは「表 完全失業率、有効求人倍率(Excel)」を参照。

 

高度成長期は1973年までとみられているけどその翌年の1974年有効求人倍率1・93倍と最高値を付けた。 経済成長は0・64と高くはないが売上高、経常利益で企業が最高益を出す景気回復で2018年は1・62% 2024年は1・25%(2023年は1・31%)と人手不足と煽るほどには高くはない。

 

目的は何かと考えると、少子高齢化というのが問題ということなので、少子高齢化は支える人が少数になる問題の、解決は難しくても対策が目的になるという事を前提に、先に労働人口の話をすると、氷河期世代の問題は不況による就職難ということになっています、それは正しい一つの見解なのでしょうけど、今になっても過剰人材と目されているとすると、氷河期世代は労働人口過剰と職業のマッチングが(ミスマッチング)関係しているのではないかと私は見ていて、それが正しければ労働人口が減ることはけしてマイナス効果ではなく、図1の人口動態と図2(時系列は図2-2の方が理解しやすい)の有効求人倍率を見比べてみると1993年~2005年の就職難の氷河期世代は1%以下の有効求人倍率が続いていて、2002年の最悪期から小泉政権の構造改革と金融政策(ゼロ金利政策)それからアジアに3%台の成長率が見られ輸出の増加によって有効求人倍率は持ち直すも、ゼロ金利効果が薄れると再び減少に転じリーマンショックが重なるも、これはアメリカの金融政策が功を奏しアメリカの消費が徐々に回復、日本の有効求人倍率も上昇傾向になった。(これを円高を責められていた立憲民主党は手柄みたいに言っているが、あくまでアメリカの政策の効果である。)

 

 

マッチングは平成2年1990年~大学の進学が私立大学が増えた(1990年372校から2000年の十年で478校、全体で507校から649校)のと同じように上昇、ホワイトカラー目指す人が増えた理由の一つが1990年の大学の増加が考えられる。平成2年1990年なら高卒で就職の人たちが大学に行き、ドライバー業、建築業はその当時は今の後期高齢者世代がいたので放置していた結果が今であるという推測、福祉業界(重症心身障害)は当時は低賃金で志がある人間が行きつくところ、老人ホームはまだ人材に余裕があったというのが私個人の感想。病院の場合はそれまでは付添婦というのがいてというのは前にも話しました通り民間ですので高額で、それでやっていれば少なくとも介護の自己負担という意味では望ましい所得移転(本来、財産のある家はその財を相続するということを前提に老人の面倒を見ていたのを他人にさせているのだからが料金が高いのは当然)行われてWIN WINとなってのでしょうけど、国の方針(死に方の多様性として病院から出す)でそれを無くしてホームヘルパーが誕生し国民皆保険的な福祉・介護介護保険制度となり、賃金もそれなりとなり介護職員は2000年に50万人 令和5年212.6万人となっている。

 

 

 

図2ー3の有効求人倍率からは1%以上の上昇で三つの波が確認でき、一つ目が高度成長期、2つ目がバブル、そして3つ目の1%以上なのは2010年~2015年で約600万人の15歳~64歳の労働人口減の効能と私は見ていて、高度成長期は15歳~64歳の6000万人で稼働していたので日本経済の能力は5~6千万人(パートアルバイトなどの非正規で数をコントロールもしていますし)が妥当ではないかと、そうすると労働人口減はマイナス効果だけではないという推論です。

 

そうだと仮定し、マイクロソフトは9000人を解雇し、AIの進出でホワイトカラーの人たちもレイオフにあっいて、これはアメリカの話ですがAIによって1200万人が失業する可能性も示唆されている。AMROAMROの試算で事務職等とAI代替率は14.4%と日本はアジアで一番高いされているように、その波は日本にもいずれ来るでしょうけど、その準備が進んでいるようには見えない。

 

 

 

 

これから35年後の2060年の15歳~64歳4400万人は確かに少ないのでなおさら機械化、AI化の加速が求められるが自動化、産業の機械化(無人化)の出足は遅く、自動運転化も、なぜかそれほど進まない。(誰かが意図的に日本には自動運転などあと30年は早いと止めているのでしょうか?安心してください公明党が止めていますよみたいな感じで)ただ機械化、AI化が進んでくると将来、人間は何を職業にしたらいいのか問題が出てきてその対応も必要になってくる、東大が今から新学部としてカレッジ・オブ・デザイン「学術的な視点と呼ばれる5つの視点」というものを創設するらしいということからもわかりますように、それも進んでいるようには見えない。 大学進学率 昭和42年 大学男子20.5% 女子4.9%が女性の大学進学も合わせ令和6年59・1%に成っているようですが、それだけのホワイトカラー職が保持できる保証はないので、準備として高校は職業学科の支援に重点を置くが適合していると私は考えます。

 

図3

普通科・職業学科別大学等進学率の推移

図4
図

 

 

2つ目、これが少子高齢化問題の核心ですが、今は7000万人の労働人口で3600万人の高齢者を支えているのですが、それが35年後の2060年には4400万人で3400万人を支えなければならないと、今でも社会保障費の関係、介護人口の関係で困難となっているのが少子高齢化問題であり、現状維持はできませんを理解していくことから始めないといけないのですが、参議院選挙の争点は夫婦別姓や減税だと騒いでいる勢力がいて、私から見ると外国人人材政策もこの困難の現状維持を前提にしているのではないかという疑念を持ち、現状維持ではなく逆三角形に応じた自動化、機械化(無人化)、また高齢者介護の集約化、コンパクトシティとやらなければいけないことが山ほどありますが、コンパクトシティどころか総理大臣が地方創生2.0交付金2000億円といっていて(一体何を言っているんだ状態)ぐらいの違和感しかないのですが、そんな人たちの考える外国人人材政策ですから高齢議員が議員として逃げ切る誤魔化しの為に見えてしまう。

 

 

1950年 14歳以下2979万人 15~65歳5017万人  高齢者416万人 人口総数8411万人 

2060年 14歳以下791万人  15~65歳4418万人  高齢者3464万人 人口総数8674万人

 

上で示したように労働人口自体は焼け野原の1950年とそれほど変わりませんので、焼け野原からやり直しでGDPも全く違いますが、その代わり機械化、AI化が補填してくれるので十分に同様の人口でも対応できるでしょうが、逆三角形の人口動態ですから、そこはまるで違ってくるのが少子高齢化問題であるので、一般的な労働人口の話と私は切り離して考えます。

 

介護職員 2000年に50万人 令和5年212.6万人

看護師 1999年 113万人 2022年173.4万人

医者、歯医者、薬剤師 2000年50万人約  約70万人

図6

図表1-2-49 障害福祉分野の福祉・介護職員数の推移(推計値)

 

 

一般の労働と違いをつけたのは、減少しても対応は十分可能である一般に対して医療従事者は疑問が残るからで、介護だけで25年で4倍職員は増えていて2000年2201万人を介護職員と看護師の160万人で見ていたのを、現在は15~65歳の労働人口7000万人の中、3657万人の老人と身体、知的障碍者を389万人の介護職員と看護師で見ているが人手不足という声がある。それが2060年になると3464万人の高齢者と身体、知的障碍者を15~65歳4418万人の人口の中350万人出せるのかということと4418万人で3464万人の社会保障費を出せるのか、絶対無理筋だろうという問題が出てきますが、集約化(図6にあるように肥大しているのが訪問と通所系ということから見ると)、機械化、AI化が発展して、それを利用していれば社会保障費と350万人の数を減らしていくことはできるでしょうけど、現在の高齢議員が議員として逃げ切る誤魔化しの為に人手不足を「外国人人材」として対応している体にさせていると、集約化、機械化、AI化は発展しない可能性はかなり高いとバブル崩壊対応、コロナ対応の経験から私は見ていて、そうなると本当に煽りではなく地獄絵図になるんじゃないのかという懸念があります。そのことからパート1に人件費=賃金を抑えたい国内の低い生産性を維持するための外国人人材政策と書いたように、外国人人材政策は目的の少子高齢化の問題に対して「対症療法 」にしかならないという意見であり、当たり前ですが今は若く現在25歳の人も35年で外国人人材も60歳の老人になるということも理解しておかないといけない。要するに問題は人口減少でも労働人口減少でもなく現状維持の社会保障にあるという事になりますが、真剣に議論されているようには見えません。

 

 

 

3つ目は政府への信頼ということを自己責任論から見ていきたい。大人になって排外は許さないと、所詮は国境があるから理想論を述べられているという理解もないのは頭の中がお花畑の世界に住んでいるからであり、世界には5億人の難民に該当するかもしれない人がいて、飢餓で1億人が明日にでも死ぬかもしれない人たちがいる。そんなに善人でいたいのなら御託ばかり並べていないで自分のすべてを投げうってそういう人たちを救済しに現地に行かれるのであれば言葉に重みを持たせることもできるでしょうけど、どうせ行かないんでしょ?私はこれをサーターアンダギーを頬張りながら書いているのですが、それはお気持ちを正しくしたところで5億人の難民、飢餓で1億人を助けるなんて不可能(ケヴィンカーターのスーダンで撮ったハゲタカと少女の写真、あれ1993年の31年前、で今どうなの、いまだに内戦をしていて15万人が死んでいる。)であり、申し訳ないけど国内も問題山積であり外貨準備金の支援はあっても、それ以上は能力の関係からして無理ということは二重過程理論システム1の直感 システム2熟慮のシステム2を使えば普通は理解できるはずですが、そうでもないようで、そんな直感の人が余裕を見せいられるのは、いざとなれば政府が動いて助けてくれるとでも直感で閃いているからでしょうか?そうであればここが私と根本的に考えが違うところかもしれませんが、私は疑念を持っていて、この人らはいざとなってもという話をしていく前に、この話を一つ挟んでおこう、

 

小学生のころ家族と外で弁当を食べようということになり箕面へ向かった。山頂にある駐車場に車を止めて滝へ向かって降りていく途中、他の家族連れもいて、その一つに、幼児を抱っこしながらの家族連れもいて、幼児はアイスクリームを頬張っていた。そこに恐喝サルが・・・つけてきているのは私は見ていたが、そのサルが突然、木から降りてきて幼児を抱っこしている家族の前に立ちふさがり口を開き目をむいた。子供を抱っこしていた親父さんは子供のアイスを素早く取り上げ地面に投げてサルは悠々とアイスを手にどこかに消えていったが、子供はぎゃんぎゃん泣いている、そりゃそうだろうだが、ここはサルのテリトリーでありまだ運が良かった方だと私は思った。そういうことがあった後に、川のほとりで弁当を食べていると、サルの群れが私たち家族に向かってきた、前での家族が運が良かったというのはこのことで、恐喝サルは集団で盗賊サルに変貌し包囲攻撃を仕掛けてくる場合があり、油断しているとリックサックごと奪われる、というのも前に経験していて友人らと同じように遊んでいると襲撃にあい、この時は一人のリックサックが奪われてやられた、サルからすると地面に置いた時点で誰の所有物でもなくなり、とられた友人が奪いかえしにいったが威嚇され奪われた、そこには力関係しかないのだろうが仕方がない、ここはサルのテリトリーなのだ。私のところの家族は知っていたので、母親は弁当取られたらあかんでといい、親父はなぜかゴリラ風に2足歩行と4足歩行を織り交ぜて一番でかいボス猿であろうサルに向かっていき、サルは散り散りとなり逃げていった。それぞれの生き方には違いがあるので是非は問えないけど、サルの面はどうみてもよこさんかいボケにしか私には見えなかったが、せめてお子さんは「おさるさんのおめめがおなかがすいていると訴えていたからあげたんでしょ」と勘違いしていてほしいものです。でもこの家族が熊が出る山に同じような気分で向かったらさすがにやめとけとあなた方も止めるでしょ?

 

自己責任論と日本

 

イラク戦争があり、フセインが失脚、イラク国内は不安定化し、危険なイデオロギーを持つ組織も出てきた、そんな避難勧告がでているイラクに3人のボランティアが行き、案の定、人質となったものの、日本政府の交渉もあってか?偶然にも無事に帰国できたが、日本国内に自己責任論が巻き起こった。避難勧告がでているのに勝手をして迷惑をかけるなんてということが一般的な意見だと思うが、そうした自己責任論に、不可解な自己責任論とした擁護する勢もあらわれた、今、排外をゆるさないとする面々と同じ志向の面々だろう。擁護の内容は、1、政府が国民を助けるのは当然だろう、2、自己責任は自己がするものであって他者から言われるものではない、3、合法に渡航しているのだからパスポートを出した国の責任というのが代表的な擁護、私の意見は自己責任、確かに政府が国民の保護をするのは正しい意見だと思うが、できることが限られているので、例えば、その前の湾岸戦争で大勢の日本人が人質になった時はフセインという交渉できる頭がいたのでまだ交渉の余地はあり、中曽根や猪木が現地に向かい無事に解放され自己責任論も起こらなかった。3人のあと一人の人質は斬首され、ジャーナリストをはさみ2人シリアで斬首されたので、交渉できる余地のない場合は助かる確率は低くなり、助かるのは偶然でしかないから、それは誰が何と屁理屈を言っても自己責任でしかないが、この件にアメリカのパウエル国務長官が日本人は良いことをするために危険を冒した人たちに誇りを持つべきだと発言したことが自己責任論にカウンター勢の錦の御旗になっているようですが、それは報復できる力、交渉できる力を持っている余裕から生まれている言葉であり、現にウサーマ・ビン・ラーディン、アイマン・アル・ザワヒリ、ザルカーウィー、バグダディらアメリカと対立した人たちは殺されているので、アメリカと対立するのも自己責任なんでしょうし、アメリカの女子バスケット選手が薬物でロシアで逮捕された件も人質交換しているように、その意思と能力があるから意味のある言葉になるのに対し、遺憾砲と一部国民から揶揄され、拉致や中国での逮捕に関しても交渉の意思も能力もないとする国の能力を鑑み呼び起されたのが自己責任論であり、現在のように外国人による問題が起きても無視を決められるか逆にヘイトと叫ばれるのがおち、それは良心からくるものではなく能力がないことを隠すためのカモフラージュに過ぎない。いざとなったらなんて勘違いしてもえらい目に合うだけです。なので私は「この家族が熊が出る山に同じような気分で向かったらさすがにやめとけと」なるように問題を解決する能力も意思も無い政治家がイデオロギーにいきって余計なことをするのはいかがなものかと指摘しているのであり、現に橋下元大阪市長が中国人による民泊の許可を出したのは自分だと公言しているけど、橋下元大阪市長はロシアによるウクライナ侵攻にゼレンスキーは国民のために降伏しろと公言していた人物、外国人と共生をとしていた前首相は、総裁選に勝ち目がないからなのか?立候補すらしない人物、そうした人たちが思い付きでスパイ防止法すらない国にリスクをもたらすようなことをしている。そこに物事をより複雑化させてとにかく日本を貶めることを好む勢(左派系メディアが代表)が外国人の比率が上がると今以上に始まります、外国人に権利が~参政権が~と、その結末が日本にとり最悪なものでも、この人たちはいざとなったら政府(普段は自民党を毛嫌いしているのに)が助けれくれると信じているから愚かなことを繰り返す。しかし残念ながらこれまでのことを鑑みるとアイスクリームを投げるのが関の山ですと注意喚起している。そういうことから私の外国人補充は慎重にの70%の原因は政治の不作為からきていて、後の30%は使える馬鹿の存在。

 

図7にあるように世の中はちゃんと犯罪が増え体感治安も悪くなったとしているのに私は、記憶にさえない、それは平成16年は小泉総理だったということもあるのでしょうけど、今は体感治安に問題を感じる。


図7

図表特-1 治安に関する国民意識の推移(平成16年~令和3年)

 

 

総論、労働人口の減少はマイナス効果だけではないが少子高齢化があるので難問だ、それには現状維持はあきらめましょうという理解(10人暮らしが5人減るのに10人分のインフラはいらない)から始まり、集約化、機械化、AI化が加速的に求められるが、その動きは遅い、それは現状維持を求め外国人人材では少子高齢化の対策にならないのに施策だと考えている勢がいるからであり、そのままバブル崩壊後のように間違った方法で35年後を迎える可能性もあります。